「あなたには軸がない」と言われた日
「あなたには軸がないよね」
そう言われたことがある。
その人は、
自分にはぶれない軸があるのだと言った。
どんな状況でも変わらない主義があるのだと。
そして、それは多くの人にはないものだとも。
私は、そのとき反論しなかった。
正確には、反論できなかった。
「私の軸はこれです」と言えるような、
分かりやすい言葉を持っていなかったからだ。
だから、そういうものなのかもしれない、と
一度はその言葉をそのまま受け取った。
けれど、どこかずっと引っかかっていた。
私は、どんな状況でも
同じことを主張し続けるタイプではない。
状況が変われば、前提も変わる。
前提が変われば、最適な選択も変わる。
大事なのは、何を主張するかではなく、
その時々の条件の中で、
何が最も機能するかを見つけることだった。
昨日と今日で判断が変わることもある。
立場が変われば、選ぶ言葉も変わる。
それは、自分の中では自然なことだった。
けれど、それは
「軸がない」ように見えるのかもしれないと、
初めて知った。
しばらくして、ようやく気づいた。
私は、主張を軸にしているのではなく、
判断の基準そのものを軸にしているのだと。
何を守るかを固定しているのではなく、
どうやって判断するかが、一貫している。
固定された答えはない。
けれど、答えを導くための視点は、
いつも同じだった。
状況を見て、構造を見て、
その中で無理のない選択をする。
ぶれない主張があるわけではない。
でも、ぶれない「考え方」は、確かにあった。
このことを言葉にできたとき、
少しだけ、世界の見え方が変わった。
感情を強く向けてくる相手に出会っても、
以前のように揺れなくなった。
反応すべきかどうかを、
相手の勢いではなく、
自分の基準で決められるようになった。
以前の私は、
分かってもらおうとして、
言葉を尽くしていた。
説明して、補足して、
誤解がないように、
丁寧に並べ直していた。
それでも、届かないことがあると知った。
だから、
何も返さない、
という選択をすることもある。
それは逃げではなく、
我慢でもなく、
「そのほうが適切だ」
と自分が分かっているから。
自分の中の判断と一致している行動は、
静かで、迷いがない。
軸は、強く語れる言葉のことだと思っていた。
けれど今は、少し違う気がしている。
軸は、声を張り上げなくてもいい。
誰かに証明しなくてもいい。
それはたぶん、
繰り返し選び続けてきた判断の中に、
静かに積み重なっていくものなのだと思う。
外から見えなくてもいい。
自分の中で、
「これでいい」と思える選択ができるなら。
それだけで、
十分なのかもしれない。
▶︎「これでいい」は、理解されなくていい
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仕事に子育て、アニメ。ごちゃまぜな日々の中でいつも何かを考え中です。日常のつぶやきですが、どこかで「わかる!」と共感してもらえたり、心に響くものがあればとても嬉しいです☺️
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