見出し画像

気にしてたの、私だけだった?

子どもに、
少しきつい言い方をしてしまった日がある。

その場では必要だと思って言ったはずなのに、  
時間が経つと、じわっとくる。

「もう少し言い方あったかもな」って。

こういうときに限って、  
当の本人はケロッとしていたりする。

普通に遊んで、普通に話しかけてきて、  
さっきのことなんて、
もうどこにも残っていないみたいに。

あれ、もしかして気にしてたの、私だけだった?

そんなふうに、少しだけ拍子抜けする。

でも同時に、どこかで引っかかりも残っている。




少し前に観た  
『僕のヒーローアカデミア』の中で、  
サー・ナイトアイがこんなことを言っていた。

「未来は変えられるかはわからん。
 しかし、過去は変えられる。  
 過去の解釈を、見方を変えることは可能だ」

最初に聞いたときは、
少し不思議な言葉だと思った。

過去は変えられないものだと、
ずっと思っていたから。

でも今は、少しだけわかる気がする。

出来事そのものは変えられない。  

あのとき、
きつい言い方をしてしまった事実は、
そのまま残る。

けれど、
それが「ただの後悔」で終わるのか、  
それとも
「関係を深めた出来事」になるのかは、  
そのあとで、いくらでも変わっていく。




たとえば、少しだけフォローを入れてみる。

「さっきはちょっと強く言いすぎた、ごめんね」
とか、  
「こうしてほしかったんだよ」とか。

そうすると不思議なことに、  
あの一言の印象が、少しずつ変わっていく。

子どもの中でも、  
そして自分の中でも




子どもは、たぶん出来事を“点”で見ていない。

「さっき怒られた」よりも、  
「そのあとどうだったか」のほうを見ている。

だから、多少強い言葉があったとしても、  
そのあと普通に笑って話せていれば、  
それで“ひとつの流れ”として
受け取っているのかもしれない。

大人のほうが、
ひとつの言葉に意味を乗せすぎてしまう。




もちろん、毎回うまくできるわけじゃない。

「ああ、言いすぎたな」と思いながら、  
そのまま何もできずに終わる日もある。

でも、それでもいいのかもしれないと思う。

過去の意味は、  
その場だけで決まるわけじゃないから。

あとからでも、少しずつ変えていける。




あのときの一言が、  
ただの後悔で終わるのか。

それとも、  
少しだけ関係を深めた出来事になるのか。

それはきっと、  
これからの関わり方の中で決まっていく。

未来はどうなるかわからないけれど、  
過去の意味なら、まだ変えられる。

あの日の言葉も、きっとまだ途中にある。



いいなと思ったら応援しよう!

あおい|仕事と本音のあいだ 仕事に子育て、アニメ。ごちゃまぜな日々の中でいつも何かを考え中です。日常のつぶやきですが、どこかで「わかる!」と共感してもらえたり、心に響くものがあればとても嬉しいです☺️ 良ければぜひ、応援よろしくお願いします🍀