想いが伝わらなかった夜に-震えながらでもいいから、私が私の味方でいる🙂-
落ち込んだ後、
自分まで嫌いになってしまいそうな夜に。
話しても伝わらないことがあります。
「ああ、やっぱり分かってくれないんだ」
と思うことがあります。
そしてそのあと、
また傷つくのは自分自身でした。
世の中本当にいろんな人がいます。
期待なんてしなければ、
がっかりもしないし、傷つきもしない、と、
頭ではちゃんと分かっています。
それでも、ほんの少しだけでいいから
分かってほしかったのです。
ちゃんと受け取ってほしかった。
ただ真摯に話を聞いてほしかった。
伝わらなかったことよりも、
本当に苦しいのは、そのあとの気持ちです。
「ああ、やっぱり分かってくれないんだ」
そう思ったあとで、
「それでも期待していた私は、何なんだろう」と、自分にがっかりしてしまうのです。
傷ついたうえに追い討ちする、
あの瞬間が、いちばんつらいのです。
期待してしまうのは、弱さでしょうか?
きっと違います。
期待してしまうのは、
まだ相手とつながりたい気持ちがあるからです。
まだ信じたい気持ちが、残っているからです。
本当は、分かってほしかっただけ。
それは、そんなに責められること
なのでしょうか?
伝わらなかった。
悲しかった。
それだけでいいはずなのに……
いつのまにか、
「だから私は面倒なんだ」
「やっぱり私が悪いんだ」
と、自分の価値の話にすり替わっていきます。
出来事と自分そのものを、
一緒くたしてしまうのです。
だから、時に壊れてしまう。
傷つくことよりも、
傷ついたあとに自分を嫌いになることのほうが、ずっと怖い。
自分がその場に立っていられなくなるような
感覚に陥るから。
それでも期待してしまうのです。
だって、わかってほしかったから。
それだけです。
その願いがかなわなかったとしても、
うまく伝えられなくても、
強くなれなくてもいい。
伝わらなかった夜に、
全部をダメだったことにしなくていいのです。
もう自分まで責めなくていい。
……いや、責めてもいいのです。
自分を責めてるなぁと気づくステップを1つ
加えてあげます。
自分を責めた自分を、
「あ、また自己否定した」と否定して、
自己否定ループにハマってしまうから。
つい自己否定する自分を否定してしまう
のですが、否定してもいいのです。
否定してるなぁ、と気付いて、
手放してあげる。
これからは——
震えながらでもいい。私が、私の味方でいます。
そうすると、
愛されたかった、見捨てられたくなかった
という執着を手放すことができます。
今日も1日良くがんばりました。
おつかれさまでした😌
