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未来の縁側で読む 昔話ショートショート集 第2話 天城 滄

第2話 浦島太郎と時のゆらぎ温泉


 
浜辺で出会った未来
 
浦島太郎が浜辺を歩いていると、子どもたちが亀を囲んで騒いでいた。
「いじめちゃいかんよ」
太郎が声をかけると、子どもたちは散り散りに逃げた。
残された亀は、妙に金属的な光沢を帯びていた。
「助けてくれて、ありがとう」
亀が喋った。太郎は驚いたが、亀は落ち着いた声で続けた。
「私は未来から来た“時間調整ロボット”です。あなたにお願いがあって」
太郎は首をかしげた。
「未来が、少しだけ歪んでしまったのです。あなたの“優しさ”が鍵になります」
太郎はますますわからなくなったが、亀の目はどこか寂しげだった。
「まあ、困ってるなら手伝うよ」
そう言うと、亀の甲羅が淡く光り、周囲の時間がふっと緩んだ。
波の音がゆっくりと伸び、浜辺の風が柔らかく揺れた。
「では、竜宮城へご案内します」
亀はそう言って、太郎を背に乗せた。
太郎は、これが“未来との最初の接点”になるとは知らなかった。
 
 
時のゆらぎ温泉へようこそ
 
海の底へ向かうにつれ、時間の流れが変わっていくのを太郎は感じた。
魚たちはゆっくりと泳ぎ、光は柔らかく曲がり、まるで夢の中のようだった。
やがて巨大な門が現れた。
「ここが竜宮城……いや、正確には“時のゆらぎ温泉リゾート”です」
亀が説明すると、門が静かに開いた。
中には、時間の流れがそれぞれ違う部屋が並んでいた。
早く進む部屋、遅く進む部屋、ほとんど止まっている部屋。
乙姫が現れた。
「ようこそ、太郎さん。あなたの優しさに、未来は救われるかもしれません」
太郎は照れながら頭をかいた。
「そんな大層なもんじゃないよ」
乙姫は微笑んだ。
「まずは温泉でゆっくりしてください。時間はたっぷりありますから」
その言葉どおり、温泉に浸かると太郎の体はふわりと軽くなり、心の奥の疲れまで溶けていくようだった。
太郎は、未来のことなどすっかり忘れてしまった。
 
 
癒やされすぎた男
 
太郎は温泉の心地よさにすっかり魅了されていた。
朝起きて温泉、昼寝して温泉、夕食のあとにまた温泉。
「太郎さん、そろそろ未来の修復について……」
乙姫が声をかけるが、太郎はのんびりと笑う。
「まあまあ、焦らんでもええでしょう」
乙姫は困ったように眉を寄せた。
「あなたが未来に戻らないと、時間の歪みが広がってしまうのです」
しかし太郎は、湯気の向こうで目を細めた。
「ここは居心地がよすぎるんだよ」
亀もため息をついた。
「あなたの優しさが必要なのに……」
太郎は湯船に浮かびながら、ふと思った。
“未来のために何かをする”というのは、どうにも実感が湧かない。
それよりも、今ここで感じる温かさのほうが、ずっと確かだった。
その瞬間、温泉の湯面がわずかに揺れ、遠くで時間の裂け目が軋む音がした。
太郎は気づかなかった。
 
 
玉手箱の正体
 
ある日、乙姫が真剣な表情で太郎に箱を差し出した。
「これは“玉手箱”。あなたが現代に戻るための装置です」
太郎は首をかしげた。
「開けたらどうなるんだ?」
乙姫は少し言いにくそうにした。
「……時間の請求書が届きます」
「請求書?」
「はい。ここでゆっくりしすぎた分の“延滞料金”です」
太郎は思わず笑った。
「そんなもんまであるのか」
亀が補足した。
「あなたが未来の修復を放置したせいで、時間の流れが乱れています。戻るには、その“代償”を払わねばなりません」
太郎は箱を見つめた。
温泉の心地よさ、乙姫の優しい声、海底の静けさ。
それらを手放すのは惜しかった。
だが、どこかで“帰らねばならない”という思いもあった。
「……わかった。開けるよ」
太郎は深く息を吸った。
 
 
帰還と老いの理由
 
太郎が玉手箱を開けた瞬間、白い煙がふわりと立ちのぼった。
煙は優しく太郎を包み込み、時間の流れが一気に現実へと引き戻された。
気づけば太郎は浜辺に立っていた。
だが、体が重い。
手を見ると、しわが深く刻まれている。
「……これが延滞料金か」
太郎は苦笑した。
遠くで波が静かに寄せては返す。
竜宮城の温泉のぬくもりは、もうどこにもない。
しかし、胸の奥には不思議な温かさが残っていた。
乙姫の声が、風に混じって聞こえた気がした。
「あなたの優しさは、未来を少しだけ救いました」
太郎は空を見上げた。
海の向こうに、ゆらぎの光が一瞬だけ揺れた。
「まあ、いい旅だったよ」
そうつぶやくと、太郎はゆっくりと歩き出した。
老いた体でも、心はどこか軽かった。

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