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ひとりで泣いた。あなたへの気持ちは、誰かと分けられるものじゃなかったから*゚+。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°*.。.:*☆.。.:*☆.。.:*☆.。.:*☆.。.:*☆★

マイケルとの出会い

お母さんがある日、
「マイケル・ジャクソンを見に行こう」と
言った。寒い冬の夜、東京ドーム。

幼かった私は、会場に入った瞬間から、
ずっとお母さんの手を握りしめていた。

離せなかった。あれだけの熱狂の中で、
あの手だけが現実だった。
その夜から、人生を賭けてファンになった。

映画は、ひとりで観た

誰かを誘おうとは思わなかった。
これは、共有できるレベルの感情じゃないと
わかっていたから。(重い)

説明できないし、させたくもなかった。
マイケルへの気持ちは、誰かと並んで
座って「よかったね」と言い合えるような、
そういうものじゃない。

だから4DXの席に、ひとりで沈んでいた。

4DXは怪盗グルーのときに懲りていた。
全身が揺さぶられて、ストーリーに
集中できなかった記憶がある。
だから今回もやめておこうと思っていた。
でも何かに引っ張られるように、
4DXのチケットを選んでいた。

これが大正解だった。

スクリーンには、見覚えのある映像が
次々と映し出された。

何度も何度も観たミュージックビデオ。
知っているはずの振り付け、
知っているはずの表情。

その裏に積み重なっていたものを、
私は少し知っている。

家族との確執。父親との関係。
マイケルの自伝は幼い頃から読んでいた。
バックストーリーは頭の中にあった。

それでも、映像で「父親からの暴力」を
目の当たりにするのは別のことだった。
知っているはずなのに、胸が痛んだ。
知識と感情は、別の場所に住んでいる。

ビリー・ジーンの、あの瞬間

劇中、「ビリー・ジーン」が流れる場面が
あった。
マイケルが指をさした、まさにその瞬間。
『パシュッ』と4DXの風が右後ろから吹いて、
私の髪がバサッと顔にかかった。
笑ってしまった。

🥤ペプシ🥤

映画の冒頭と中盤に、ペプシの話が出てきた。
そのたびに、胸のどこかがざわついた。
コマーシャルの撮影。炎。

あのときのことを知っている人間には、
じわじわと迫ってくる感覚があった。
何が起きるかわかっているのに、止められない。

映像になったその瞬間は、ショッキングだった。当時をリアルタイムで知っているわけではない。でも、あの有名な写真を、私は知っていた。

幼い頃に集めた本の中で見た。
焼けた頭皮の、赤みのある、あの写真。
なぜあの写真が頭に焼きついているのか、
自分でもよくわからない。

ただ焼きついている。
それがスクリーンの上で動き始めたとき、
目を逸らせなかった。

🏙️ヒューマン・ネイチャー🏙️

幼い頃のあれこれが、映画の中のシーンと
重なりながら浮かんできた。

お母さんにねだって買ってもらった自伝の本。
ビデオ。ディズニーランドで観た
「キャプテンEO」と、あの象のぬいぐるみ。
頭にゴミ箱を乗せるやつ。

「THIS IS IT」のときは、本当に悲しかった。
SHIBUYA-AXのトリビュートイベントに
当選したとき、泣きながら喜んだ。

そういう記憶が、映画を観ながら
ひとつひとつ戻ってきた。🥹

そして「ヒューマン・ネイチャー」が流れた。
大画面で。4DXの音で。
——もうダメだった。

私は映画で泣いたりしない。
最近は、誰かに対してこんなに
強い想いを抱くこともなかった。

なのにあの瞬間、何かが決壊した。

崇拝していた気持ちが、そのまま戻ってきた。
盲信、という言葉がいちばん近い。✝️

あの頃の私はマイケルのことを、
世界の中心みたいに思っていた。🌍

その感覚が、音楽と一緒に体の中に戻ってきた。

🩵それでもずっと、好きだった🩵

映画が終わって、席を立った。
隣には誰もいなかった。それでよかった。
これはひとりで抱えるべき感情だった。

「THIS IS IT」のときも、ひとりで観た。
ひとりで泣いた。
あのときも隣には誰もいなかった。
それでよかったと、今も思う。

マイケルのことを、ずっと好きだった。

盲信していた時期も、少し冷めていた時期も、
ずっとどこかにいた。

あの音楽は、私の中の引き出しの奥に
しまわれたまま、ちゃんとそこに
あり続けていた。❤️‍🔥

寒い冬の夜、お母さんの手。
その記憶が、今もまだ、ここにある。

あなたのことを、ずっと愛していた。
これからもそれは変わらない。

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