光が見えない朝でも、手放せる。曇り空の夏至と、私のクリーニング。☂︎☔︎︎ ︎ ︎☁︎︎ ︎︎☔︎︎ ︎︎☁︎︎ ︎︎☔︎︎ ︎ ︎☁︎︎ ︎︎☔︎︎ ︎︎☁︎︎ ︎︎☔︎︎ ︎ ︎☁︎︎ ︎︎☔︎︎:::☔︎:::.
夏至の朝、雨だった☔️
今日は夏至。一年でいちばん昼が長い日。
朝、窓を開けたら曇り空だった。
雨まで降っている。

今朝起きて朝日を浴びようと思っていた
けれど、太陽は雲の向こうだった。☁️
「そっか。そういう夏至もあるよね」
少し拍子抜けしながら、私は窓の前に立った。
見えなくても、そこにある。
そういうことを考えるのは嫌いじゃない。
太陽は見えないけれど、なくなった
わけじゃない。
雲の向こうで、いつも通り光っている。
人生にも、そういうものがある気がする。☺️
目に見えないからといって、
なくなったわけではないもの。
今は感じられなくても、確かに
そこにあるもの。
そんなことを思いながら、しばらく
雨音を聞いていた。
私は神社によく行く。
夏越の祓の時期になると、境内に
大きな茅の輪が立てられる。
左、右、左。♾️
八の字を描くように歩く、あの
独特なくぐり方。
初めて見たときは、少し驚いた。
でも慣れてくると、あの不思議な
リズムが好きになった。
ぐるぐる歩いていると、頭の中が静かになる。
考え事がなくなるわけじゃない。
悩みが消えるわけでもない。
それでも、少しだけ余計な力が抜ける。
体を動かして、形にして、手放していく。
そんな時間なのかもしれない。🙂
私は毎日、クリーニングしてる。
今日もクリーニングをする。
「ありがとう」
「ごめんなさい」
「許してください」
「愛しています」
私は時々、この言葉を繰り返す。
深く意味を考える日もあるし、
ただ唱えるだけの日もある。
今日はどちらかというと後者だった。

急に何かが変わることもなかった。
それでも、少し軽くなった気がする。
それで十分だと思っている。
劇的じゃなくていい。
毎日少しずつ、溜まったものを流していく。
夏越の祓も、茅の輪くぐりも、
ホ・オポノポノも。
文化や形は違うけれど、どこか
共通するものがある気がする。
人は昔から、心や体に溜まったものを
手放したかったのかもしれない。
2026年も、もう半分。
振り返ると、今年前半は「できなかったこと」
の方が先に思い浮かぶ。
やろうと思っていたのに、
手をつけられなかったこと。
途中で止まったままのこと。
もう少し頑張れたんじゃないかと思うこと。
そんなのが、いくつもある。

でも、それだけじゃなかった。
苦しいことがなかったわけじゃない。
迷わなかったわけでもない。
それでも、その時その時で、
自分なりに考えてきた。
立ち止まりながらでも前を向こうとしてきた。
続けられたこともある。
助けてもらったことばかり。🐈
うまくできなかったことばかり数えていた
けれど、ここまで来たという事実も
ちゃんと残っている。
だから完璧を目指さなくて
いい気がしている。

すべてが思い通りにならなくてもいい。
ただ、少し軽くなって進めたらいい。
光が見えない朝でも、立つ場所を
選ぶことはできる。🌞
雨の夏至も、悪くなかった。
焦らなくてもいい。
劇的に変わらなくてもいい。
今日も少しだけ心が軽くなったなら、
それで十分かな。
そんなことを思った夏至の朝だった。☺️
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