「黙る私」は、誰にも優しくなかった
ああ、またやってしまった…
息子の目を見られない。
私が黙るたび、息子は一つ、
大人になってしまう。
息子が、私の顔をじっと見る。
さっきまで笑っていたのに、
何かを察したように表情が変わる。
リビングが、急に息を止めたように
静かになる。
昔の私が、そこにいた──
私の、長年の悪い癖。
どうでもいい話ならいくらでも喋れる。
だけど、感情の波が大きすぎると、
言葉が急に遠ざかっていく。
本当に傷ついたとき。
怒りで心がざわつくとき。
何かが心にぶつかったとき、
私は、黙ってしまう。
沈黙の理由は、自分でもわかってる。
口を開けば相手を傷つけるかもしれない。
でも、じゃあどう言えばいいのかもわからない。
だから、黙ってやりすごすことを
“優しさ”だと信じてた。
でも、もう薄々気づいている──
それがただの自己防衛でしかないこと。
相手を思ってるようで、
自分を守っているだけ。
「言わなくても、わかってほしい」
それは、願いじゃない。
きっと、ただの甘え。
本当に大事なことは、言わなきゃ伝わらない。
そのことを、息子の目が教えてくれた。
何も言わない私を、
彼はまっすぐに見てくる。
言葉はない。
けれど、その目が「いつもと違う」と言っていた。
なぜだろう。時間が、少し、止まった気がした。
その静けさの中で、
私は一気に昔へ引き戻された──
私は、母の顔色をうかがいながら育った。
母は、感情任せに怒鳴る人だった。
でも、黙って怒るときもあった。
その沈黙は、怒鳴られるより怖かった。
息を潜め、音を立てないように歩いたリビング。
空気を読むことでしか、
自分を守れなかったあの頃。
私の沈黙癖は、母のように感情を
爆発させたくなかったところから
始まっていたのかもしれない。
声を荒げずに済ませることで、
自分は違う親になれる気がしていた。
だけど、結局、
今の私は母と同じことをしている。
息子に“黙ることで距離を取る癖”を
渡したくない。
息子とは、言葉でつながっていたい。
完璧には話せなくてもいい。
「ちょっと疲れてるんだ」とか、
「今はうまく言えないけど」とか、
そんな不器用な言葉でも
沈黙よりずっと伝わると思う。
「沈黙」は、自分を守る手段だった。
でもそれは、誰も守らなかった。
母も、私も、そして今の息子も。
私にとっての沈黙は、
子どもの頃の母との距離でした。
あなたにとっての沈黙は、
誰とのものでしたか?


