クリスマスとスーパーファミコンと。(FF4 & 超魔界村)
「人生でいちばんうれしかった瞬間は?」
子供が生まれたとき。憧れの人と会えたとき。いろんな候補が思い浮かんでひとつには絞れない。だけど、子供のころはあれがいちばんだったな、と思える瞬間がある。
それは1991年12月25日の朝。小学2年生のクリスマスだった。

スーパーファミコンが発売されたのは、1990年の11月21日。発売から時間が経つにつれて、クラスでもどんどん持っているやつが増えていく。
友だちの家で『スーパーマリオワールド』のあざやかさに驚き、『アクトレイザー』のBGMに聴き惚れ、『ボンバザル』の難しさに悶絶する日々。すごい、すごすぎる。でも、自分の家にあるのはファミコンだけ。ほしい、ほしすぎる。
当然ながら、「スーファミ買って!」と親におねだりをくり返すことになる。とにかく1日でも早くほしくて、毎日毎日、毎日毎日毎日……とにかくねだっていた。毎回なだめたり叱ったりするのは、それはそれはタイヘンだったろうな。

秋が深まるころ、おねだり先を親からサンタさんに変えた。その年のクリスマスまで、僕はサンタを信じていたのだ。親はダメでも、サンタさんならわかってくれるかもしれない。いや、手に入れるためには、わかってもらうしかないのだ。
手紙を書いたし、キリスト教なんて知らないから仏壇の前でも拝んだ。お願いです。どうしてもほしいのです。どうかどうかスーパーファミコンを……。
12月24日、運命の夜。緊張感いっぱいのまま、ふとんの中に入った。なんとか心を落ち着かせて、できるだけ早く寝るようにした。おそくまで起きていると、サンタさんが来てくれないような気がしてさ。
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――朝起きて、枕もとのプレゼントの箱を見つけた瞬間、
「やっっっったああああああああああ!!!!!」
こめかみに血が走る。天を仰いで両手をかかげ、腹の底から声をふりしぼる。知らない間に、涙が頬をつたってゆく。たぶんこれが、人生で初めての"魂の叫び"だった。うれしいときにも涙が出るんだな。そんなことにも気づく。
33年経ったいまも覚えているから、「脳裏に焼きついている」とはこういう記憶のことを言うのだろう。バカみたいな例えだけど、いま年末ジャンボで10億円が当たったとしても、ここまで喜ぶことはないだろうな。
ちなみにそのとき、サンタさんが選んでくれたゲームソフトは『ファイナルファンタジーIV』と『超魔界村』。これはいま振り返ってもすばらしいチョイス。RPGとアクションそれぞれで、SFCだからこそのクオリティを堪能できたのだ。夢中になってゴルベーザを倒し、幾人ものアーサーを骨に変えた。
それからも『ドラクエV』や『聖剣伝説2』、『スーパーボンバーマン2』に『風来のシレン』。そして人生を変えられた『MOTHER2』……。数えきれない名作をプレイした。そんな1992年のクリスマスプレゼントは、僕にとってずっと大切な宝物だった。いいや、いまだってそうさ!

ムスメを寝かしつけたあと、リビングでせっせとプレゼントを包んでいく。クリスマスカラーの、赤色と緑色の包装紙だ。こういうふうにラッピングをしていると、ゲーム屋でバイトをしてた大学生のころを思い出す。
親になってわかったことがある。プレゼントをあげるのは、プレゼントをもらうのと同じくらい楽しいということ。そして、子供が本当にほしいものを渡してあげたいということだ。
何歳までサンタを信じてくれるかはわからないけど、いつになってもかまわない。直接おねだりされたっていい。手に入ったとき、うれし涙を流せるくらい好きなものを見つけてほしい。思いっきりよろこんでいる君の笑顔が見たいのだ。僕はそう願いながら、プレゼントに真っ赤なリボンを貼りつけた。
