◎リニューアル工事が進む南砂町駅周辺へ◎前編:西大島駅から越中島貨物線沿いに歩く
5月の連休直後に、東京メトロ東西線が一部運休となり、南砂町駅が新しくなりました。東西線は、昭和40年代に完成しましたが、その後市街化が進み、人口が増えたので、駅設備を増強させる必要が生じて、今回の改良工事が進んでいる、とは聞いていますが・・、実際どんな場所でしょうか?ちょっと歩いて来てみたいと思います。
■西大島駅から、南砂町駅を目指す
といいつつ、最初に探索をスタートしたのは、南砂町駅の少し北側にある、都営地下鉄新宿線の「西大島駅」。なぜ?って、それは、自分の住んでいる京王線沿線から乗り換えなしで行けるから!です(笑)。




今は単線の橋梁です。

都区内と思えないような古そうな鉄道構造物。



元々の、「小名木川貨物駅跡」にあることで知られています。

小名木川貨物駅は、鉄道と舟運との結節を考慮し、この地に作られた貨物駅でした。小名木川から掘り込み式の船着き場が設けられたことも印象的です。昭和30年代までは、舟運が東京の物流のメインパートを占める存在であったと言えるでしょう。



小名木川駅のポイント操作をやっていたのでしょうか?




どうやら、鉄道橋を歩道に転用した道のようです。

まさに、鉄道橋を渡ることができる感じです。




この「南砂緑道公園」ですが、ちょっと有名な公園なのです。


そうなんです。ここは、かつて城東電気軌道という、路面電車の廃線敷で、かつては亀戸から洲崎(東陽町駅と木場駅の間あたり)に通じる路面電車が走っていたのです。


かつては、この南側は、「汽車製造会社」の工場がありました。

当時は一大工業地帯だったのですね。
そして、こちらは永代通りと交差するところの踏切です。




この橋、今は何で陸の上に??と思うかもしれませんが、実は・・、

この運河、「洲崎川」という名前の水路でした。元々は海だったこの地が埋め立てられた際、洲崎川と呼ばれる運河を作りました。そしてその川の鉄橋が貨物線に架かっていたのですが、川は埋め立てられたものの、鉄橋はそのまま残ったのが今の姿のようです。ということは、洲崎川がここにあったことの生き証人、という意味でもありそうです。


戦前に、「日本曹達砂町工場」という工場があった名残だとか。

南砂町駅は、実は先ほど出てきた、埋め立てられた「洲崎川」の河底に作られた駅です。「メトロアーカイブアルバム」を見ると、河底にケーソンを沈設した記録が出てきます。

その駅と周辺を見てきましたが、それは後編でご覧いただくこととしましょう。
■終わりに
西大島駅付近から南北に続く越中島貨物線沿いに歩き、南砂町駅に着きました。古い貨物線沿いに広がる貨物駅跡、都電の廃線跡、工場跡、運河の跡地など、今から考えるとちょっと想像の付かない場所が多かったです。
やはり街に歴史あり、という感じだと改めて思いました。
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