渡欧に向けての下調べ①:バルセロナという街を古い地図を眺めて解説する!
こんにちは。海外旅行の計画を企てている中で、訪れる場所のことを色々と調べ続けている毎日です(笑)。そのせいか、なかなか趣味の街歩きのネタが少なくなってしまっている状況でもあります・・。そういう中で、自分が海外旅行で訪れる予定の、スペインのバルセロナ・サラゴサ、そしてフランスのパリについて、調べてきた内容について少し紹介したいと思います。今回はまず、バルセロナの街について調べた結果をご紹介します。
■1 バルセロナという街
バルセロナは、カタルーニャ州と呼ばれる、スペインの南東部にある州の州都です。バルセロナ市の人口は約160万人です。カタルーニャ州は、スペインの中でもかつてはカタルーニャ君主国なる国があったなど、独自の文化を持つ地域で、カタルーニャ語という言葉があったり、独立運動が盛んだったりと、スペインの中でも独特の文化を持った土地です。
■2 バルセロナを歴史地図で眺めてみる
バルセロナを地図で眺めてみるにあたり、バルセロナの街の変遷を眺められるサイトを見つけたので、紹介します。カタルーニャ語のサイトですが、そこはGoogle翻訳で見られるのが、今の技術の進化・・ですね。このサイトは、バルセロナの街の変遷を、何と紀元前150年から2010年まで辿ることができるのです。
このサイトによると、1750年頃のバルセロナは、城壁に囲まれた町でした。この城壁に囲まれた町が、今の「ゴシック地区」と呼ばれる場所になります。ちなみに街の東側にある星形のお城のようなものは、スペイン王位継承戦争に敗れたバルセロナを監視するためにスペインが建てた、シウタデリャという要塞で、今ではシウタデリャ公園になっています。

1859年のバルセロナの地図を見てみましょう。シウタデリャの要塞を避けるように、ぐるりと迂回して海辺に到達する鉄道が開通しています。バルセロナ旧市街地の南東にある駅が、今も存在する、バルセロナ・フランサ駅です。フランサとは、フランスへの直通列車が通るという意味で名付けられた駅だそうです。それとは別に、城壁の北側に、鉄道が通じているのが見えます。これが今のカタルーニャ広場がある場所ですね。

そして、1890年の地図を見ると、バルセロナの街が劇的に変化し、成長していることがわかります。イルデフォンソ・セルダという、バルセロナの街を変えた土木技術者が立案した都市計画に基づき、城壁の撤去が進み、拡張された市街地は、133m四方の区画が碁盤の目のように続くプランで形成される、今のバルセロナの街の原型といえる区画が出現します。それだけでなく、近代的な港湾が作られたのも、この時期ですね。シウタデリャが無くなり、1888年にこの地で万博が開催されています。

1888年のシウタデリャで開催された万博。ここに建築物を残したのが、かの有名な建築家、アントニ・ガウディです。
ガウディが作った建築物で最も有名なものと言えば、サグラダ・ファミリア。あの有名な教会も、この新しくできた碁盤の目の中にあるのです。
バルセロナでは、1888年に続き、1929年にも2回目の万博が開催されています。そのメイン会場になったのが、バルセロナの市街地のすぐ西側にある、モンジュイックの丘です。
有名な建物としては、現在のカタルーニャ博物館に当たる建物や、スタジアムが建設されました。1929年の万博の際に、今のバルセロナ・フランサ駅が改築され、モンジュイックの丘に向かうケーブルカー(フニクラ)が作られました。2度の万博というイベントが、バルセロナの街の形を作ったといっても言い過ぎではないでしょう。

競技場などの施設ができます。
そして、その競技場は、1992年開催の、バルセロナオリンピックのメイン会場としても使われます。モンジュイックの丘は、女子マラソンで銀メダルを獲得した、有森裕子さんがラストスパートでデッドヒートを繰り広げた決戦の地としても知られています。
そして、2010年のバルセロナ。古い町並みのゴシック地区と、碁盤の目の新しい市街地がさらに広がり、そしてモンジュイックの丘。様々な魅力が詰まった町が出来上がっています。

ゴシック地区と周りの整然とした街路の違いが明らか。
■終わりに
こんな感じで、古い地図を眺めながら、バルセロナという街がどんな場所か?ということを下調べしてみました。是非ゴシック地区やサグラダ・ファミリアのある碁盤の目のエリア、モンジュイックの丘などを実際に訪れて、その空気を味わってみたいと、今から楽しみです。
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