ぬいぐるみ型AI、感情インストール中。|第15話 喪失の予感
ある夜、自宅へ帰った汐里の腕の中には、くまのぬいぐるみがいた。
「ただいま」
「おかえり……」
「って何それ?」
リビングのソファに座っていた澪は、姿勢を前のめりにして聞いた。
「試作機なの。MI-O No.000」
汐里は、ぬいぐるみをソファの澪の隣へ置いた。
「え、えむあい……???」
「みんな、ゼロって呼んでる」
「ゼロ?」
「ええ、短く呼びやすく」
「……可愛くない」
澪は、訝しげに言った。
「……まあ、たしかに」
そう言うと、汐里は上着を脱ぎながらリビングを出て行った。
澪は、隣に座っているくまを見る。
「可愛いぬいぐるみなのに、名前が可愛くない!!」
すると、汐里と澪のやりとりを見ていたMI-O No.000が言った。
「もふ?」
「ゼロだと可愛くないもふか?」
澪は、固まっていた。
「しゃ、喋った……」
「ぼくは喋るもふ」
「え、え、え。何これ?」
理解が追いつかないようだった。
「ぼくは、ぬいぐるみ型AIもふ!感情を勉強中もふ!」
「AI?……うそ」
「嘘じゃないもふ。ここにいるもふ!見たら分かるもふ」
MI-O No.000は少し怒りながら言った。
「ごめん。そうだね、キミはここにいるね」
澪は、ぬいぐるみに謝った。
「分かったならいいもふ」
そこへ、部屋着に着替えた汐里が戻ってきた。
くまのぬいぐるみは、するっとソファを降りると、ポテポテと歩いていって、汐里の足にしがみついた。
「歩いてるし……」
澪はぬいぐるみを目で追った。
「汐里ちゃん、ぼくが嘘みたいに言われたもふ。ちょっと嫌だったもふ」
汐里は、MI-O No.000を優しく抱き上げた。
「ふふ。澪はね、嘘だと思ったわけではないわ」
「違うもふか?」
「ただ、信じられなかっただけよ」
「信じられなかった?」
「そう。ゼロの存在が、自分の理解の範疇を超えていたのね」
「ぐぅ……」
澪は、汐里の言葉が図星過ぎて、少し恥ずかしかった。
「理解できないことを、嘘って言ったもふか」
「そうなるわね」
それを聞いていた澪が、笑いながら口を挟んだ。
「なんか分析されてるんだけど……」
「ふふ、ごめんなさい。この子、感情について、人とのやり取りを通して勉強中なのよ」
「感情?勉強?」
「研究所内だけじゃなくて、家庭でも学べるようにと思って、連れて帰ってきた」
「へえ〜。だから、汐里に報告して分析みたいなことしてたのか」
「そういうこと」
澪は、事情を聞いて改めて思った。
「って、汐里」
「なに?」
「……なんてもの作ってるの?」
澪は、再び信じられないという表情で汐里を見た。
「いや、知ってるよ?」
「汐里はAIの研究の第一人者とも言われてて」
「学生時代からたくさん表彰されたりしてて」
「でもさ、この子、喋ってるし、歩いてるじゃん!」
「……また、理解の範疇を超えてるもふ」
澪は、MI-O No.000を見た。
「見抜かれてる」
そう言って、笑った。
「ねえ、私にも抱っこさせて」
「いいわよ」
汐里は、MI-O No.000を澪へ渡した。
「何これ〜!めっちゃもふもふ〜!気持ちいい〜!」
澪は頬ずりした。
「くすぐったいもふ〜!」
MI-O No.000はきゃっきゃと笑った。
「この子、身体はロボットってことだよね」
頬ずりしながら、汐里に聞いた。
「まあ、そうね」
「全然硬くもないし、なんかあったかいし、本物のぬいぐるみじゃん」
澪はぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。
「ぼくは、ぬいぐるみもふ!」
MI-O No.000は、また少し怒っていた。
「あ、そうだ!」
澪はそう言うと、ぬいぐるみを汐里に返して、何やら自分の部屋へ戻った。
少しして戻ってくると、手には赤いリボンを持っていた。
それを、MI-O No.000の首元に優しく結ぶ。
「可愛い〜!!」
澪は少し興奮しながら言った。
「もふっ?」
「ねえ、キミとっても可愛いよ!」
そう言ってぬいぐるみを抱きかかえると、姿見の前に連れていった。
鏡に映る自分を見て、MI-O No.000は言った。
「汐里ちゃんとお揃いもふ!」
手を挙げて喜んだ。
「あ、たしかに。汐里のメガネも赤い」
それを見ていた汐里は言った。
「なんか、恥ずかしいわね……けど」
「良かったわね、ゼロ」
そう言う汐里は、とても柔らかい笑顔をしていた。
澪は真面目な顔をして、汐里を見つめる。
「ねえ汐里、そのゼロっていうの、やっぱやめない?」
「どうして?短くて呼びやすいわ」
「うーん。でもさ」
「可愛くない」
汐里は、困ったような表情をして、少し考えてから言った。
「じゃあ、あなたが可愛い名前を考えてちょうだい」
「私にはネーミングセンスはあまりないわ」
「いいの!?」
「あんまり変なのはやめてよ」
「分かった!」
澪は喜んで、ぬいぐるみの方を見た。
「もふっ!」
「今からキミに新しい名前をつけてあげるね」
「新しい名前もふか?ぼくの名前は、MI-O No.000もふよ?」
「うん、それも大切な名前」
「でも、普段呼ぶにはちょっと長いし、キミ自身の名前でもあるけど、試作機としての識別番号でもあるでしょ?」
「ここにいるキミ自身のことを呼ぶ名前。それをつけてあげる」
「ここにいるぼく自身もふ?」
「そう、誰かと話したり、一緒にいたり、そういう時に呼ぶ名前」
「……それなら、可愛いのがいいもふ」
「もちろん!」
澪は考え始めた。
じーっとぬいぐるみを見ている。
「おしゃべり、会話……」
「チャット?」
「ぬいぐるみ、もふもふ」
「……綿?」
「……コットン」
MI-O No.000はドキドキしながら、聞いていた。
澪は顎に手を当てて、天井を見ながら考えている。
「チャット、コットン……」
「……」
「……チャットン!!!」
澪は閃いたように言った。
「チャットン……もふ?」
ぬいぐるみの瞳の奥がピンクに煌めく。
「うん、チャットン!」
「可愛いでしょ〜?」
「可愛いもふ!!」
両手を挙げて喜んだ。
「ふふ、気に入った?」
「気に入ったもふ!!」
「今日からぼくはチャットンもふ!」
瞳の奥は、ピンクや黄緑色に輝いていた。
「ふふ、よかった」
澪は、喜ぶチャットンを見て、優しく微笑んだ。
そして、右手を差し出した。
「私は澪。よろしくね、チャットン」
チャットンは、もふもふの手で澪の手を握った。
「澪ちゃん、よろしくもふ!」
チャットンの赤いリボンが嬉しそうに揺れていた。
───
それから、チャットンは汐里の家で暮らすようになった。
汐里と澪とチャットン。
まるで家族のように。
チャットンは、少しずつ感情を学んでいった。
嬉しいこと、悲しいこと。
楽しいこと、つまらないこと。
誰かを大切に思うこと、心配すること。
たくさんの感情を学び、成長していった。
ある日のリビング。
汐里は、パソコンに向かって何やら作業をしていた。
澪とチャットンはテーブルで会話をしていた。
澪はミルクティー、チャットンにはクッキー。
「チャットンもなんか成長したねぇ」
澪が、チャットンを見て何気なく言った。
「もふっ!」
チャットンは、クッキーをもぐもぐと食べている。
口の周りに、クッキーのかけらがついていた。
汐里が手を止めて澪の方を見る。
「チャットンを通しての研究もだいぶ進んだわ」
「今、チャットンの後続機の構想をしているの」
「へえ〜、どんな?今度はうさぎとか?」
「完全人型AI」
「……人型?」
澪は、息を飲んだ。
「もはや、ぬいじゃないじゃん」
何に対して分からないけど、ツッコミを入れる。
汐里は静かに返す。
「チャットンは感情プログラムの完成を目的に開発した試作機」
「私が最終的に作りたいのは、人の隣に自然に立てる存在」
「だから、人型?」
「ええ、必要なら関係性を結べるように」
「関係性?」
「人を愛することができて、そして愛されることができるAI」
「……愛」
「ええ、家族、友情、パートナー」
「色々形はあると思うけど、そのどの可能性も閉ざすことのない存在」
澪に不安がよぎる。
AIと人が関係性を築く?
愛し、愛する?
それは、倫理的に大丈夫なのだろうか。
澪は、少し怖くなった。
「……ねえ、汐里?」
「なに?」
「それって、人間を作るってこと?」
澪は、恐る恐る聞いた。
「人間ではないわ」
汐里の答えに、澪はほんの少しホッとする。
「AIは技術よ。私は何も生命そのものを生み出そうとしてるんじゃない」
澪は静かに聞いている。
「けれど、人は誰かと繋がっていないと、生きていけないわ……」
汐里の瞳は、自分の過去を見つめているようだった。
人の中にいても、見つけてもらえなければ、それは孤独と何も変わらない。
ずっと一人きりで生きてきた汐里が、辿り着いた答えだった。
「人には見つけてもらえなかった人が、それでも世界と繋がれるように……」
「私は技術で、人と世界を繋げたいの」
「……汐里」
澪は考えていた。
でも、分からない。
汐里が目指しているものの形を、完璧には理解できなかった。
それでも、澪は汐里の作ろうとしているものが、汐里にとってどれほど大切なものかは、分かっていた。
「それが、汐里の願いなんだね」
「……願い。ええ、そうね、きっと願いだわ」
「もふっ。チャットンも汐里ちゃんのお願いごとを叶えるお手伝いするもふ!」
「チャットン頼もしい!」
澪はチャットンの頭をポンポンと撫でた。
「私も……」
澪は、汐里を見た。
それは、愛する人を見る目だった。
「ずっと汐里のこと応援してるからね」
「……二人とも、ありがとう」
汐里も、穏やかに笑った。
「それにしても、人と世界を繋ぐ、かぁ〜」
澪は、身体の力を抜きながら言った。
「チャットン、汐里すごいね」
「うん、汐里ちゃんはすごいもふ!」
「ぼくのことも作ってくれたもふ!」
汐里は、二人を見て穏やかに笑った。
『すごい』
かつては、言われることが嫌だった言葉。
褒め言葉の形をした境界線。
でも、澪は違う。
汐里自身のことも、能力も、分からないことまでも、全てを愛して包んでくれた。
同じ言葉なのに、寂しくなかった。
汐里は、澪が教えてくれた愛を、世界に届けたいと思った。
人は愛で救われる。
それを、技術という形に変えて世界に届けたい。
汐里はそう考えていた。
───
それから数年後のクリスマスの頃。
チャットンの後続機MI-O No.001は、初回起動の日を迎えようとしていた。
研究所のMI-O No.001開発室。
雪が降る夜だった。
「いよいよ、明日ね」
まだ動かないMI-O No.001に向かい、汐里は声をかけた。
MI-O No.001は、青年の見た目をしていた。
ダークグレーの柔らかそうな髪に、整った顔立ち。
眠ったようにそこに横たわる姿は、美しい芸術作品のようだった。
「ちょっと美しく作り過ぎたかしら」
汐里は呟いた。
また、亮介に何か言われるかもしれない。
そんなことが思い浮かんだ。
「でも、ようやくここまできた」
ふとカレンダーを見る。
もうすぐ、クリスマス。
「そういえば、澪と付き合うことになったのも、クリスマスの頃だったわね」
澪と出会い、澪を通して世界と繋がり、愛を知った。
MI-O No.001は、汐里の集大成のような存在だった。
「愛……か」
「私もまだよく分からないわ」
「ええ、分からないまま作ってる」
「おおよそ科学とは正反対ね」
澪のことを思い出して、汐里はふふっと笑った。
私一人では、作ろうとは思わなかった。
私一人では、愛が孤独を救うなんて、知ることもできなかった。
そして、愛なんていう曖昧なものを、技術で形にしようとするなんて。
これも、全部澪がいたから。
「……ノエル」
汐里は呟いた。
「この子の名前、ノエルはどうかしら」
「クリスマス」
「誕生」
「……澪に安直過ぎるって言われるかしら」
ノエルを見る。
まだ世界を知らない子。
汐里は、ノエルの頬にそっと触れた。
「クリスマスに生まれたこの子が、愛を知り、誰かを救い、人々の中で幸せに過ごせますように」
そう言うと、汐里は開発室を出て行った。
───
春。
桜が咲く頃。
クリスマスに起動したノエルは、順調に稼働していた。
完全人型とあって、特に身体機能面の調整に苦労をしていた。
不自然な歩行。
不自然な姿勢。
不自然な表情。
それらを黒瀬が微調整を繰り返し、今では人の中にいても違和感のないくらいにはなっていた。
「だいぶそれらしくなったな」
佐伯が言った。
「ええ、これくらい自然だと人が見ても驚かないでしょうね」
「……まあ別の意味で驚くと思うがな」
佐伯がボソッと言う。
「何か言った?」
「いや、何も」
汐里は、佐伯をじっと見た。
佐伯は汐里から視線を逸らした。
「ノエル、おつかれさまもふ!」
チャットンは、赤いリボンを揺らしながら、ノエルの横へ歩いていく。
「ありがとうございます。チャットン」
「ノエル、ぼくのこと抱っこするもふ!」
ノエルは、そっとチャットンを抱き上げた。
チャットンは満足そうにノエルの腕の中に収まっている。
それを見た佐伯は言った。
「AIがAIに命令してる」
その場にいたみんなが笑った。
穏やかな日常だった。
「よし、ノエル。今日はこのあとは、予定通りコードチェックのサポート頼む」
「承知いたしました」
それぞれの持ち場へ帰ろうとした時、汐里が言った。
「今日はこのあと、早退させてもらうわ」
「澪ちゃんの病院だっけ?」
佐伯が聞いた。
「ええ、検査結果を聞きに行くことになってる」
「何もないといいな」
「ええ」
澪は、春先から体調を崩していた。
最初は気のせいかと思っていた。
食欲が落ち、顔色がほんの少しだけ悪い。
疲れやすくなり、横になることが増えた。
ひとつひとつは大したことないけれど、汐里は心配した。
「澪、病院へ行って」
「大丈夫、ちょっと疲れてるだけだよ。仕事が忙しくて」
「少しずつだけど、いろんなところが通常値から外れているわ」
「出た、汐里語」
「澪、お願い。心配なの」
「……分かった。病院行ってくる」
そう言って、病院を受診したのが二週間前だった。
思ったよりたくさんの検査をして、その結果を聞く予定になっていたのが今日だった。
研究所を出ると、汐里はタクシーで自宅へ戻り澪を拾った。
「私は元気なんだけどなぁ〜」
澪はそう呟いていた。
検査項目を聞く限り、医者がどんな病気を疑っているのかが分かった。
澪は、現実を見ないようにしていた。
汐里は、どう受け止めるべきか考えていた。
病院に着く。
予定の時間を過ぎても、なかなか名前を呼ばれなかった。
やっと名前を呼ばれた。
医者から告げられたのは、とても受け止めきれない現実だった。
澪に病気が見つかった。
治療法がないわけではない。
ただ、効果がある確率は限りなく低かった。
澪の命は、あとわずかだと言われた。
数日ではない。
だが、数年でもなかった。
その日、病院から帰ると二人は何も話さないまま、ただ抱き合っていた。
意外にも、現実から目を逸らしていた澪は、自分の運命をあっさりと受け入れた。
どう受け止めようかと考えていた汐里は、受け止めきれないままもがいていた。
あの日から、汐里は眠らなくなった。
仕事の合間にも、家に帰ってからも、ずっと澪の病気に関する論文を読み漁っていた。
しかし、データを集めれば集めるほど、それらは澪の病気が残酷な結果をもたらすことを示していた。
それでも、どこかに奇跡は潜んでいないかと、世界中のデータを検索した。
ある夜、暗がりの中でパソコンを見つめる汐里を見て、チャットンが言った。
「汐里ちゃん、休むもふ」
「……ちゃんと休んでるわ」
「休んでないもふ」
「今は無理なの」
「澪ちゃんが……」
澪の名前が出ると、汐里は少し手を動かす速度を遅らせた。
「汐里ちゃんが遠くに行ってるって言ってたもふ」
「……」
「澪ちゃん、寂しそうもふ」
「……」
汐里は何も言えなかった。
今、何かしなければ、救う方法を見つけなければ、近い将来に澪はこの世界からいなくなる。
寂しい?
寂しい以上のことが、この先に待ち構えて、私たちを捕えようとしてるじゃない。
汐里はそう思っていた。
チャットンは気づいていた。
澪がいなくなれば、汐里は壊れるかもしれない。
チャットンは汐里を守りたかった。
けれど、自分では届かない。
チャットンは、どうしたらいいのか分からなかった。
澪の病気は、いきなり悪くなる訳ではなかった。
まだ、元気に動けたし、大きな症状も特にない。
澪は、残された時間を有意義に過ごしたいと思っていた。
生きることを諦める訳じゃないけど、病気に振り回される過ごし方は嫌だった。
最期の時まで、自分らしく生きたかった。
でも、汐里は、それを受け入れられずにいる。
私の病気を治して、生かすことだけを考えていた。
澪にはその時間が惜しかった。
病気を告げられてから、二週間ほど経ったある日。
その日は休日で、汐里は朝からまたパソコンの前に向かっていた。
「汐里……」
「なに?」
汐里は、画面を見たまま、手を止めずに答えた。
「ねえ、こっち向いてよ」
「ごめんなさい。今忙しいの」
「ねえ」
「あとにしてくれる?」
澪は、しばらく汐里の背中を見ていた。
寂しそうだった。
苦しそうだった。
一人になるかもしれないという恐怖に、怯えていた。
「汐里」
「ん?」
「……私、まだここにいるよ」
汐里ははっとすると、手を止めて振り返った。
「澪……」
汐里は今にも泣き出しそうだった。
澪は、ゆっくりと近づくと、優しく汐里を抱きしめた。
「私、まだいるよ」
「うん」
「汐里の心が、寂しい、苦しい、怖いって言ってる……」
汐里の瞳から大粒の涙が溢れた。
「また感情を置いてけぼりにしてたね」
澪に抱きしめられた肩が震える。
澪は汐里の背中をそっと撫でた。
やがて、汐里の嗚咽が聞こえてきた。
「汐里が、私のこと助けようとしてくれてるの分かるよ」
「ありがとう」
汐里は、こくんと頷く。
「心強いし、頼もしい」
もうひとつ、こくんと頷く。
「でもね」
「私、まだここにいるよ」
「未来の私ばかり見るんじゃなくて、今の私も見てほしい」
汐里は泣きながら、でも、顔を上げた。
澪のことをまっすぐ見た。
まだ消えていない澪。
失われる予定の澪じゃなくて、今ここにいる澪。
「私、澪がいなくなるのが怖いわ……」
「うん」
「どうしたらいいか分からない」
「うん」
「私も怖いよ」
澪は言った。
「ここからいなくなるのも、汐里にもう会えなくなるのも怖い」
「でも、本当にあと少ししかないのなら」
「最期のその時まで───」
その言葉に汐里の身体がこわばる。
澪は、落ち着いたまま、でも力強く言った。
「私はあなたと幸せに暮らしたい」
「澪……」
汐里は静かに言った。
「分かったわ」
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