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【自由研究】映画アンパンマン全作レビュー

2024年7~8月にかけてアンパンマンの映画を全部観たのでレビューをしていく。

※当記事は新作が公開されるたびに更新されます。


◾️映画アンパンマンフルマラソンAny%のレギュレーション

今回は、以下のルールで行なった。

・映画アンパンマンが対象(併映作品含む)

・併映作品が非アンパンマンであればスルーしても良い(おねがい!サミアどん、ロボタン、かいけつゾロリは除く)

・既に観ている映画アンパンマンはスルーしても良い(かがやけ!クルンといのちの星、きらめけ!アイスの国のバニラ姫は過去レビューを記載)

・観た作品のレビューを全て書く

1作目:キラキラ星の涙(1989)

アンパンマン映画記念すべき1作目『キラキラ星の涙』。本作は冒険活劇となっており、他の作品に比べるとボスの扱いがどれも重かった。

すなおとこの場合『虹のピラミッド』で単体のボスとして登場するのだが、氷の女王は単体回があってもいいほどヴィランとして魅力的だ。なんでも氷に閉じ込めコレクションする女王。アンパンマンたちはキラキラ星の涙が紛れ込んでいるのではと調査を始めるのだが、彼女の逆鱗に触れてしまい戦闘となる。氷を操り、アンパンマンたちを封じ込めていく中、ジャムおじさんが現れる。なんと彼はアンパンマン号からかまど火炎放射器を稼働させ、味方のゆきだるまんごと虐殺していく。このシーンが圧巻であった。

しかし、ラスボスのドロンコ大魔王には一切かまど火炎放射器が効かないので映画版としてのレベル調整はよくできていた作品といえよう。

2作目:ばいきんまんの逆襲(1990)

『それいけ!アンパンマン おもちゃの星のナンダとルンダ』もそうだが、落下の連続によって物語が推進していく回である。ばいきん仙人の策略により「メコイスの壺」を探すことになったばいきんまんとそれを追うヤーダ姫、アンパンマンの駆け引きが落下で展開される。

ここで注目なのはヤーダ姫の造形で、あからさまに『風の谷のナウシカ』と同じ造形になっており、オリキャラとして流石に似せ過ぎだろうと感じるものがある。要はアンパンマンの世界観にマッチしない違和感があるのだ。

今回はばいきんまんが様々な形に変化してアンパンマンに襲い掛かるので、連携攻撃の手数が多い。そして珍しく、赤ちゃんマンが大活躍する姿が観られる。ただ、全体的に印象が薄い作品だったといえよう。

併映アンパンマン映画:むすびまん

アンパンマン映画併映作品。おむすびまんはアンパンマンの中の世界において生身で強いキャラクターだろう。少なくともしょくぱんまんのワンパターンな攻撃より手数が多く、頭を使って問題解決しているような気がする。また、的確に仲間を活用しており、本作ではこむすびまんを巧みに使ってたぬきおに一味を討伐している。さて、本作は掛け軸のような質感の世界でおむすびまんの冒険が描かれている。たぬきおにの小者感を表現するために、小さい村を巨人のように入り込むたぬきおに演出があるのが興味深い。

3作目:とべ! とべ! ちびごん(1991)

今となってはばいきんまんサイドのメインキャラクターであるホラーマン。彼は元々ばいきんまんサイドのキャラクターではなかったようだ。ドラゴンの島に生息しており、ちびごんの教育係として生活していた。それがばいきんまんに捕まり関係が生まれる。恐らくここで初めてホラーマンがドキンちゃんに恋をしたといえよう。

さて、アンパンマンフルマラソンをする前は幼児アニメとして道徳的なテーマが緻密に描かれているもんだと思っていたのだが、意外とそうでもない作品が多い。子どもが人生で最初に観る映画としてのスペクタクルの面白さに力点を置いているように思えるのだ。本作の主人公ちびごんは全然飛べない訳だが、練習をして飛べたというわけではなく根性と修羅場によるものだ。昔の教育は根性論によるものが大きかったので、その名残なのかもしれない。

併映アンパンマン映画:ドキンちゃんのドキドキカレンダー

アンパンマン映画の併映作品なのだが、なぜか本編より長い作品である。Neil Sedakaの"Calendar Girl"を意識したようにドキンちゃんがカレンダーを捲りながら歌うレビュー映画の側面を持っている。珍しくばいきんまんがドキンちゃんに対して辛辣なことを語っているのが特徴であり、バタコさんが地味キャラなのに誕生日を祝福されていることにドキンちゃんが苦言を呈すると、「わがままだからでしょ」と語る様にツボッた。

4作目:つみき城のひみつ(1992)

先日、アンパンマンフルマラソンを並走している済東鉄腸さんと中間報告スペースをした。彼によれば『映画 それいけ!アンパンマン つみき城のひみつ』が大傑作とのことなので観てみた。アンパンマン雑談の中ではあまり注目の集まらない作品のように思えるが、確かに良作であった。

本作は、ばいきんまんが王と偽り、つみき島を占領するとこから始まる。追い出されたブロック王子はガランガラ大臣と共にアンパンマンのもとへ流れつき、島奪還を目指す。一方で、つみき島はおりがみ島と対立しており、つみき島からの攻撃に対して救うかどうかで難色を示す。

本作は窮地に陥る中で人々は団結できるのかを説いた作品である。つみき島もおりがみ島も国全体の空気感から盲目的に相手を敵対視している。その状態に陥ると、相手が危機に陥っており、敵が共通している場合でも協力を渋る。アンパンマンサイドは第三者として仲介に入り、救助活動をする。感覚ではなく、理性で考えることの大切さを謳った本作は明らかに戦争を意識しており、つみき島から放たれるつみきは空襲さながらの重さをもっており、アンパンマンも汚れ付きつみきに被弾して弱ってしまうのだ。極めつけは、再生能力を持ったウッドラーの猛攻で両国が危機に瀕する。この状況下で生まれる友情、他者を愛する精神は感動ものであり、確かに傑作であった。

併映アンパンマン映画:アンパンマンとゆかいな仲間たち

アンパンマン映画併映作品を観ると赤ちゃんマンがアンパンマン最強キャラ上位なのも頷ける。本作では捕らえられたアンパンマン軍団を赤ちゃんマンが助けるのだが、ばいきんまん目線だと「チート gifted 荒業 wanted 禁忌 禁じ手 明らか盲点 反則 異次元この世のもんでは無いです」と悲鳴をあげるくらい強い。なぜなら生身でばいきんメカを持ち上げるのだから。

5作目:恐竜ノッシーの大冒険(1993)

本作はゲストキャラの声優をちびまるこちゃんでお馴染みTARAKOが務めている回である。

SLマンがピクニックをする道中、ばいきんまんたちの妨害に遭い、恐竜の国へと迷い込む内容。アンパンマン最強キャラランキング上位のゴロンゴラが登場する回となっている。人外生物がボスキャラとなると対話ができないため強敵となるのだが、『ハピーの大冒険』のグリンガや『空とぶ絵本とガラスの靴』のガラゴンと比べると絶望感を与える強さを感じにくいところがある。

全体的に地味な話だったように思える。

6作目:リリカル☆マジカルまほうの学校(1994)

アンパンマンフルマラソンで『リリカル☆マジカルまほうの学校』を観た。これはばいきんまんのエンジニアとしての側面の強さが際立つ傑作であった。

本作はばいきんまんとドキンちゃんが魔法学校を乗っ取る話である。この過程とそれによって魔改造される学校描写が素晴らしい。まず、ばいきんまんたちが魔法学校の先生が使う分厚い本を奪う。単体では、何も表示されないのだが、ハッキングの末、起動条件を割り出して全ての魔法が解禁となる。しかし、大魔法を使うためには様々な機能を把握して応用する必要がある。ばいきんまんは短期間のうちに機能を習得して、魔法学校を工場のように改造する。アンパンマンサイドが侵入するも、ダンジョンとして機能しており、モニターからアンパンマンたちの動向を的確に把握し、一体ずつ回収していく。攻撃するときもマクロにより多数のばいきんまん兵を呼び出して、本体のリソースを確保しながら隙を与えない。プロジェクトマネージャーとしての強さを発揮しているのだ。

これをアニメならではの表現として演出しており、空間が背景に化け、天地を逆さにしながら自由にアンパンマンたちをシステマティックに追い込んでいく様子が見ていて快感であった。

併映アンパンマン映画:みんな集まれ! アンパンマンワールド

アンパンマン併映作品。アンパンマンたちが幼児化し、あかちゃんまん、メロンパンナ、ホラーマンがあやす内容。ホラーマンがまるでドキンちゃんが変身したしょくぱんまんをあやすように愛でているところに爆笑したが、本作の観所は他にある。

元の姿に戻ったばいきんまんがメロンパンナをメカで握りつぶそうとする。すると、彼女は力み始め、メカがピキピキピキと粉砕されるのだ。実はしょくぱんまんやカレーパンマンより強い側面を持っていたことに気づかされる一本である。

7作目:ゆうれい船をやっつけろ!!(1995)

本作はロールパンナちゃん回である。ずっとロールパンナちゃんって何者なのかと思っていたら、パンを作る際にまごころ草とばいきん草エキスが混ざり合ってできた、正義と悪の二面性を持ったキャラクターらしい。メロンパンナちゃんの妹にあたる存在で、彼女が近くにいる時には正義の側面が現出する。

本作では、そんなロールパンナちゃんをコントロールするために、正義の側面を吸引しブラックロールパンナちゃんを爆誕させ、アンパンマンに差し向ける。映画のアンパンマンでは基本的に巨大メカや巨大生物がボスキャラとして立ちはばかる。しかし、本作では強敵ダークロールパンナちゃんとの至近戦闘がメインとなっており、アンパンマンはカンフーアクション映画のような動きを行っている。

これがメインであるが故にゆうれいの存在感が玉に瑕なのだが、珍しいアクションを観ることができた。

併映アンパンマン映画:アンパンマンとハッピーおたんじょう日

アンパンマンとばいきんまんが仲良く雲の子の誕生日を祝う回。本作での二人は、まるで会社にて犬猿の仲のふたりがプロジェクト終わりに飲みに行くような少しダレた感じの仲の良さが垣間見える。その中で、ばいきんまんのエピソードゼロが語られていく。

8作目:空とぶ絵本とガラスの靴(1996)

本作は絵本の世界を冒険する内容で、「シンデレラ」ベースに物語が進む。『ばいきんまんとえほんのルルン』では拠点防衛になっているのに対してこちらは冒険活劇の側面を持っている。冒険に関してはあまり特記すべきことはないのだが、ボスキャラであるガラゴンの扱いが面白い。ガラスの巨人であるガラゴンはガラスの靴の守護者的な立ち位置で敵をガラス化させる能力を持っている。氷と違って熱耐性をある程度持っている。ガラスにされてしまうと動けなくなったり、重さで飛べなくなったりする。なのでアンパンマン号がガラス化された時の絶望感が強い。煙突や入口まで防がれたらどうしようもないと思う。ただ、ガラス化されるのは表面だけなのでドリルで削って脱出することができる。変身魔法は大抵アンパンマン号の形を変え、機能破壊にまでいたっていない中健闘したといえる。また、本作ではボスがアンパンチや謎の力で倒されるのではなく、落下による自滅という珍しいパターンでもある。それまでは圧倒的に強く、正直アンパンマン最強ランキングにおいて氷の女王より上のランクなのではと感じた。過小評価ボスといったイメージを受けた。

併映アンパンマン映画:ばいきんまんと3ばいパンチ

ばいきんまんに2Pカラー/3Pカラーが増え、分身したばいきんまんがアンパンマンに襲いかかる内容。単純に人員が増えているだけなのでそこまで強くない。

9作目:虹のピラミッド(1997)

にじさんじライバーましろ爻さんが配信でトラウマになったアンパンマン映画と語っていたので観た。これは隠れた容赦ない作品といえよう。

今回の対戦相手は、強敵すなおとこだ。すなおとこは砂の塊なのでパンチは基本的に効果がない。竜巻を起こして襲い掛かるのだが、今回は亜種も存在し、トライアングルでピラミッド型に変身させる。通常、変身魔法は弱体化するだけである。サポートキャラであるジャムおじさんたちは、どんな姿になろうとパンを作り、アンパンマンを復活させてしまう。しかし、ピラミッド魔法にかかると、アンパンマン号に入れなくなってしまうのだ。そして、時間経過すると石化してしまう。絶望的な状態に追い込まれていく。

そんな状況をロールパンナちゃんが助ける。パンなんか作ったことのないロールパンナちゃんが、メロンパンナたちのアドバイス声援をもとに、トライ&エラーを繰り返してパンを作り上げる様に熱くなった。

併映アンパンマン映画:ぼくらはヒーロー

ばいきんまんの策略により、しょくぱんまん号が改造され市民を危険に陥れる回。小細工が狡猾で、市民を轢きそうになり、ことなきを得たと思ったら、車がバックし、驚かしてくるところが面白かった。

10作目:てのひらを太陽に(1998)

アンパンマンフルマラソンで『てのひらを太陽に』を観た。本作はやなせたかし作詞の楽曲がベースとなっている作品である。

ブラック大魔王とシャイン王子との対立を描いた作品なのだが、だいこん役者が珍しくフィーチャーされており狂言回しとして機能している。また、己の肉体で戦闘することの多いアンパンマンが聖剣を装備して戦う珍しい場面がある作品でもある。

ただ、いかんせん物語がぼんやりとしていて線としての印象が残らない作品となっていた。個人的にワースト級につまらない。

併映アンパンマン映画:アンパンマンとおかしな仲間

クリームパンダがお菓子の島でばいきんまん軍団に襲われるも、珍しく体当たりがクリーンヒットし、ダンダダンにダメージを与えている。また、アンパンマンの語りによっておむすびまんの冒険が紡がれる間接的な物語手法が用いられていた。

11作目:勇気の花がひらくとき(1999)

本作はオープニングからガチ回であることが分かる。開幕、早々テーマ曲と共にばいきんまんとの戦闘になるのだが、突然音が止まり、アンパンマンのカウントダウンと共にばいきんまんたちは宇宙の彼方に投げ出される。

映画は分離するばいきんまんとドキンちゃんにパートが分かれる。ドキンちゃんは24時間戦えます状態であり過労にうんざりしているキララ姫と入れ替わり王女生活を堪能する。一方でばいきんまんは小鉄ちゃんの惑星を侵略し、有り余る資材を活かして最強メカを作る。

ふたりの奇妙な軌跡が再びアンパンマンの星を戦場に帰る。

映画アンパンマンでは原則として、ばいきんまんはジャムおじさんの工場を襲撃しないこととなっている。どんなに窮地に陥れてもアンパンマン号を変身させる程度のダメージに留めている。しかしながら、本作でのばいきんまんは徹底的にアンパンマンを追い詰め、勝利寸前にまで迫る。

まず、アンパンマンサイドを鉄球に変身させ、身動きを取れなくさせていく。ジャムおじさんの工場を粉砕する。勇気の花もないので、顔を入れ替えても元気3倍アンパンマン状態となるので、勝算がなくなる。そして、ゲストキャラを業火燃え盛る廃工場の中へ放り投げるのだ。

いつも、ゲストキャラの処理を怠り逆転負けするばいきんまんだが、ゲストキャラもアンパンマンも炎へ突入させることに成功しているのである。ただ、やはり詰めの甘いばいきんまん。大衆やアンパンマンサイドを分離させることを怠り、団結させてしまい、勇気のパワーをアンパンマンに与えてしまう。変身させたら、団結できないように分散させる。これができたらばいきんまんはアンパンマンに勝利できるであろう。

併映アンパンマン映画:アンパンマンとたのしい仲間たち

アンパンマンの映画併映としてSLマン西部劇がちょいちょい入ってくるな。『映画 それいけ!アンパンマン やきそばパンマンとブラックサボテンマン』と比べるとアクションが弱いが人情劇として興味深い。

12作目:人魚姫のなみだ(2000)

アンパンマンフルマラソンで『人魚姫のなみだ』を観た。本作は『リトル・マーメイド』をアンパンマンの世界に翻案した内容である。

地上にあこがれを抱く人魚姫が、おばばの言いつけを守らずにヒトデの髪飾りを付けたら、ゴロンゴラが復活し、さらには手薄となった水中世界がばいきんまんに侵略されるといった内容。

本編は割とぬるい内容なのだが、ばいきんまんサイドの猛攻シーンは観応えがある。カビルンルン軍団が戦闘機に乗りながら追い回す。部屋に隠れて難を逃れたかと思いきや、扉の窓にびっちりカビルンルンがいて扉が破壊される演出のホラー描写は大人が観ても怖いものがあった。

併映アンパンマン映画:やきそばパンマンとブラックサボテンマン

アクション活劇として傑作、冒頭でメロンパンナとやきそばかすが姉、兄を思う。そして、ばいきんまん軍団との心理戦ありの攻防の末に、姉兄がやってきて対決となる。セルジオ・レオーネを意識している場面もある。

13作目:ゴミラの星(2001)

今回のゲストキャラがヤーダ姫だと聞いて驚いた。彼女は『ばいきんまんの逆襲』でナウシカのパクリ造形で登場していたキャラクターである。ただ、今回の姫はあの姫とは別物として扱われているようだ。ヤーダの名を冠するように、自分の嫌悪を発するキャラクターである。幼児にとって不快感の自己表現が「ヤーダ」であることを反映しているのであろう。ただ、本作は道徳面に踏み込むことはないので純粋に世界が終わっていく極限状態を嘆く程度に留まっている。

さて、『ばいきんまんの逆襲』がナウシカを意識した作品なら、こちらは『アルマゲドン』を意識している。ゴミの惑星がアンパンマンの星に墜落しそうになる。それをブルース・ウィリスよろしくゴミラが自己犠牲となることで救おうとするのである。

今回、ばいきんまんが生み出したゴミを使ったメカは再生能力と変身魔法が使える強敵だ。珍しくアンパンマンの仲間の攻撃は通用する、メロンパンナのメロメロパンチも惑星のジェットエンジンにダメージが与えられるのだが、それでも窮地に陥り、ゴミラの巨大化能力を使ってようやく互角となる。正直、ゴミラのゴミの食べる速度がもう少し早ければ、ゴミマシンより大きくなって踏みつぶせたと思うのだが、躊躇してしまい戦いを長引かせる結果となったように思われる。

併映アンパンマン映画:怪傑ナガネギマンとやきそばパンマン

アンパンマンの西部劇は妙にジョン・フォードやセルジオ・レオーネを意識している気がする。またライトなジャンル映画としての側面を持っており、冒険活劇として面白かったりする。本作は長ネギマン活躍回なのだが、長ネギマンが川に落下しながら演説をする。演説が終わる前に着水するギャグが面白い。こういうのは、実写だとなかなか作りづらい構図でありアニメならではの西部劇演出といえよう。

14作目:ロールとローラ うきぐも城のひみつ(2002)

本作は変化球の作品であることは冒頭から明白であろう。アヴァンタイトルでのアクションは3DCGで行われているのである。ストーリーもアンパンマンを差し置いてロールパンナちゃんがゲストキャラと親密な関係になるエピソードが中心となっている。ロールパンナちゃんがドレスを着ている姿は彼女のファンにとって熱い場面であろう。そんな親密さはばいきんまんに阻止され、彼の一撃でダークロールパンナちゃんへと変貌、暴力の化身となった彼女はばいきんまんをも邪魔だと追い払い、アンパンマンとの一騎打ちを行おうとするのだ。

それを妹のメロンパンナちゃんが、メロンジュースやら情で抑え込もうとする珍妙な関係性が観られる一本である。それにしてもロールパンナちゃんの紐攻撃はマーベルヒーローにいてもおかしくないほど面白いなと思う。善と悪が共存し、いつアンパンマンサイド/ばいきんまんサイドにつくか分からない感じも魅力的である。

併映アンパンマン映画:鉄火のマキちゃんと金のかまめしどん

かまめしどんが泉にしゃもじを落とす。精霊に正直なことを話したら体ごと黄金にされてしまう回。通常、どんまんトリオの中でかまめしどんは地味な扱いなのだが、本作では大活躍する。隠れ人気の鉄火のマキちゃん、武器は弱そうだが、打撃が強い。

15作目:ルビーの願い(2003)

本作はアンパンマン映画史にとって重要な作品であり、デジタル移行した最初の作品となっている。デジタルとしての特性を活かすために、オーロラが紅に染まり粉砕する描写に力が入っている。

内容としてはアンパンマン映画ゲストキャラあるあるの高慢さがあるのだが、今だと所謂「メスガキ」のジャンルに入るだろう。「ざぁ~こ♡ざぁ~こ♡」と煽ってきそうなあたりの強いキャラクターがオーロラの国、アンパンマンワールド双方を困らせる流れとなっている。このケースの場合、ゲストキャラが窮地に陥ったりする中で成長するのだが、それが印象薄くあまり面白くなかった。

併映アンパンマン映画:怪傑ナガネギマンとドレミ姫

ドレミ姫の要塞が襲われる中、ネギおじさんが変身してばいきんまんと対峙する内容。バイキンマンの目的がドレミ姫の城を改造してお化け屋敷にするお茶目さがある。アンパンマンと長ネギマンとの連携攻撃に注目。

16作目:夢猫の国のニャニイ(2004)

本作の主役は珍しくメロンパンナちゃんである。アンパンマンの世界で皆同じ夢を見る。夢の世界でばいきんまんが倒されるのだが、その衝撃で卵が落下。メロンパンナちゃんが卵を救うところで目を覚ます。すると、目の前に夢で見た卵があり、中から夢猫の国のニャニイが誕生し子育てをすることとなる。

子育ての話ではあるのだが、思うように世話ができずイラつくといった描写はなく、愛着が湧いた頃に夢猫の国を救うためにニャニイを返さないといけない展開になっているのが意外であった。

今回のボスキャラはその土地の魔物系なので強敵であり、ばいきんまんサイドも含め徹底的に変身させられ窮地に陥ったところでニャニイが覚醒する流れとなっている。崖の死角を使ってギリギリの回避をするメロンパンナちゃんとニャニイにスリルを感じた。

併映アンパンマン映画:つきことしらたま 〜ときめきダンシング〜

本格的な宝塚回だったので声優もそっちの人が担当しているのかと思いきや「シティーハンター」の槇村香役でお馴染み伊倉一恵であった。アンパンマンワールドにおけるストイックな努力推奨の世界と宝塚の体育会系なノリのマリアージュは相性が良いなと知見を得た。

17作目:ハピーの大冒険(2005)

本作はアンパンマンに弟子入りしたハピーがOJTを通じてヒーローの大変さを知るとともに、強大な敵と対峙する内容となっている。

今回のボス:グリンガはとても強い。ばいきんまんの基地を食い尽くす芋虫が、ハピーの生息域に生えている葉を食べて巨大化していき、芋虫光線を吐く大怪獣に進化する。しかも、最終的に表面からの攻撃を一切受け付けないメタルグリンガとなりアンパンマンに襲い掛かるのだ。アンパンマン最強ランキングで割と過小評価されているかなと思うぐらい強く、また怪獣映画としての観どころがあった。

併映アンパンマン映画:くろゆき姫とモテモテばいきんまん

ばいきんまんはツンデレキャラのイメージが強いのだが、本作ではくろゆき姫にモテまくり完全にデレデレ状態となる。そのせいでドキンちゃんやホラーマンが迫害される。その際にくろゆき姫は、空間を真っ黒にするのだが、厳密には明度を下げる演出で黒さを表現している芸の細かさを魅せていてアニメならではの差異表現だなと思う。

18作目:いのちの星のドーリィ(2006)

アンパンマンフルマラソン、ついにガチ勢の間で評判の高い名作『それいけ!アンパンマン いのちの星のドーリィ』にたどり着いた。これはシリーズの中でも屈指のシリアス回といえる一本であった。

人形がアンパンマンワールドに堕ちる。そこへ星のエネルギーが注ぎこまれドーリィが生まれる。彼女は学校に通うことになるのだが、歌の授業で「何のために生まれてくるのか」という歌詞に突っかかる。「自分のために決まっているでしょ。与えられた命楽しまなきゃ。」と自由を謳歌するのだが、その協調性のなさから煙たがられ孤立してしまう。そんな中、ばいきんまんが開発したスーパーカビダンダンが街を襲撃する。

今回のボススーパーカビダンダンはアンパンマン最強キャラランキングの中でも上位に入るほどの強敵。的確にアンパンマンサイドの行動を封じ込めてくる厄介さがある。村人、そしてアンパンマンサイドをカビの竜巻に巻き込み、固定化させる。アンパンマンに業火のカビファイアを浴びせ、内なる勇気ごと蒸発させてしまう。この状態ではいくら、アンパンマン号が無事で新しいパンを投げつけようとも交換ができなくなる。絶望的な状態だ。この極限状況でドーリィは自己犠牲の精神を知る。

アンパンマンの世界では自己犠牲が物語のキーとなることが多い。「何のために生まれて」の答えとして他者を守るためが存在し、それを果たすために自己犠牲が行われるのだが、これは戦争を生き抜いたやなせたかしならではの世界観だといえる。特攻も当然ながら知っており、他者を守る行為が「生きてしまった」悲しみへと繋がることも分かっている。そんな思い感情が本作に注ぎ込まれているようで、強烈な一本に感じた。

併映アンパンマン映画:コキンちゃんとあおいなみだ

コキンちゃんエピソードゼロ回。コキンちゃんの特殊能力である嘘泣き演出にフォーカスが当てられており、彼女の嘘泣きによって振り回される人々が描かれている。コキンちゃんの涙がアンパンマンに当たると、泣くよりかは萎びる効果が優先される。

そういえば、ばいきんまんの基地のコントローラーはかなりの確率でスーパーファミコンが使われている。

19作目:シャボン玉のプルン(2007)

本作は練習しても大きなシャボン玉が作れないプルンの成長物語。ここでアンパンマン映画の問題点というか限界が見えてくる。基本的にこの手の内容は根性論で処理してしまうのである。今の時代だと「練習」にも質が重要で、方向性を見定めた練習の必要性を説くべきで、練習しても上手くいかず投げ出しそうになっている者に「練習しなきゃ上手くいくかどうかわからないだろう」と説教するのは悪手だといえる。結局、ボス戦の時に自分のシャボン玉の特性がマッチし上手くいくご都合主義に逃げており、根本的なところに踏み込めていない。

一方で、普通回に思える本作だが、ボス戦のシャボン玉使いのダダンダンでは、かびるんるんが重厚な音色を放ち、戦いのBGMもオペラ調になっているガチ回となっている。

併映アンパンマン映画:ホラーマンとホラ・ホラコ

ホラーマンがアンパンマンに餌付けされる貴重なシーンが見られる回。ホラを吹く心理を掘り下げた内容。子ども映画はたまに、人間の行動心理の本質に迫るから侮れない。

20作目: 妖精リンリンのひみつ(2008)

アンパンマンの映画は基本的に巨大メカや巨大生物との一騎打ちになるパターンが多く、せいぜい映画の中で2種の敵と戦うのだが、本作は3体のボスと戦う豪華な作品となっている。その敵がどれも強く、砂男は大量の竜巻を生み出し、恐らくパンチも効かない難敵であり、氷の女王はラスボスかと思うほどにアンパンマンサイドを圧倒していく。

そして、今回のばいきんまんは冴えわたっている。彼の中でジャムおじさんの工場を木っ端みじんにするのは反則だと思っているらしく他の作品でもせいぜいアンパンマン号を変身させるに留まっているのだが、今回はアンパンマンの顔の原料である勇気の花を独占することで、パンを作れなくさせるスマートな戦略で追い詰めていく。この状態でパンを作っても、勇気3倍にしかならないことが提示される回となっている。

このように、本作はアンパンマン映画の中でも重要な位置を占める作品といえよう。

併映アンパンマン映画:ヒヤヒヤヒヤリコとばぶ・ばぶばいきんまん

スクリューボールコメディとして傑作。ドクターヒヤリが留守番の中、ばいきんまんが屋敷に訪れるとヒヤヒヤヒヤリコがいて、人体実験させられるのだが、彼女のドジによって大惨事に巻き込まれる。赤ちゃんになったばいきんまんがカレーパンマンにあやされるのだが、「刺激が欲しいだろ」と大気圏外まで飛ばされる「高い高い」に巻き込まれる様子に爆笑した。

21作目:だだんだんとふたごの星(2009)

双子のキララとキラリは流れ星を生み出せる魔法を持っているが、その使い方を巡って喧嘩をしてしまい、スティックとスティックをクロスさせてしまう。すると強大な力が生まれ、ふたりはバラバラとなってしまう。キララはアンパンマンに保護される中、ばいきんまん一味が新しい仲間ギラリの魂を組み込んだダンダダンで猛攻を仕掛けてくる。しかし、ばいきんまんは知らなかった。星を滅亡させるデビルスターが間近に迫っていることに。

本作は視野の浅さが大勢を混沌に巻き込んでしまう様子を描いている。キララのエゴにより星が滅亡の危機に瀕することを彼女は知ることとなる。その状況を俯瞰的に観るようにばいきんまんが配置されており、デビルスターによる石化稲妻で街が大変なことになっているのに、アンパンマン打倒に執着してなかなか事態の深刻さに気づかない様子が描かれるのである。

さて、映画を分単位に分析してみると、2~4分ペースで場面が変わっている。タイトルロールまで無駄なく5分で描き切るところを見ると職人の業を感じる。1時間に満たない作品ながも、映画を観た満足感が味わえるほど高密度な内容となっているのだ。これは、全部観ていきたいものを感じた。

併映アンパンマン映画:ばいきんまん vs バイキンマン!?

ばいきんまんが絵から出てきた分身と戦う短編。自分の思考の癖を捉え、占領された基地に潜入する部分が面白い。そして、なんといってもドキンちゃんとホラーマン迫真の顔芸に爆笑した。

ちなみにばいきんまんの正式表記はひらがななのだが、カタカナ表記で誤記されてしまう原因は本作だといえる。絵のばいきんまんを明示するときだけカタカナ表記になるので注意。

22作目:ブラックノーズと魔法の歌(2010)

アンパンマンフルマラソンで『それいけ!アンパンマン ブラックノーズと魔法の歌』を観た。本作はアンパンマン最強ランキング上位のブラックノーズが登場するのだが、想像を絶するほど恐ろしいボスであった。

この作品はブラックノーズの凶悪さが特徴である。ばいきんまんの場合、自分の手でアンパンマンを倒すことが目的であり、アンパンマンと戦うことに生きがいを感じているようなキャラクター。そのため、誰よりもアンパンマンを理解しているが故に、とどめを刺せなかったりする。しかしながら、ブラックノーズはアンパンマンに思い入れがない。そのため、容赦なく無力化していく。

まずスパイとしてカナリアの化身カーナを町に送り込み、少しずつ町中の民を鬱病にさせていく。直接自分が動くのではなく、部下にやらせることで自分のリソースを温存させる。毒親としてカーナを洗脳しているので、裏切りにくい状況にさせているのも凶悪度が高い。そして、ある程度町を無力化した段階で襲撃する。供給源を確実に断つためにジャムおじさんの工場を粉砕。団結させないようにゲスト、アンパンマンサイド、町民を分離、ヒヨコ化させていく。さらには本体も形態変化する。

これはデウスエクスマキナがなければ完全に敗北していたであろう程に強かった。デビルスターはただの星で意志がないが、ブラックノーズは明確に悪意を持っているから実質最凶だろう。

併映アンパンマン映画:はしれ! わくわくアンパンマングランプリ

どうせ併映作品だからと油断すると、たまに本格的なジャンル映画になっている場合がある。本作は『デス・レース2000年』を意識した作品となっている。アンパンマングランプリにばいきんまん扮する覆面レーサーが出現し、周囲を邪魔しながらクリームパンナとゲストキャラの奮闘を見守る回となっている。最初は犬猿の仲だったふたりがレースを通じて友情を深めていき、ポンコツカーが活躍する様子が見所。また、車のバリエーションも豊富で、そのままゲーム化してもいいクオリティとなっている。

23作目:すくえ! ココリンと奇跡の星(2011)

今回のアンパンマンは、一見すると「めでたしめでたし」になっているが、明らかにバッドエンディングである。エネルギーの枯渇で滅亡しかけているヘンテ星からココリンがやってくる。ジャムおじさんからのアイデアでパン作りの修業を始めるが、途中で投げ出してしまう。そこへ、エネルギーを狙うばいきんまんが忍び寄る。

ばいきんまんは見事にヘンテ星に侵入し、エネルギーを全て奪い、アンパンマンと対峙する。お約束の通りアンパンマンに破壊される。通常であれば、失われたエネルギーや活力は、ご都合主義の魔法で再生されるのだが、それは行われず大量のパンの提供と、パン作りのプロとなったココリンの帰還でもって「めでたしめでたし」となる。

待った、星は廃墟になっている。資源はゼロである。パン作りに必要な水も小麦もない。「腹が減ったならパンを食べればいいじゃない」って完全にマリー・アントワネットムーブではないか。あまりに星の地を理解していなくて鬼畜エンディングだったと思う。

併映アンパンマン映画:うたって てあそび! アンパンマンともりのたから

金太郎のようなキャラクターとコミュニケーションを図る中で歌って踊る参加型のパフォーマンスが入る内容。短い中に曲がたくさん入っているので、前座としての機能を果たしている。

24作目:よみがえれ バナナ島(2012)

アンパンマン、ばいきんまんがバナナ島に行く。しかし、謎の風によって、バナナが腐ってしまい窮地に陥る。アンパンマンたちは原因を調べに山奥へと足を進める。

ばいきんまんの策略でドキンちゃんに偽のバンナ姫を演じさせ、アンパンマン号の破壊工作をする。その過程で、本物のバンナ姫とドキンちゃんとの入れ替えによるすれ違いサスペンスが生まれるのだが、このニアミス感が華麗である。

また、本作はアンパンマンとばいきんまんが共通して持っている「あきらめない精神」をバンナ姫に教える回となっており、ばいきんまんが焚火を前に前向きさを語る場面には熱くなる。確かに彼は窮地に陥ると逃げ出すのだが、仲間と認めた者が窮地に陥ったらドキンちゃんやホラーマンを押し切って守る。そしてばいきんまんが伝説のバナナを発掘したとしても、「やったな」と手柄をバンナ姫に渡すのだ。めちゃくちゃ熱い回であった。

併映アンパンマン映画:リズムでてあそび アンパンマンとふしぎなパラソル

アンパンマンサイドとばいきんまんサイドがダンス対決をする回。珍しくシドロ&モドロにフォーカスが当たっており、落ち込む彼女にカバオくんが慰めにいく場面がある。いつもは食欲旺盛、トラブルメーカーであるカバオくんが活躍する貴重な場面が見られる。

25作目:とばせ! 希望のハンカチ(2013)

ゾウのパオはハンカチを生み出す魔法の「練習」をするも、なかなか上手くいかないので、逃げる。その中でジャムおじさんのもとへ居候する。なりゆきでパン作りをしたり、おにぎりを作ったりするのだが、「練習」という言葉を聞くと虫唾がして逃げ出してしまう。そんな中、ばいきんまんが開発したサーカスメカが暴走進化し「よごすゾウ」となり街に襲い掛かる。

何事にも「練習」が必要であり、最初こそ失敗しているものの「練習」を繰り返すことで上達することを謳う。ただ、物語としては最終的に「練習」から逃げて窮地による覚醒に横滑りしていくところがモヤるところである。

また、本作ではばいきんまんの性格の良さが現れた一本である。サーカスに興味のないばいきんまんだったが、ドキンちゃんが「サーカスをやりたい」とわがままを言うので、それに乗る。サーカスの会場を作り、カビルンルンをかき集めてドキンちゃんを盛り上げようとする様は熱いものを感じる。もちろん、ばいきんまん自身はお調子者なので、自分が目立とうとする感じはあるのだが、仲が良いなと思う。

併映アンパンマン映画:みんなでてあそび アンパンマンといたずらオバケ

悪戯お化け軍団によって、アンパンマンたちがお化けになってしまう内容。基本的にアンパンマンの世界にとって変身は死の次に思い症状なはずだが、陽気に踊りまくっていて牧歌的である。また、お化けということもあり、アンパンマンが顔を分け与えてもドン引きすることなく受容している。

26作目:りんごぼうやとみんなの願い(2014)

劇場版アンパンマンのゲストキャラは何者かになろうとし未熟さから挫折やフラストレーションを抱く話が多い。本作も同様でヒーローに憧れるりんごぼうやの成長を描いているのだが、脚本がトップクラスに練られている。まず、体の性質がアンパンマンと似ている。アンパンマンはカビたり水に濡れると弱体化し顔の交換をする必要が出てくる。りんごぼうやも体力がなくなると顔が干からび、リンゴジュースを必要としている。類似の性質を持っているので、成長した先のモデルケースとしてアンパンマンを位置づけやすくなっている。そしてヒーローに憧れるりんごぼうやは、愚直に働く村の大人たちを小バカにしている。村を救う種、つまり銀色の弾丸を探すことこそがカッコいいヒーローだと定義しており、最初はアンパンマンの草の根活動に幻滅しているのだが、やがてヒーローのカッコよさは氷山の一角の側面であることに気づかされていく。

学生の時などはカッコよさに憧れを抱くが、大人になって仕事をする中で地味でダサいようなことを愚直に行い、その積み重ねでカッコよさが滲み出てくるメカニズムを理解し、そのダサさを受け入れることで成長する局面が少なくない。それを丁寧に描いた本作は実に教育的だといえよう。

併映アンパンマン映画:たのしくてあそび ママになったコキンちゃん!?

コキンちゃんが歌うと周囲を泣かせる。この技は必中の強さをもっているのだが、本作に登場する芋虫には効果がなく笑うかつ成長する珍しい動きを魅せている。アンパンマンにおいて子育てエピソードは頻出なのだが、サブでも本編でも使えるネタであることがよく分かる。

27作目:ミージャと魔法のランプ(2015)

ミージャは自信たっぷりに冒険の旅に出る。彼女の自信過剰で高慢な態度に周りの人は心配するが、父なる存在が「我々もかつてそういう時期があったではないか」とイニシエーションとしての成長を見込んで送り出す。

ミージャはコキンちゃんとクリームパンダちゃんと出会い、魔法を披露するのだが、ランプの世界の中で腕輪が壊れてしまい、広大な土地を旅することとなる。3人の救助のためにアンパンマンサイドとばいきんまんサイドがランプの世界に入ってくる。

テーマとして自信過剰さが打ちのめされ、自分の弱さに気づいて成長するもんだと思っていたのだが、本作ではクリームパンナちゃんの糧を分け与える運動に感化されるだけに留まっており、自己中心的な性格に気づき改心する物語となっている。確かに、自信過剰さと自己中心的さは紐づくと思うが、ちょっとテーマと成長のプロセスにずれているものを感じた。

併映アンパンマン映画:リズムでうたおう! アンパンマン夏まつり

アンパンマン考察班にとってこれほど熱い回はないだろう。アンパンマンワールドではよくお祭りが開催されるが、アンパンマンはばいきんまんが来たときだけ参加する印象が多い。「ぼく、パトロールがあるんで」と飲み会に参加しないタイプの釣れない男だろう。ただ、彼が祭りに参加しない理由として、「歌いたくない」があるのかもしれない。本作では夏祭りにのど自慢大会が開催され、アンパンマンは目玉となっているのだが、本人は歌に自信がないのだ。暗い顔で練習している。そんな中、祭り大好きばいきんまんが大暴れし、アンパンマンに粛清され、場はダンスパーティに変わる。この時のアンパンマンに注目してほしい。歌っていないのだ。実はアンパンマンとばいきんまんがなんだかんだ仲が良いのは、アンパンマンが歌う場面を潰してくれるからなのかもしれない。

28作目:おもちゃの星のナンダとルンダ(2016)

本作はタイトルが出るまでに10分近くかかるのでガチ回であろう。助けを求める声に対してアンパンマンの主観のカメラワークが挿入される。舞台はアンパンマンショーへと移り、ノリノリのセットリストで会場を盛り上げるのだが、ばいきんまんが襲撃してくる。それを連携攻撃で倒していく。熱いオープニングとなっている。

本作はおもちゃの星のナンダとルンダがアンパンマンの星に墜落し、離れ離れになってしまうところから始まる。魔法ステッキを軸にアンパンマンサイドとばいきんまんサイドで追いかけっこが行われる。その中でツンデレのルンダはナンダの愛に気づかされる。

今回は、ばいきんまんが魔法ステッキを使ったことにより生み出されたばいきんまん領域での対決となる。ギミック溢れる要塞、ミスをしたら最初からやりなおしになってしまう空間の中、両サイドが知力、時には脳筋プレイで乗り越えていく過程が面白い。

そしてなんといっても、ばいきんまんの要塞に乱立する遊具がにじりよりながらアンパンマンたちを襲う場面が怖くて面白かった。

29作目:ブルブルの宝探し大冒険!(2017)

本作は臆病な冒険家ブルブルの成長を描いた作品である。アンパンマンの世界は昭和的体育会系な世界観で、練習しても上手くいかない人にもっと練習しろと言うような世界観である。そのため、ブルブル一族の教育方針はストイックであり、宝を見つけるまで帰ってきてはいけないと外へと追い出してしまう。心が折れそうになっているブルブルを教育するのは、少しピリ辛なカレーパンマンであり、カレーパンマンの少し高いハードルを乗り越えることで、高いハードルへの心理的距離感が縮まることが描かれている。この段階的成長の観点が興味深い。

30作目:かがやけ!クルンといのちの星(2018)

本作は産業廃棄物を宇宙に捨てることが如何に危険かを教えてくれる作品だ。東日本大震災後、放射能に汚染された福島、瓦礫だらけの福島を見て、当時高校生だった私は「ドラえもんのバイバイン問題のように、宇宙に汚染土壌を飛ばせば良いのでは?」と思っていた。しかし理系の友達から、「それは非常にマズイからできないんだ。」と言われた。

その時はよく分からなかったが、本作を観るとマジで危険な考えだと気づく。

アンパンマンとバイキンマンによる対立構造で調和が保たれている地球。バイキンマンは、アンパンマンとの戦闘で発生する産業廃棄物を宇宙転送装置で遥か遠い宇宙の彼方に送り込んでいた。

しかし、それは悲劇を生む。拡散された産業廃棄物は宇宙の彼方にある流れ星を汚染し、地球だけでなくありとあらゆる星に《THE TOXIC STARS》として降り注がれた。《THE TOXIC STARS》の威力はアルマゲドン級。しかも、放電物質故に撤去が困難だ。

このディザスター描写が非常に説得力があり、大人ですら恐怖を感じる。完全に侮っていた!

さらにバイキンマンが、自らの愚かさに気づきアンパンマンに協力するまでのプロセスが非常に人間くさく、これまた魂を揺さぶられる。

たった60分でここまで描けるとはアンパンマン、恐るべしと思いました。

31作目:きらめけ!アイスの国のバニラ姫(2019)

昨今、SNSでは「アンパンチ」が暴力的だと論争を呼んでいる。実際のところ、アンパンチに不安を抱く親の心理は『ペット2』が懇切丁寧に語っている。ドライに言えば赤の他人である赤子。しかしながら、男と女の交わりによって産み落とされた存在に自分の身体の一部を感じるようになる。赤子は不安定だ、右も左も分からず予測不能な行動をする。赤子は巨人や鉄の塊、有害物質に恐れを為すことなく猪突猛進我が道を行く。親は、初めて気付く危険な香りに不安を抱き、万全のリスク回避を試みるが、赤子はいとも簡単に裏切ってみせる。その不安のスパイラルによる叫びの矛先がたまたまアンパンマンに向いただけに過ぎないのだ。別にアンパンチがなくとも、ドゥクシとか別のパンチが親を苦しめるのは明白だが、不安の渦中において盲目になってしまうのです。

閑話休題、アンパンチ擁護派のみなさん、本作には理想のアンパンマンはいません。荒れ狂うバイキンマンに制止の一声はなく、人々の声援と共に出会い頭のアンパンチをする映画であります。

ただ、本作は昨年の作品同様、高度で大人なテーマを散りばめた良作であることには変わりありません。

アイスの国はいわば石油産出国や資源国に見える。国土を覆うアイスを掘り起こすことで豊かな国を維持していたのだが、資源が枯渇し、死に行く土地の姫となったバニラ姫が主役だ。

彼女は執事の期待により、魔法のスプーンを使いこなすよう努力するが、期待の重圧に負け、自分探しの旅に出る。アイスのことは忘れたいのに、望郷の幻影が彼女に纏わりつく。そんな彼女がコキンちゃんとの対話、アンパンマンの背中をみて再び姫凱旋するまでの軌跡が描かれる。

才能のある者は努力を努力だと思わない事実に対する絶望を如何に克己するか?ばいきんまんというキャラクターから紡ぎだされるブラック企業経営者や欲の肥大化による他国侵略描写は大人が観るとビターだ。

本作は、児童向け寓話ということもあり、枯渇した国土運営に対する解が御都合主義な極みではあるのだが、そういったリアリズムは鼠帝国に任せておけばよい。

ATフィールドを使いこなす使徒ばいきんまんとアンパンファミリーの白熱した死闘込みで安定クオリティの作品と言えよう。

32作目:ふわふわフワリーと雲の国(2021)

映画アンパンマンにおいてドキンちゃんはゲストキャラがアンパンマンサイドへ行くことへ嫉妬し、略奪をばいきんまんにお願いする傾向がある。そんなドキンちゃんに子育ての機会が与えられるのが本作である。フワリーは典型的な子育ての苦悩を象徴するようなキャラクターで、欲望に従った行動が阻害されるときに「なんで」と質問が投げかけられる。子育てあるあるであるのだが、多くの場合論理的説明ができず、面倒くささから放置することにより暴走を招いてしまう。フワリーが自由気ままに「なんで」攻撃をしかけ、暴走していくのを周囲が苦々しく思い、本当の母ではないドキンちゃんが、母ではないことを隠しながら時にスルーしたり、歩み寄ったりしながら葛藤していくところが興味深かった。

33作目:ドロリンとバケ〜るカーニバル(2022)

練習が上手くいかないと人はイラつくものだ。それを拗らせるとその練習の先にあるものを楽しんでいる人たちに攻撃的になる。また、「どうせ自分はダメなんだ」と投げやりになり個に閉じこもる。そんな心理を生々しく描いた作品がこれだ。ドロリンは上手く変身できず、孤立する中で常にピリついており、クリームパンダと激しく対立しながら「まっくろマント」を探す旅に出る。

ホラーマンが珍しく世話役を行っており、なげやりなドロリンにギターパフォーマンスを魅せるやさしい側面に癒される。

今回のばいきんまんは、「まっくろマント」を使い、劇場版1作目のボスキャラに変身しながらアンパンマンに迫る強さを見せている。氷の女王で凍らせ、すなおとこでダメージを無効化し、ドロンコ魔王で触手攻撃をする。かなりの強キャラであった。

34作目:ロボリィとぽかぽかプレゼント(2023)

映画アンパンマンにおいて幼児のおままごとを通じた擬似子育ての代替として、ゲストキャラを育てる回がある。しかし、本作はゲストキャラがアンパンマンたちを子育てする珍しい内容となっている。

ばいきんまんの策略により幼児化したアンパンマン、しょくぱんまん、カレーパンマンをロボリィが育てることになる。ロボリィは自給自足のロボット惑星から飛来したわんぱく小僧。なんでも作れることを売りとしているのだが、仙人に「作れないものがこの世にはある」と言われアンパンマンワールドにやってきたのだ。子育てを通じて愛を学ぶもばいきんまんによって闇落ちし、アンパンマンサイドに助けられる。

ここで興味深いのはアンパンマンは幼児になっても自己犠牲の精神をもっており、ロボリィに顔を分け与える場面がある点である。アンパンマンワールド最強の聖人っぷりを魅せている。

35作目:ばいきんまんとえほんのルルン(2024)

みみせんせい主催のイベント会場を襲撃したばいきんまんはアンパンマンに吹き飛ばされる。悔しがるばいきんまんは工場の中から絵本を見つけると、吸い込まれてしまう。エネルギーを奪うすいとるゾウに侵略されている森の民はばいきんまんに助けを求める。

本作はなんといっても、ばいきんまんの技術力の高さとエンジニアとしての志の高さが魅力的であろう。プライドの高いばいきんまんは、強敵すいとるゾウから逃げようとするところ、ルルンに鋭い言葉を言われ、すいとるゾウを撃退することにする。工場もなければ、メカもない。生身での戦闘力はアンパンマンに遥か及ばない彼だったが、異世界に残された資源を把握し、ウッドダダンダンを製造することになる。アンパンマンシリーズにおいて、メカを製造する過程は丁寧に描写されるのだが、今回は群を抜いて丁寧だ。まず、鉄を作り、そこから斧や鉋といった道具を製造。そして木を加工していく。最初こそルルンは役立たずだし、彼女自身やる気がないので、そこら辺にいろと言うのだが、彼女が協力的になると心理的変化が訪れる。彼女のドジによって工程の手戻りが発生するのだが、今まで何度もメカを作ってはアンパンマンに破壊されてを繰り返してきた彼、仕事を投げ出すことはしないのだ。いざ、すいとるゾウと戦う段階になってルルンが「怖い」と吐露する。すると彼は背中で「俺も怖い」と弱みを提示するのである。

そして、ばいきんまんの良さがさらに発揮される。すいとるゾウはかつて登場したよごすゾウを凌駕する程に強い、惜しいところで負けてしまう。プライドは高いけれど、ばいきんまんは肝心な時に人を頼る男だ。

「ルルン、アンパンマンを呼んでこい」

こうして、ばいきんまんとアンパンマンが共闘してすいとるゾウを撃退することになるのだ。アンパンマンも、いつもは敵のばいきんまんであるが、彼が助けを求めるのなら手を差し伸べる。これは熱い展開以外の何者でもないだろう。

1時間でここまで熱いドラマを展開できるとは、アンパンマン恐るべしだ。

P.S.通常、ボスキャラに対して食パンマンたちの攻撃はほとんど効果がないのだが、メロンパンナちゃんのメロメロパンチは一定時間の硬直が与えられており珍しかった。

36作目:それいけ!アンパンマン チャポンのヒーロー!(2025)

前作『ばいきんまんとえほんのルルン』が映画クラスタの間でも注目され、上半期のベストに入れる方がいるほどに熱い内容となっていた。この手の成功体験を経ると、ドラえもんシリーズのように大人向けな内容へと転がってしまうのだが、アンパンマンの良いところは大人向けのシリアス回があったとしても、通常回へ軌道修正する体制となっているところだ。そのため、昨年のノリで観ると牧歌的で素朴な内容に物足りなさを抱くのかもしれない。しかし、王道の話を愚直にやることが子ども映画の中では大切である。そして、アンパンマン映画を網羅的に観ていくと、小さいながらも高度な技術が用いられていることに気づかされる。

まず、オープニングではデルポイの劇場のような場所で口承文学的にみみせんせい率いる軍団がアンパンマンの物語を演じる。歌や踊り、分かりやすいセットを通じて英雄譚をフィクショナルに語り継ぐのである。そこへばいきんまんが登場、助けを呼ぶと、彼がやってくる。フィクションから現実の物語となり、民の記憶へと刻み込まれていく。

神話や宗教が人々を導くために継承されていくメカニズムをたった10分程度で描いてみせる。そこには一切の無駄はない。無駄は幼児に退屈をもたらすからだ。実際に映画館へあつまる子どもたちは配布されたマラカスを振りながらアンパンマンの物語を受容していた。

さて、本作は『ハピーの大冒険』『りんごぼうやとみんなの願い』に近いアンパンマンOJT回である。空から降ってきたチャポンは端から落下するSLマンを助けるアンパンマンに憧れる。そこで、OJTとして彼に密着する。だが、SLマン落下事件でみせた竜巻のようなスペクタクル的支援をなかなか魅せないので不満を抱く。これはハピーやりんごぼうやがヒーローに憧れるも、その実態が地味で、かといって当の本人は仕事ができるわけでもない。その理想と現実のギャップに苛立つ。だが、チャポンはハピーやりんごぼうやと異なり、現場に適用する。ここに意外性がある。

実は『それいけ!アンパンマン チャポンのヒーロー!』の本題は別のところにある。それは「何のために生まれて」が呪いになった場合、いかにして自分の進むべき方向を定めるかである。チャポンはばいきんまんが製造した「アンパンマン絶対にやっつける号」だったのだ。つまり、憧れであるアンパンマンを倒すことが使命。残酷な現実を突き付けられたチャポンは葛藤し、アンパンマンとどのように折り合いをつけるのか模索していく。

察しの通り、終盤ではアンパンマンと連携して戦うこととなるのだが、このエフェクトに力が入っている。チャポンの生み出すヌルヌル動く流体にアンパンマンを乗せて、まるで孫悟空のように強敵ドロダンダダンへ立ち向かう。流体は水のアーチを創り出し、空から降って来る泥の雨を弾き飛ばす。そして、雨が形成する流体は紐となり、ドロダンダダンを縛っていくのである。

メロンパンナやカレーパンマン、しょくぱんまんたちが連係プレーで足止めしたようにチャポンも足止めの要因として役に立ちアンパンマンの支援に成功するのである。この場面の意外性あるアクションには新規性がある。単に既存の物語を再生産するのではなく、フレームの中でチャレンジングな試みをしているのである。

そして、30代管理職的な仕事が増えてくる中で、アンパンマンが窮地に立たされても威厳は保ち、部下を不安にさせないように振る舞う様は見習わないと思わずにはいられなかった。

37作目:それいけ!アンパンマン パンタンと約束の星(2026)

本作は、アンパンマン映画を数多く手がけて来た矢野博之が『ドロリンとバケ~るカーニバル』以来4年ぶりにメガホンを取った作品となっている。脚本は『ばいきんまんとえほんのルルン』『勇気の花がひらくとき』『虹のピラミッド』と傑作回を多く手がけた米村正二となっている。つまり、今回のアンパンマン映画はベテラン陣による気合の入った一本なのだ。

アヴァンタイトルからパワフルなものとなっている。アンパンマン映画のクリシェとして、みみせんせい監修のコンサート会場にばいきんまんが襲撃するといったものがある。通常は曲を数曲挟む中でイベントが発生し、アンパンマンが成敗することでタイトルが表示される。しかし、本作ではこの過程を丁寧に描写している。まず、本作のテーマである「約束」を強調するかのようにクリームパンダがコンサートに遅刻し、罪悪感なき謝罪をメロンパンナにするバックヤードを魅せる。コンサートではまず1曲披露するのだが、すぐさまばいきんまん基地へと場面が転換し、コキンちゃんによるショーが行われる。ここで数曲展開し、幼児の好奇心を煽るわけだが、コキンちゃんの降臨により遥か彼方へ飛ばされたばいきんまんが、みみせんせいのコンサートを目撃する。自分だけが両サイドの蚊帳の外に追いやられた憂さを晴らすために、アイアンマンよろしく、空中でダダンダンと合体して襲撃するのである、ばいきんまんが何故市民を襲うのかといった背景を丁寧に描く。

また、本作はキラキラ星の涙に近いボスラッシュ映画となっている。近年ではあまり見られなかったスタイルなので興味深い。アンパンマンワールドにとって野生の怪獣軍団は対話不能の脅威であり、ばいきんまん以上に警戒しないといけない。領域侵犯しようものなら、アンパンマン側だろうとばいきんまん側だろうと容赦なく強力な攻撃を仕掛けてくる。映画では3体もの強敵が立ち憚るのだが、単なるボス戦に終わらせることはしない。パン譚が長年、約束を果たそうと徳を積んできた結果として命拾いするシーンが挿入されるのだ。パンタンの活動を見てきた民族が味方となって助けてくれる様を通じて約束の大切さを語るストーリーテリングの巧さに惹き込まれる。

また、映画としてもいくつかチャレンジングなことを行っており、パンタンの飛行船とばいきんまんのメカ、そしてアンパンマン号がドッグファイトするダイナミックなメカアクションを取り入れているのだ。『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』とまでは言い過ぎだろうが、メカの内外を巧妙に切り分けたアクションは燃えるものがある。さらに、通常アンパンマン映画では、変身魔法による弱体化が定番となっているのだが、カレーパンマンとしょくぱんまんが変身魔法を重ね掛けされる非常に珍しい演出となっている。

アンパンマン映画の世界は令和になっても昭和的根性論の世界であり保守的なのだが、演出は進化し続けているのであった。

番外編:アンパンマンが生まれた日

アンパンマンエピソード0。生きてるパンを作ろうと毎日パン作りに励んでいるジャムおじさんが星の力を得て、赤子のアンパンマンを授かる。カット挿入でばいきんまんエピソード0も並行して描かれているのがなかなかカッコいい。また、やなせたかしにアンパンマンが顔を分け与える場面もあり、アンパンマンファンにとって重要な回である。

◾️映画アンパンマン私的ベスト

1.ブラックノーズと魔法の歌
2.虹のピラミッド
3.クルンといのちの星
4.ばいきんまんとえほんのルルン
5.勇気の花がひらくとき
6.いのちの星のドーリィ
7.キラキラ星の涙
8.リリカル☆マジカルまほうの学校
9.とばせ! 希望のハンカチ
10.だだんだんとふたごの星

◾️完走した完走

大学卒業前にやった『男はつらいよ』フルマラソンと比べると、どれも上映時間が短く、タイトルから内容を想像しやすかったりするので楽だった一方で、併映作品は似たような名前が多く、オムニバスになっていることも多かったので、一日4本ぐらい観ると、どれがどの作品か分からなくなるアクシデントが発生した。

それでも全部観ると、世界が違って見える。映画アンパンマンは、昭和的努力を求める作品が多く、『シャボン玉のプルン』のように練習が上手くいかず落ち込んでいる者に対しても「もっと練習しろ」と煽るような作品がある。令和においては、練習するにしても効率を重視するための戦略が必要だと語られるような社会になってきているので、今後のアンパンマンでアップデートされると良い気がする。

また時折、5chなどで考えられそうなガチなアンパンマン対策を公式がやってくる場合があり、『勇気の花がひらくとき』や『ブラックノーズと魔法の歌』のように子どもがトラウマになるほど絶望的な状態に追い込む回が存在する。あまりのダークな世界に思わず歓喜してしまった。

アンパンマンの映画を観続けていたら、上半期の映画燃え尽き症候群が治った気がする。映画ファンの健康療法として映画アンパンマンフルマラソンはオススメである。

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CHE BUNBUN 映画ブログ『チェ・ブンブンのティーマ』の管理人です。よろしければサポートよろしくお願いします。謎の映画探しの資金として活用させていただきます。

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