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仮面とペルソナと名取さな~きらめく絆創膏MV批評

2025/03/25、VTuber名取さなさんの新曲「きらめく絆創膏」MVが発表された。

名取さなさんといえば、ブルーアーカイブやポケットモンスターなどといったゲーム配信や無軌道雑談配信で知られ、畳みかけるように考察/妄想、だじゃれを繰り出していく様が面白い方である。2023年から文化放送で「名取さなの毒にも薬にもならないラジオ」という番組を持ち、毎年川崎チネチッタを貸し切りライブイベントを開催するなど精力的に活動している。

明るく元気な雰囲気とは裏腹に彼女には翳りある「名取さな」としての物語を持っている。2018/10/13に突如投稿された動画「-」では、患者の服を着た「名取さな」そっくりな存在が語り掛けてくる内容となっており、病院生活である恍惚な少女が「ナース」という仮面を被って配信しているのではといった仮説を立てることができる。

実際に、「名取さな」の二面性は「モンダイナイトリッパー!」MVやリアルイベント「さなのばくたん。 -ハロー・マイ・バースデイ-」でも示唆されている。今回の「きらめく絆創膏」MVでも同様に、物語としての「名取さな」に主軸が置かれていた。

彼女の物語を観る中で一本の映画が浮かんだ。それはイングマール・ベルイマンの『仮面/ペルソナ』である。本作は、若いナースであるアルマが沈黙する患者エリザベートに語り掛け続ける中でアルマの中にあるトラウマが顕となる内容。『ファイト・クラブ』を始めとする多くの映画に影響を与えた作品である一方、難解なことでも知られている。実際にクライテリオンから発売されているイングマール・ベルイマンBOXに書かれた論考を読むと、スーザン・ソンタグやベルトルト・ブレヒトなどの哲学的理論を援用しながら紐解かれている。

しかし、2020年代、VTuber文化が社会的地位を得たり、SNSによって自分の内外を制御しながら表象するのが当たり前となった世界において『仮面/ペルソナ』の世界観は理解しやすくなったといえる。

配信を観測するかぎり、彼女が『仮面/ペルソナ』を観ている可能性は低いのだが、「きらめく絆創膏」MVと本作を比較した批評を行うことで、双方を深い次元で解釈することができるように思えた。そこで今回は『仮面/ペルソナ』の側面から「きらめく絆創膏」MVを批評する記事を書いていく。


1.「きらめく絆創膏」MVについて

カメラを回し始めるところからMVは始まる

仄暗い部屋で、バッテリー残量が37%と少ないにもかかわらずカメラを回し始める。うっすら「名取さな」であることは分かるが、それが「患者」なのかどうかは分からない。

破れた紙に無数のイラスト。
「名取さな」の世界が描かれている。
スマホ画面に映し出される『君の名は。』のような隕石落下

次のショットではスマホ画面に青々と映し出されたイメージが挿入され、翳りから煌めきへとシフトする。紙に書かれた「名取さな」の世界観。そして隕石落下による破壊。ハッとスマホを落とす。たった10秒ながら、彼女を取り巻く陰陽、そしてデバイスを通じた拡張された眼差しに煌めきによって「名取さな」の世界観を的確に表現している。

次の場面では、スプリットスクリーンを使用しながら、「患者」の立場から観る「名取さな」の多層性を浮き彫りにしていく。

左のイメージには花の落書きが施されており、
現実に仮想的なイメージが重なっている状況を表している。
右の「患者」が描いた煌めくイメージが左へ継承され、
「名取さな」の輪郭を浮かび上がらせていることを示唆している場面。

「患者」が鏡に向き合うふたつのイメージが提示される。左側には花の落書きが施されており、現実に仮想的なイメージが重なっている表現となっている。次の場面では、右の「患者」が描いた煌めくイメージが左へ継承され、「名取さな」の輪郭を浮かび上がらせていることを示唆している。この時点では、名取さな/患者の世界は分離されている。

歌詞が始まると「名取さな」の世界が展開される。
映画だと観ないタイプのスプリットスクリーンで慧眼な構造である。

歌詞が始まると、アニメ的横画面とスマホ動画的縦画面が融和したスプリットスクリーンによって、ナース姿/制服姿の「名取さな」の青春ともいえる眩い世界が映し出される。

触りたい世界
機械仕掛けの手
掴んだ気になってみたって
夢オチじゃない?
僕らは裏と表じゃないの
傷口と絆創膏

救いのない未来壊せない
都合のいい夢で構わない

「きらめく絆創膏」より引用

一方で歌詞では、このようなキラキラ世界を夢見る者の眼差しが歌われている。仄暗い病室で心蝕まれている中、スマホの小さな世界に映る煌めきと紙に描いた妄想が自分を癒そうとしているのだ。

このモチーフは星野源「地獄でなぜ悪い」に起因している。星野源は2012年、くも膜下出血により活動を休止。生死を彷徨いながら復活を遂げた。その直後に制作された「地獄でなぜ悪い」は明るい曲ながらも、痛みや恐怖により気が狂いそうになりながらも妄想でもって自我を保とうとする彼のトラウマが色濃く反映されている。MVもアニメ的世界から現実を語るものとなっている。名取さなさん自身、昨年に本楽曲の「うたってみた」動画を出していることから、世界観形成の軸となっていることがうかがえる。

ノートに触れる「患者」
ノートが裂け「名取さな」が現れる。
同じレイヤーの中で「患者」は「名取さな」を抱く。

「きらめく絆創膏」MVの終盤では、患者/名取さなの境界がなくなる。ノートに触れる「患者」。紙が引き裂かれ、散り散りになったイメージの断片の中から「名取さな」が現れ、「患者」は抱きつくのである。

「名取さな」の配信画面で終わる。

最終的に仄暗い病室に「名取さな」が映り、通常の配信が始まるところで終わる。VTuberは配信者がアバターを纏い、世界を魅せる。フィクショナルな世界でありながら実体の世界と融和したものである。冒頭の「患者」がカメラを回す場面と「名取さな」の配信が重なることでVTuberの特性を捉えながら、物語としての「名取さな」を伝える一本へ仕上げた。

次の章では、『仮面/ペルソナ』の構図から「きらめく絆創膏」MVを読み解いていく。

2.『仮面/ペルソナ』における重ね合わせのアイデンティティ

イングマール・ベルイマン『仮面/ペルソナ』は、形而上の側面から人間心理を描いているため、物語面から登場人物を理解しようとすると異様な状況に困惑する。アルマは医師から患者エリザベートの担当するように言われる。エリザベートは、ソポクレスの戯曲『エレクトラ』の演技をしている途中で話さなくなったとのこと。これは精神病でも喉に異常が生じたわけでもなく、彼女の意思によるものであった。

アルマは、エリザベートのことを知ろうと語りかけるがエリザベートは話さない。エリザベートの夫から届いた写真を渡しても引き裂いてしまう。だが、アルマは彼女に惹かれるようになっていき、やがて中絶のトラウマを打ち明けるようになっていく。

ある日、エリザベートの夫がやってくるのだが、何故かアルマを妻と勘違いしベッドを共にする。そして、エリザベートどうやら夫からレイプに近い関係を迫られて妊娠し、中絶にも失敗し、憎むべき子どもを産んだことが明らかとなる。

これらの物語に前衛的なフィルムフッテージ演出が加わり難解な作品へと仕上がっている。本作を読み解くためには、スーザン・ソンタグの理論が必要となってくる。クライテリオンが発売しているイングマール・ベルイマンBOXに収録された資料では次のように書かれている。

たとえば、実際にはエリザベートとアルマは同一人物である可能性をソンタグが示唆している。

「『仮面/ペルソナ』を、エリザベートとアルマというふたりの人物の運命という観点から語るのは正しい。ふたりは実存をめぐる絶望的な対決を繰り広げているのだ。しかし、『仮面/ペルソナ』をひとつの自己におけるふたつの精神的部分、すなわち、行動する堕落した人物としてのエリザベートと堕落との接触によって破滅する純真な魂であるアルマとの対決として捉えることも同様に適切である。」

「INGMAR BERGMAN'S CINEMA」より拙訳引用

実際に映画では、自分の妻とナースを勘違いする夫の他に、アルマとエリザベートの顔が融合するような場面もあり、ヘーゲル「精神現象学」における意識をふたつの自己に分けて捉える思想の表象として考えると妥当な解釈である。

『仮面/ペルソナ』は、映画という装置をメタ的に描くことで人間心理に迫っている。冒頭、フィルムが周りアニメが展開される。白画面の中、逆再生での語りが吹き込まれる。ティック・クアン・ドックの焼身映像を観てショックを受けるエリザベート、ワルシャワ・ゲットーの少年が映った写真。これらのイメージから、過去もといトラウマの再生装置としての「映画」が浮かび上がる。人生に思い詰めた際、嫌な思い出が浮かび上がり胸が締め付けられる。忘れたいのに忘れられず、何度も脳裏でイメージが再生される。映画における反復性とトラウマの仕組みを重ね合わせたベルイマンならではの手法がここにあるのだ。

エリザベートはレイプ、中絶失敗、憎むべき息子から注がれる愛の眼差しに苦しみ沈黙する。彼女が仮想的に立てた、治癒する存在であるアルマとの対話を通じてトラウマが言葉として再生され、内なる落とし所を模索していくのである。

これは物語「名取さな」を掘り下げる中で役に立つ概念だろう。病室に押し込められ、トラウマを背負った彼女が「なりたい自分になる」とVTuberを始める。自分を癒す側面として「ナース」を纏い活動する中で、自分だけでなく多くの人を癒やす。医療従事者ではないが、偽りのナースでありながら活動の中で作り出されたきらめく絆創膏は彼女の内面だけでなく人々を救済することとなる。アイドルが現代の宗教として人々に生きる道筋や癒やしを与えていることは明白だが、「名取さな」はそんなアイドル像に深みを与える世界観を構築していたことがわかるのである。

実際に「きらめく絆創膏」MVでは、影なる「患者」と煌めく「名取さな」をスプリットスクリーンや、狭いスマホの画郭に映る美しき世界を覗き込むような構図が多用される。トラウマの決定的瞬間であろうスマホを落とすショットが反復され、「名取さな」の絵も繰り返し描かれる。終盤にはフレームが意識された画が融解し、患者/名取さながひとつとなる。まさしく、イングマール・ベルイマン『仮面/ペルソナ』が表現した、映画(=メディア)を用いた人間心理の掘り下げとヘーゲル的人間心理の二面性の視覚化をひょうひょうと「きらめく絆創膏」MVはやってのけたのである。これがあっという間に12万回再生され、多くの人に受容されている2020年代。未来を生きているなと思わずにはいられないのである。


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CHE BUNBUN 映画ブログ『チェ・ブンブンのティーマ』の管理人です。よろしければサポートよろしくお願いします。謎の映画探しの資金として活用させていただきます。

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