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ガイ・マディン『The Forbidden Room』『Seances』失われた映画を求めて、あるいは一回性の映画を求めて

0.日本にもガイ・マディン再注目の流れ到来

近年、ガイ・マディン監督への注目が集まっている。ガイ・マディンといえばカナダ・ウィニペグ出身のカルト映画監督であり、サイレント映画や初期トーキー映画のようなタッチでありながら当時できなかったであろう視覚効果でもって観る者を魅了し続ける映画監督である。日本では『ギムリ・ホスピタル』『アークエンジェル』が公開された後、2004年に東京フィルメックスにてガイ・マディン特集が組まれたのだが、そのあと彼の作品が一般公開されることはなかった。

「死ぬまでに観たい映画1001本」"101 Cult Movies You Must See Before You Die"に掲載されるほど、ガイ・マディンの作品はアメリカにて重要視されているのだが、日本ではすっかり忘れ去られた存在となった。

しかし、ある人物の出現により状況が変わりつつある。それが「アリ・アスター」だ。『ミッドサマー』で日本でもカルト的人気を博した鬱映画の鬼才アリ・アスターだが、彼はガイ・マディン映画のファンであることを公言している。彼は映画学校時代にガイ・マディン作品と出会い衝撃を受ける。学生時代に制作した作品はガイ・マディン作品にオマージュを捧げたのだが、勢いはそれだけに留まらずリンカーン・フィルム・センターで特集上映を企画したり、『ボーはおそれている』では『臆病者はひざまずく』『Stump the Guesser』を引用しているのである。

しまいには、ガイ・マディンの新作である『Rumours』の製作総指揮を務めているのである。アリ・アスターはA24同様、良くも悪くも映画のブランドとなる存在であり、ライト層の映画ファンにも広まりつつある名前である。

また、来年公開される『ユニバーサル・ランゲージ』の監督マシュー・ランキンはガイ・マディンと同じカナダ・ウィニペグ出身であり、長編デビュー作『The 20th Century』はガイ・マディンを意識した作品となっている。そのため、日本で一番リバイバル上映すべきなのはガイ・マディンであるのだ。

「今でこそガイ・マディン特集を!」とここ数年言い続けていたら、フィルメックスが今回『世界で一番悲しい音楽』を上映してくれた。初回上映では柳下毅一郎と市山尚三によるトークショーがついており、後日noteに内容がアップされていたのだが、これを読んで驚かされた。

来春には初期の代表作『ギムリ・ホスピタル』(1988年)と『アーク・エンジェル』(1990年)の国内リバイバル上映も内定。

プレイベント『世界で一番悲しい音楽』トークレポート | 11/16(土)
第25回フィルメックスより引用

ガイ・マディン作品が日本で一般公開されるではないか!

嬉しさのあまりに何かガイ・マディン紹介記事を書きたいと思った矢先、一本の映画が脳裏をかすめた。それが『The Forbidden Room』である。本作は私のオールタイムベストに入っている作品である。

【チェ・ブンブンのオールタイムベスト映画】

1.ストップ・メイキング・センス(1984,ジョナサン・デミ)
2.
痛ましき謎への子守唄(2016,ラヴ・ディアス)
3.
オルエットの方へ(1971,ジャック・ロジエ)
4.
The Forbidden Room(2015,ガイ・マディン)
5.
ジャネット(2017,ブリュノ・デュモン)
6.
*Corpus Callosum(2002,マイケル・スノウ)
7.
見知らぬ乗客(1951,アルフレッド・ヒッチコック)
8.
ひかり(1987,スレイマン・シセ)
9.
ミラノの奇蹟(1951,ヴィットリオ・デ・シーカ)
10.
仮面/ペルソナ(1966,イングマール・ベルイマン)

ジョン・ウォーターズが年間ベストに本作を入れており、気になって観たのだが、あまりにも異様な映像に衝撃を受けた作品だ。基本的に映画を観たら感想や批評が脳裏で完成しているのだが、『The Forbidden Room』だけは何回観ても言語化できない作品であり、その異質さから「いつか映画館で観たい!」と思うほどに愛した。

ただ、本作を検索すると当時の私が書いたポンコツレビューしか出てこないので、ガイ・マディンに興味がある映画ファンへ申し訳ないという想いが以前からあった。今こそ、リライトする時だろう。手元にある資料を基に今回は『The Forbidden Room』と派生作品である『Seances』について書いていく。


1.『The Forbidden Room』プロジェクトについて

『The Forbidden Room』はガイ・マディンのフィルモグラフィーを捉える際にターニングポイントとなっている。現在のガイ・マディンは複数の監督による共同制作となっており、相棒のエヴァン・ジョンソンと組んだ初めての作品だからだ。その後、エヴァン・ジョンソンの兄弟であるゲイラン・ジョンソンも加わり3人監督体制で異質な世界を生み出しているのである。

本作は、6週間かけてフランス・パリのポンピドゥー・センターとカナダ・ケベック州モントリオールにあるPHIセンターの公共スタジオにて撮影が行われた。この様子は一般人にも公開されていたとのこと。短期間に100本の新作映画を作り、『The Forbidden Room』とは別にインターネット配信用の映画(後述する『Seances』)の素材にする目的があった。しかし、ニューヨーク近代美術館やサンパウロ・ビエンナーレでの公開撮影が頓挫し、最終的に69と1/2もの新作映画を使って2本の映画が完成された。

ここで言う「新作」とは、映画史から失われた映画やシナリオを基に制作されたものである。そのラインナップには成瀬巳喜男『女は袂を御用心』や『髭の力』が含まれている。後者はあらすじを見つけられなかったものの、その時期の日本映画のにおける、父親のせいで息子が恥をかくモチーフをヒントに撮影を行ったのである。

また、本作には豪華な協力者の存在がいる。まずマイケル・スノウだ。実験映画の巨匠であるマイケル・スノウは『中央地帯』を撮影するために独自のカメラシステムを開発している。それをガイ・マディン&エヴァン・ジョンソンは借りているのである。セクスプロイテーション監督ブラッド・F・グリンターの失われた映画『Never the Twain』を再映画化するために。現存しているのはポスターのみであり、「グリンター監督は、1974年のミス・ヌード世界大会でマーク・トウェインの霊に取りつかれている」といった惹句が遺されている程度の情報となっている。ここからエウリーピデースの悲劇『ヒュプシピュレー』連想する監督たち。家父長制にうんざりした女性たちが男性を皆殺しにする物語、行かれる裸の女戦士をゆったりとしたカメラワークに酔って目撃する。これを行うためにスノウのカメラが必要だったのである。

ほかには本作にはスパークスの楽曲が使われているのだが、これは本作のために書き下ろされたものである。ギリシャ初のトーキー映画とされる『Fist of a Cripple』を映画化する際にミュージックビデオタッチにしようとした。最初は既成曲を織り交ぜた演出にしようとしたのだがソングライターではなかったのでうまく行かなかった。ガイ・マディンは友人であるロン・メイルとラッセル・メイルへ箇条書きにした歌詞を送った。すると数時間でレコーディングしたデータが送られてきたとのこと。

このような特殊なアプローチで制作された『The Forbidden Room』はどんな作品なのだろうか?

2.『The Forbidden Room』批評

怪しげな男がカメラに向かって語りかける。マーヴと語るこの男は
「今宵、風呂について議論し合いたい」と我々に訴えかける。泡をかき混ぜ、入浴を愉しむ姿が70年代ポルノ映画のタッチで描かれる。狭い空間ながら、性的であり開放的な空間である「風呂」との比較対象として「潜水艦」の姿がオーバーラップしていく。

同じ狭い空間でありながら、この潜水艦は息が詰まるようなものとなっている。揮発性の物質を運ぶ潜水艦の乗組員が絶望的状況に陥り発狂寸前だからだ。そこへ異界から木こりが乗り込んでくる。

「木こりが潜水艦へ入ってこられるなら我々も外へ出られるのでは?」

乗組員たちは生き延びるために異界の扉を探す話であるのだが、映画は
サラゴサの写本』
さながら複雑怪奇な入れ子構造となっていく。ここで数々の新作が怒涛のように雪崩れ込む。(ガイ・マディンは『サラゴサの写本』をつまらないと評価している。)

インタビューによれば、この入れ子構造はエヴァン・ジョンソンによるものであり、レーモン・ルーセル「Documents to Serve as an Outline」を参考にしているとのこと。

ガイ・マディン映画の特徴として、クラシック映画のテイストを維持しながらも当時は実現できなかったような編集が施されているところにある。

最近では山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映された『声なき証人』が近いだろう。コロンビアで発掘されたサイレント映画を修復したとテロップが表示されて始まる。最初こそは三角関係の恋愛ドラマとなっているのだが、中盤におぞましい火災が起きてから映画のジャンルがガラリと変わり『地獄の黙示録』さながらの冒険奇譚となる。主人公たちはそれと同時にフレーム内から消滅する。本作は実際にコロンビアで出土したフィルムを繋ぎ合わせて架空の映画を作るといったプロジェクトだったのである。

『The Forbidden Room』では、出土したフィルムを監督たちが自ら生み出している。生成された映画の断片を繋ぎ合わせて一本の映画にしているのである。それはまさしく「夢」に近いものがある。我々が夢を見るとき、断片的に異様な空間や不整合な物語が生成されるが、それを受容することで夢は続く(受容しなければ目覚めてしまうだろう)。本作は、タイトル画面においてギャスパー・ノエ以上に異なる質感を持った画の連続によって、異次元から出土したフィルムの世界へ身を投じることを強要し、潜水艦の物語が破綻しようが、夢における不条理を受容することで成立するものとなっている。また、ミュージカルパートでは、司会の顔がスクラッチされており一意に定まらないのだが、これは我々の夢における他者の顔の不鮮明さに対するオマージュであろう。

しかし、本作は単なるビザールな映画には留まっていない。映画史における問題点にもフォーカスが置かれている。例えば、洞窟で民族による儀式が行われる場面。male-gaze、男らしさを強調するフッテージと隅に佇む女性のフッテージの交差によりF・W・ムルナウやロバート・フラハティが「見世物」としてプリミティブな社会を捉えてしまっていた側面を批判的に描いているといえる。男同士の決闘手段のスケールが小さいことから皮肉として機能しているだろう。第1回戦で指パッチン決闘が行われる。第2回戦では屑肉を積み上げて排泄物のようなオブジェを作る決闘が行われる。第3回戦では睾丸の重さを競い合うものとなっている。第4回戦では動物の膀胱にストローのようなものを挿す。それを互いに吸いながら、パンパンと膀胱を叩きあうルール不明瞭な決闘である。

このような失われた映画を求めて誕生した『The Forbidden Room』は姉妹作である『Seances』へと引き継がれていく。

3.『Seances』プロジェクトについて

観客に投票を呼びかけるウィリアム・キャッスル

ウィリアム・キャッスルが1961年にインタラクティブ映画として『ミスター・サルドニクス』を発表した。劇場入口で観客は紙をもらう。映画の終盤になるとウィリアム・キャッスルがスクリーンから観客に投票を促し、映画の結末を決めるといった斬新なアイデアであった。

『STEP RIGHT UP!...I'm Gonna Scare the Pants Off America』によれば、これはラストシーンを巡ってコロンビア社と揉めたことで考案されたギミックとのこと。ハッピーエンドを望むコロンビア社に対してバッドエンドで行きたいウィリアム・キャッスルは、投票システム”The Punishment Poll”を採用し、結末を観客に委ねた。そして観客はウィリアム・キャッスルの味方をしたのだ。しかし、ウィリアム・キャッスル研究者の間では、実際に用意されたエンディングはひとつのみであり、彼のハッタリだったとする見方が主力となっている。

あれから半世紀以上がた経った、2019年にNetflixは『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』を配信した。これはリモコンで登場人物の選択を操作し物語が進む、本物のインタラクティブ映画であった。

そして先日、日本のアニメ作品『ヒプノシスマイク –Division Rap Battle-』が劇中で行われるラップバトルの勝敗を観客が決められる内容となっていることが判明した。

2010年代から映画館ないし映画のあり方について応援上映、3D/4D、サブスクリプションサービスなどと試行錯誤されてきた。最近では生成AIを使った映画作りへの議論が行われており、映画レビューサイトFilmarksが生成AIを使ったCMを制作し炎上した件やフランスで生成AIを使った作品だけを集めた映画祭が開催され物議を醸している。

実は、この手のアプローチを用いた作品をガイ・マディン&ジョンソン兄弟が制作していたのだ。それが『Seances』である。

本作は『The Forbidden Room』と同時期に撮影した膨大な「新作」のフッテージをデータベースに格納し特設Webサイトにて再生できる状態にしたものである。

分数が自動生成される
自動挿入されるタイトル

再生ボタンを押すと、自動生成で映画が完成する。分数とタイトルも毎回異なるものが挿入される。内容は『The Forbidden Room』で使われたショットもあれば新規撮影のショットもある。ストーリーはないに等しく、自動生成される「無意味さ」に対して観客が意味を見出していくインタラクティブなものとなっている。ただ、膨大なフッテージを使用しているだけならそこまで驚かないだろう。本作の面白いところは、映画館で上映される作品とインターネットで観る動画の違いを明確化しているところにある。

突然バグが入り込む瞬間

『Seances』を観ていると、突然ガイ・マディン作品からかけ離れたショットがインジェクション攻撃してくる場面と遭遇する。画材を広げているものや鳥が飛び立とうとしているものが、世界を引き裂くように現れるのである。

インターネットで動画を観る際に不具合で映像が乱れたり、作品紹介が別のものへとすり替わっている(たとえば、Netflixでトーマスを観ようとしたら説明欄が『仁義なき戦い』になっているような)ことが起こる。映画館で映画を観る際、それこそデジタルシネマになってからはこのようなこのような不具合はインターネットに限定されたものとなっている。

バグを再現することにより、我々観客に「インターネットで映画を観ることとはなにか?」を問うのである。事前に『The Forbidden Room』を観ているとより驚かされるだろう。そして、映画とは一回性の芸術から解き放たれるように生み出されたものだが、そんな映画に一回性の側面を与えることにより「永遠なるものはない」と失われた映画に対するアテンションを向けさせるのである。インターネットのアーカイブもCDやDVDなどといったメディアも永遠のものではないことを痛感させられる昨今において『Seances』はアクチュアルな視座を我々に与えたともいえよう。

日本ではガイ・マディンファンの間でもほとんど知られていない作品なのだが、現在もサイトが稼働中(スマホで観たほうが操作しやすい)なので是非とも挑戦してみてほしい。

4.ガイ・マディンレビュー

【第25回東京フィルメックス】『世界で一番悲しい音楽』Damesもしくは泥酔夢
【ガイ・マディン特集】『臆病者はひざまずく』乳房を求める手を顕微鏡で覗いてみよう
【ガイ・マディン特集】『CAREFUL』マーティン・スコセッシ出演予定の山映画
【解説】『The Green Fog』ゴダールを指パッチンで凡人に変える男ガイ・マディン緑の魔法

5.参考資料

・『The Forbidden Room』リーフレット
Metro"Guy Maddin and Evan Johnson on ‘The Forbidden Room’ and that Sparks song"(Matt Prigge,2015/10/9)
CINEMAS+:<考察>『オオカミの家』アリ・アスターが惚れ込んだ闇のアニメ(che bunbun,2023/8/20)
Guy Maddin on The Forbidden Room and Writing Melodrama(Jonathan Ball)
・"STEP RIGHT UP!...I'm Gonna Scare the Pants Off America"(ウィリアム・キャッスル、2010/9/3)
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CHE BUNBUN 映画ブログ『チェ・ブンブンのティーマ』の管理人です。よろしければサポートよろしくお願いします。謎の映画探しの資金として活用させていただきます。

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