「親が嫌い」な私が学んでしまった、2つの重たい荷物。
「親から愛されていなかった」
初めてそれを受け入れたときには、
どこかでずっと前からそれを知っていたことを
自分でも感じていました。
だけど言葉にすると悲しくて、
親子ってなんなんだろうと、むなしくもなりました。
それからずっと
「愛されなかったわたし」を
わたしがどう受け入れるか。
「無条件の愛を知らないわたし」が
子どもたちをどう愛していくか。
そんな視点で、自分と向き合ってきました。
そして最近、新たな視点が出てきました。
それは、
「親を愛せないわたし」という視点です。
これまでの
「親から愛されなかったわたし」
という視点では、
「愛されなかったわたしが手にできなかったもの」
に目を向けていました。
だけど
「親を愛せないわたし」
という視点では逆に
「親さえも愛せなかったわたしが手にしたもの」
があったのだと気づきました。
「手にした」なんて書くと、
いいことなのかな、と思われるかもしれませんが
決して楽しい話ではありません。
本来なら持たなくてよかったものだし、
持ちたくなかったものです。
でも、持ってしまったものは仕方ない。
その荷物が少しでも軽くなるように
わたしがどう向き合ったのかを
書いていきたいと思います。
重たい話ではありますが、
読んでいただいたあとに
少しでも心が軽くなりますように。
そんな気持ちを込めて。
1.「親を愛せない」わたし
「親から愛されたい」と願っていたときも、
「親から愛されていない」と悲しんだときも、
親からの愛を求めていました。
でもこれって当然ですよね。
誰だって親から愛されたい。
というか、
「愛されないなんてことがあるんだ!」
って感じでした。
周りを見ても、
親からの愛情を疑わずに生きている人なんて
大勢います。
どうして自分はそっち側じゃないんだろう。
そんなふうに思ったこともあります。
ずいぶんと長い間、
「愛されなかった」という過去や事実と
向き合ってきたように思います。
そしてそこを通り抜けたあと、
わたしは気づきました。
「親が嫌いだ」って。
小さな子どもは、みんな親が大好きです。
無条件で信じてるし、無条件で愛しています。
もちろんわたしも、そうだったはず。
だけど
「親から愛されていなかった」と気づいた後、
わたしも「親を愛していない」ということを
認めることができるようになりました。
親から見た自分がどうか、ということではなく
自分から見た親はどうか、という視点が
新たに追加された感覚でした。
そしてその視点から見たときに、
「親が嫌い」なために受け取ってしまった
重たい荷物があることにも気づいたのです。

2.「親を愛せないこと」で手にした荷物
ここまで「親」と書いてきましたが、
わたしの父親はけっこう前に亡くなっています。
だから
(これまでの記事でご存知の方も多いでしょうが)
わたしの親問題の対象は、母親に限定されています。
わたしは父親が好きでした。
その好きだった父親がもし今も生きていたら
少し違う今があったのかなぁ、と思ったりします。
わたしにとってはそれくらい、
「母親が嫌い」ということの影響が
大きい気がするのです。
影響、つまりそれが「重たい荷物」です。
これから挙げる2つの荷物は、
わたしが母親を嫌いになったからこそ持ってしまった、
つまりは母親を嫌いにならなければ
持たなくてもよかったかもしれないものです。
荷物①
「人を信用してはいけない」
幼少期には好きだったはずの母親。
なのに今は嫌い。
その事実が、わたしの頭の中で
「長く一緒にいると、人は嫌なところが見えてくる」
と意味づけされていました。
実際はそんなことないんですけどね。
だって母親は元々そういう気質を持っていたし、
たしかにわたしが大人になってから気づいたけど、
時間の長さが原因ではないので。
それでも、昔は好きだったはずという記憶が
そのような設定を作ってしまったようです。
長く一緒にいると嫌なところが見える。
だからわたしも、一緒にいる人から
嫌なところを見つけられて嫌われる。
それなら人を信用したら傷ついてしまう。
この思考回路、
共感いただける方はいらっしゃるでしょうか。
これって
周りの人を信用していないだけじゃなくて
自分のことも信用していなかったんですよね。
わたしは人から嫌われて当然の人間だって
そう思っていたんですから。
荷物②
「嫌われるのが怖い」
好きだったはずの母親。
実際、わたしと母親は上手くやっていると
本気でそう思っていた時期もあります。
もちろんそれは、
わたしの我慢のうえで成り立っていたけど、
当時は気づいてもいなかった。
だから「いろいろあるけど仲良し親子」
という認識でいました。
そんなわたしが、ある日突然思うのです。
「あ。わたし、母親のこと嫌いだ」って。
いちばん身近なはずの母親さえも
嫌いになってしまう自分を知ったとき、
「人は簡単に人を嫌いになれる」
という設定が作られました。
実際は全然簡単に嫌いになったわけじゃないのに。
もしかすると無意識に、
母親ではなく自分を悪者にしようとしたのかも。
親でも嫌いになってしまえる。
だからわたしも、周りの人から簡単に嫌われてしまう。
それなら嫌われないようにしなくちゃ。
この思考回路によって、
わたしは極端に
人から嫌われることに対する恐怖を
抱えるようになりました。

3.重たい荷物をどう軽くするか
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