「なぜ生きるのか」を考える前に、まず生きてください。
冒頭文
この文章は、「なぜ生きるのか」と考えすぎて疲れてしまった人に向けて書きました。
私自身も何度もそこに囚われて、立ち止まってきたからこそ、届けたい言葉があります。
哲学を否定するものではありません。
ただ、「今は生きるのに精一杯」という人が少しでも楽になれるように――。
結論から言おう。
死ぬから。
理由を述べよう。
哲学とは、「なぜ生きるのか」「なぜ思考するのか」を考える学問である。
卵が先か、鶏が先か。
哲学にハマるから精神を病むのか、
精神が病むから哲学にハマるのか。
それは私にはわからない。
ただ、適度な距離を置いたほうが正解である。
実際に私は、
哲学にハマって病んでいった人を何人か見たことがある。
「なぜ生きる?」を突き詰めると、
結局のところ、解決策が「死」に行き着いてしまうのだ。
これはあくまで私見だ。
だが、私もかつて、
哲学にハマったわけではないが、
「なぜ生きる?」をベースに考えていた時期がある。
その時、確かに死にたくなった。
生きる苦痛に、理由や意味を求めたからだ。
だが、そんなものに意味も理由もない。
意味も理由もないのに、
それを求めると、生きる苦痛は倍増する。
人間を疑問に思って、
そこに答えを出そうとする真面目な人ほど、
深く傷ついていく。
だから、
そんなことを考えるくらいなら、
運動するか、美味しいものを食べたり、呑気に過ごしたほうがいい。
この世界は、
深く考えずに快楽に流された方が楽な場合が多すぎる。
結局、真面目に世界について考える人間は、
犠牲になるのだ。
たとえ世界に貢献しても、
死んでしまっては意味がない。
考え込むなら、運動しよう。
気分転換をしよう。
頭で考えるだけでは、人間には限界がある。
もしも、
何もできないほど追い詰められているなら、
それでもいい。
食べて、寝るだけでいい。
今日を生き延びる。
それだけで、あなたは偉い。
あとがき
きっと哲学は、自由で深くて、美しい世界です。
でも、生きるのがしんどい人にとっては、その美しさが毒になることもある。
私はそう思っています。
本当はもっと軽やかに、「今日を生き延びた、それだけでOK」と言える社会であればいいのに。
そんな願いも込めて、書きました。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
どうか、どうか、あなたが無事に今日を終えられますように。
天音春子
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