非審判的態度とは何か
ちょっと間が空きました。今回はPASネットで普段使う言葉かといえば使っていないのですが、個人的に選びました。バイスティックの7原則から。
非審判的態度とは何か
非審判的態度という言葉があります。
福祉や相談援助を学んだことのある人は、聞いたことがあるかもしれません。
この言葉は、バイスティックの7原則の一つです。
バイスティックの7原則は、アメリカの社会福祉学者であったフェリックス・バイスティックが、1950年代にケースワークにおける援助関係の原則として整理したものです。
個別化。
意図的な感情表出。
統制された情緒的関与。
受容。
非審判的態度。
自己決定。
秘密保持。
これらは、支援者が本人とどのような関係をつくるのかを考えるための原則です。
その一つである非審判的態度は、一般に、本人を善悪で裁かないことだと説明されます。
ただし、何も判断しないという意味ではありません。
支援者は、日々さまざまな判断をしています。
本人に危険がないか。
虐待や権利侵害が起きていないか。
本人が何を望んでいるのか。
どのような支援が必要なのか。
支援者が状況を整理し、判断することは必要です。
しかし、状況を判断することと、本人を審判することは同じではありません。
約束の時間に来なかったという事実を見ることと、「だらしない人だ」と決めつけることは違います。
強い言葉を使ったという行動を確認することと、「この人は悪い人だ」と評価することも違います。
一つの行動や出来事だけで、その人全体を決めつけない。
その行動に至った背景には何があったのか。
本人はどのように感じ、何を考えていたのか。
分からないことを分からないままにせず、理解しようとする。
それが非審判的態度なのだと思います。
非審判的態度は、本人の行動を何でも認めることでもありません。
暴力や虐待、権利侵害を見過ごすことでもありません。
本人の言うことに、すべて同意することでもありません。
問題のある行動には向き合い、必要であれば止める。
そのうえで、行動だけを見て、その人の価値まで決めつけないということです。
しかし、人は無意識に相手を評価します。
普通はこうするものだ。
もっと頑張るべきだ。
本人にも原因がある。
何度言っても分からない人だ。
支援者にも、それぞれの経験や価値観があります。
感情もあります。
相性や好き嫌いもあります。
それらを完全になくすことはできません。
だからこそ、自分がどのような物差しで本人を見ているのかに気づく必要があります。
自分の価値観を、本人の人生の正解にしていないか。
自分の不安を、本人の問題として見ていないか。
自分が安心するために、本人の選択を狭めていないか。
非審判的態度は、本人だけを見るための原則ではありません。
本人を見ている自分自身にも目を向けるための原則です。
本人を生活の主体者として捉える権利擁護支援では、支援者が本人の人生を採点する側に立つことはできません。
本人を裁かないこと。
そして、本人を裁きそうになっている自分に気づくこと。
非審判的態度とは、支援者が自分の価値観や影響力を自覚しながら、本人を理解しようとし続ける態度なのだと思います。
職員の感想
バイスティックの7原則で自分に一番影響が強いのは自己覚知なのですが、権利擁護支援の仕事をするようになって、この非審判的態度、これとても大事だなと考えてます。
専門的視点でアセスメントなどしますが、そこに自分の主観が混じっていないか。専門職としての客観的な評価と、自身の価値観。自身の価値観で審判していないか。
そこに気付ける自己覚知が要るよね、ということでやっぱり自己覚知が一番好きな項目なのですが、権利擁護支援という本人と共に在る、とか意思決定支援、を実践するには非審判的態度が最も重要かなと考えております。
事務局長 森岡
