たかが人生、だから楽しむ
何気なく聞いた、土門蘭さんのVoicyが「お守りにしている言葉」についての回だった。それがとてもありがたくて、3回も聞いた。
どの言葉も、ああいいなと思ったが、その中でも自分の心の中でつぶやくようになった言葉がある。
「一言でいってしまえば、私は化粧する女が好きです。
そこには、虚構によって現実を乗り切ろうとするエネルギーが感じられます。そしてまた化粧はゲームでもあります。
顔をまっ白に塗りつぶした女には「たかが人生じゃないの」というほどの余裕も感じられます」
「たかが人生じゃないの」
土門さんはこの一節を読んで、人生は「死ぬまで生きるゲーム」だから、深刻になり過ぎない方がいいと考えるようになったそう。
自分の人生を大事にしすぎると、傷が少しついただけでも許せなくなってしまう。ずっとピカピカのままでいたかったのに、と。
だから、人生に深刻になり過ぎず、真剣に楽しむ。
落ち込むことがあっても、「たかが人生じゃないの」と自分に言い聞かせるようにしていると話していた。いいことを教えてもらったなと思った。
ちょっと失敗しても「たかが人生」。うまく行かなくても「たかが人生」。
人生に「たかが」なんてくっつけると、ちょっと投げやりな感じもしてしまうけれど、人生に傷がつかないように執着しすぎて辛くなるより、よっぽど豊かに生きられるだろう。「たかが人生」なんだから、と気楽に生きられる方がいい。
生きていると、ゲームとは思えない出来事も降りかかってくるけれど、この考え方をひとつインストールできてよかったなと思う。
“人生ゲーム”みたいに、誰よりも早くゴールに着いたら勝ち、ゲームが終わった時のお金が多い人が勝ち、なんてルールは、本物の人生にはない。
死んだらそれで終わり。勝ちも負けもない。だから、楽しむ。
何気なく聞いたり見たりしたコンテンツから、自分のお守りとなって、長い間連れ添ってくれる言葉と出会うことがある。
偶然もらえたプレゼントのようでうれしい。
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以前買った、土門さんの『死ぬまで生きる日記』が積読のままになっていたので引っ張り出して、読み始めた。
書き手の声を知ると、文章を読んでいてもその声で再生されるようになって、言葉がぐっと身近に感じられる。
