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ADHDの僕が料理人として苦労したこと


はじめに:飲食の世界での違和感、そしてADHDとの出会い

僕が料理の道を選んだのは、実家の仕出し料理店を継ぐためと、純粋に「美味しいものを作る喜び」と、それを食べた人の笑顔が見たいというシンプルな思いからだった。高校を卒業してすぐに専門学校へ進み、料理の基礎を学んだ。実習で初めて包丁を握り、食材と向き合った時、何となくとではあるけれど、この道で生きていきたいという確かな手応えを感じたことを覚えている。料理の技術を磨くこと、新しい味を生み出すこと、その全てが僕にとって刺激的で、料理の道に進んでよかったと思っていた。

卒業後、念願の飲食店で働き始めた。最初は見るもの聞くもの全てが新鮮で、めまぐるしく過ぎる日々が充実していた。しかし、しばらくすると、漠然とした「何か違う」という違和感を抱き始めた。それは、周囲の同僚たちが僕よりもはるかに早く、そして正確に作業をこなしていく姿を目の当たりにした時に、特に顕著に感じられた。僕はいつも焦っていたし、常に何かに追われているような感覚だった。

そんなある日、上京して知り合った友人との会話が、僕の人生のターニングポイントとなった。僕が仕事の不満や、どうにも上手くいかない自分について話していた時、友人がふと「実は俺、ADHDなんだ」と打ち明けた。その時まで、僕はADHDという言葉は知っていても、それがどのような特性を持つものなのか、深く考えたことはなかった。

友人は、自身のADHDの特性について、集中力が続かないこと、衝動的な行動をしてしまうこと、物忘れが多いことなどを話してくれた。友人の話を聞きながら、僕の頭の中では「あれ、これって僕のことじゃないか?」という驚きと戸惑いが入り混じっていた。特に、「一つのことに集中しているつもりでも、他の刺激にすぐに気が散ってしまう」という話は、僕が厨房でいつも感じていた感覚と完全に一致した。

友人との会話をきっかけに、僕はADHDについて詳しく調べ始めた。インターネットで検索し、書籍を読み漁った。読むほどに、僕が抱えていた仕事での困難、日常での困りごとの多くが、ADHDの特性と驚くほど合致することに気がついた。まるで、これまでモヤモヤしていた僕の悩みが、一つに繋がっていくような感覚だった。

そして、意を決して心療内科を受診した。医師にこれまでの経緯や、具体的な困りごとを詳しく話した。検査の結果、「ADHDの特性が強く見られます」という診断が下った時、僕は安堵と同時に、少しの絶望を感じた。安堵したのは、これまで感じていた違和感や困難が、自分の努力不足や能力不足だけではないと分かったからだ。しかし、同時に「僕のこの特性は、この先ずっと付き合っていくものなのか」という、漠然とした不安も襲ってきた。それでも、診断を受けたことで、僕の人生の新しいフェーズが始まったのは間違いない。

苦労の連続:料理人の現場で直面したADHDの壁

料理人の現場は、常に時間との戦いだ。同時に複数のオーダーをこなし、限られた時間の中で最高の料理を提供しなければならない。まさに「マルチタスクの宝庫」であり、ADHDの僕にとっては、その全てが壁として立ちはだかった。

「集中力の散漫」が招くミスの連鎖

僕が最も苦労したのは、やはり「集中力の散漫」だった。例えば、目の前で魚を捌いているとする。集中して骨を抜いているはずなのに、ふと隣のコンロで炒めている野菜の香りが漂ってくると、そちらに意識が向いてしまう。あるいは、誰かがオーダーを通す声が聞こえれば、無意識にその内容に耳を傾けてしまう。極めつけは、先輩が別の作業を始めると、その動きについつい目が行ってしまうことだ

こうなると、僕は途端に目の前の作業から手が止まってしまう。一瞬の気の緩みが、大きなロスを生むこともある。骨を抜く作業中に手が止まってしまったり、包丁の動きが鈍くなったりするのだ。そして、一度作業が中断されると、再び元の集中状態に戻るまでに時間がかかる。その結果、本来なら10分で終わるはずの作業が20分、30分とかかってしまい、常に作業が遅れがちになった。

「なんであいつは、あんなに手際が悪いんだ?」 「もっと早く動けよ!」

先輩や同僚からの容赦ない言葉が飛び交う厨房で、僕はいつも焦りを感じていた。自分では一生懸命やっているつもりなのに、なぜか周りとのスピード感に大きな差が生まれてしまう。そのたびに、僕は自分の不甲斐なさに自己嫌悪に陥り、心の中で「もっと早く、もっと正確に」と自分を責め続けた。しかし、どれだけ努力しても、この特性はなかなか改善されなかった。

「脳内連鎖」がもたらす情報処理の困難

さらに僕を苦しめたのは、「脳内連鎖」だった。これは、説明を聞いている最中や、何かを考えている時に、関係のない思考が次から次へと浮かび上がり、頭の中が情報で溢れてしまう現象だ。

例えば、先輩から新しいレシピの説明を受けているとする。「まずは鶏肉を掃除した後で、塩や香草でマリネする。次に、オーブンを200度に予熱して……」と説明が進む。しかし、僕の頭の中では、「掃除をするのはどの部分だ?」「香草の種類は何がいいかな?」「そういえば、昨日の賄いのチキン南蛮美味しかったな」「今日の夜ご飯は何にしようか」「冷蔵庫の奥に、賞味期限切れ間近のプリンがあった気がする……」といった具合に、次々と関係のない思考が連鎖していく。

結果として、先輩の説明の肝心な部分が、僕の頭には全く残らないのだ。気づけば「えっと、今どこまで話しましたっけ?」と何度も聞き返してしまい、先輩を呆れさせてしまったことも数えきれない。一度や二度ならまだしも、それが頻繁に起こるものだから、次第に先輩たちも僕に説明するのを億劫がるようになった。

また、指示された内容を理解したつもりで作業を進めても、途中で「あれ?これってどういう意味だっけ?」と疑問が生じることも多かった。頭の中で情報が整理されず、曖昧なまま作業を進めてしまうため、最終的に全く違うものが出来上がってしまったり、工程を飛ばしてしまったりといったミスも頻発した。自分の理解力のなさに絶望し、「僕は料理人には向いていないのかもしれない」と本気で悩んだ時期もあった。

挫折からの脱却:ADHDとの向き合い方、僕なりの工夫

ADHDの診断を受け、自分の特性を知ったことは、僕にとって大きな転機となった。もちろん、すぐに全てが解決したわけではない。しかし、「できない」のではなく「特性」であると捉え方を変えることで、自分を責める気持ちが少しずつ薄れていった。そして、この特性とどう向き合い、どう生きていくかを真剣に考え始めたのだ。

ADHDである自分を受け入れ、認めることの重要性

まず最初に取り組んだのは、ADHDである自分を「受け入れる」ことだった。診断が下るまでは、自分の至らなさを全て自分の努力不足のせいだと考えていた。しかし、特性として理解したことで、「ああ、僕はこういう脳の構造なんだな」と客観的に自分を捉えられるようになった。

これは僕にとって、大きな心の解放だった。これまで自分を縛っていた「完璧主義」や「自己否定」の鎖が、少しずつ解けていくような感覚だ。もちろん、悔しさやもどかしさがないわけではない。それでも、「できないこと」ばかりに目を向けるのではなく、「できること」や「工夫できること」に意識を向けるようになった。この自己肯定感の向上が、僕が前向きに困難に立ち向かう原動力となった。

自分の陥りやすいパターンを把握し、修正する

次に、僕は自分の「陥りやすいパターン」を徹底的に分析し始めた。具体的にどんな状況で集中力が散漫になるのか、どんな時に脳内連鎖が起こりやすいのかを、日々意識して観察した。

例えば、僕の場合、厨房が最も忙しくなるピークタイムや、複数の同僚が同時に話しかけてくるような状況で、集中力が途切れやすいことに気がついた。また、新しいレシピや複雑な指示を聞く際に、説明が長くなると脳内連鎖が起こりやすいことも分かった。

これらのパターンを把握することで、僕は意識的に「今、自分は集中力が途切れやすい状況だ」「今、脳内連鎖が始まりそうだ」と認識できるようになった。そうすることで、一度作業の手を止めて深呼吸したり、説明の途中で質問を挟んだりするなどの対策を取れるようになったのだ。失敗から学び、次へと活かすための自己分析は、僕にとって欠かせないプロセスとなった。

「メモ魔」になることで思考を整理する

僕がADHDの特性と向き合う上で、最も効果的だったのが「メモを取る」習慣だ。僕は徹底的な「メモ魔」になった。

指示された内容は、たとえ簡単なことであっても、すぐに手のひらサイズのメモ帳に書き留める。今日のタスク、先輩からのアドバイス、気づいたこと、次にやるべきこと……思いつくこと全てをメモする。文字にすることで、頭の中の情報をアウトプットし、可視化する効果は絶大だった。

メモは単に書き留めるだけでなく、思考を整理するためのツールとしても活用した。例えば、タスクは優先順位をつけて番号を振ったり、完了したらチェックを入れたりする。そうすることで、次に何をすべきかが明確になり、抜け漏れを防ぐことができるようになった。また、脳内連鎖が始まったら、その思考をメモに書き出すことで、一度頭の中から追い出し、本来のタスクに集中できるようにもなった。

困った時には、メモを見返す。そうすることで、指示内容を再確認し、曖昧だった理解を明確にすることができる。僕のメモ帳は、まさに僕の第二の脳であり、僕を支える大切な相棒だ。

困ったら深呼吸、そして最優先事項に集中する

それでも、時には頭が真っ白になったり、パニックに陥りそうになったりすることもあった。そんな時、僕は「深く深呼吸をする」ということを実践している。

深呼吸をすることで、一時的に思考を中断し、冷静さを取り戻すことができる。混乱した状況でも、一度落ち着いて、目の前の状況を客観的に見つめ直すのだ。そして、自分に問いかけるようにしている。「今、最も重要なことは何か?」

複数のタスクが同時に発生し、どれから手をつけていいか分からなくなった時も同じだ。パニックにならず、まずは深呼吸。そして、「今、この瞬間に最優先すべきはこれだ」と、たった一つのタスクだけを決める。完璧を目指すのではなく、「まずはこれだけを終わらせる」と割り切ることで、集中力を一点に集めることができるようになった。一つクリアすれば、次の最優先事項に移る。この繰り返しで、少しずつでも確実に物事を前に進められるようになったのだ。

おわりに:ADHDと共に料理人として生きる

ADHDは、僕にとって「克服すべき病気」ではなく、「共に生きていく特性」だと今は考えている。確かに、この特性が原因で多くの苦労を経験し、挫折しそうになったこともある。しかし、この特性があったからこそ、僕は自分のことを深く見つめ直し、様々な工夫を凝らすようになった。メモを取る習慣、自己分析、優先順位付け、深呼吸……これらは全て、僕がADHDの特性と向き合う中で身につけた、自分なりの生きる術であり、料理人として成長するための財産だと思っている。

僕のようにADHDの特性を持ちながら、飲食業界で働くことに悩んでいる人は少なくないだろう。この特性は、確かに困難を伴うことが多い。しかし、決して不可能ではない。大切なのは、まず自分自身の特性を受け入れ、理解すること。そして、自分に合った工夫や対策を見つけ、実践することだ。

僕自身、まだまだ完璧ではない。それでも、自分の特性と向き合い、一歩ずつ前に進むことで、料理人としての自信を少しずつ取り戻している。これからも、このADHDという僕の個性と共に、美味しい料理を作り、お客様を笑顔にできる料理人として、日々精進していきたいと思っている。

もし、今、同じように悩んでいる人がいたら、一人で抱え込まないでほしい。僕もまだ改善しようがないほど私生活でも仕事でもADHDの特性を発揮してしまいます。そんな僕の経験が、誰かの助けになればと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。今回ADHDであることを初めてnoteにて公表しましたが反応がよければ今後も発信をしていきたいと思っています。

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