しりとり的コラム
話題がしりとりみたいに繋がっていくコラムを書いてみようと思います。
スタートは『不倫』。
いきなり『ん』で終わりやんというツッコミは正しいけど野暮。
不倫がどんな話題に繋がっていくのか。
自分でも着地地点は見えませんが、続く限り続けてみます。
不倫
突然ですが、みなさん、不倫はお好きですか?
やってるやってないではなく、好きか嫌いか。
芸能人の不倫のニュースを見て、激しい嫌悪感を持ちSNSで反撃の可能性がない一方的な攻撃をする人や、知人に「最低のカスだよね!」とか「配偶者が可哀想!」とか不快感を顕にして憤慨している人って、結局不倫が嫌いなんじゃなくて好きなんじゃないですかねと。
アンビバレンスですね。
ほんとに嫌いだったらそれに労力や精神や時間を使わないと思うので。
好きと嫌いはほぼ同義語、好きの対義語は無関心。
私の周りを見ても不倫に対して色々な意識の人が不倫をしているようです。
不倫というものは誰にでも起こりうる普通のことと考えている人はうまいことやってそうだし、「絶対不倫はしない」と言っていた人も「これは不倫じゃなくて純愛だ」みたいに認知的不協和状態を無理やり解消して不倫沼にハマっている感じがします。
つまり不倫ってスポーツとかと同じで観客として見ても、プレイヤーとしてプレイしてても楽しいエンタメなんだなと思います。
実際、日本だと源氏物語とかで平安時代から風雅なコンテンツとして不倫を楽しまれていたということなので、実に千年もの古から楽しまれている超老舗エンタメコンテンツなんですね。
不倫がなくならないのは背徳感を伴う快楽というハッピーピルがあるからということもあるとは思いますが、生物の種の保存・発展という本能に依る部分もあるのかなと思います。
そりゃ交配を自由にできた方が種の保存・発展には間違いなくいいですからね。
人類の歴史の99%以上は一夫多妻的な婚姻形態だったという話を聞いたことがありますが、だとすると数万年かけて一夫多妻が普通の状況の中で作られてきた脳が現代になって急に一夫一妻に対応できなくても責められないなと。
対応できないどころか楽しい(本来の目的に対して良いことだ)と感じてしまうのは仕方のないことな気もします。
どの立場・意見であれ不倫をエンタメとして個人的に楽しむのは個人の自由だと思うのですが、メディアがニュースの皮を被せて有名人の不倫というエンタメを『報道』しているのは違和感を感じます。
ジャーナリズム
刑事罰でもないような人んちの痴話をメディアで『報道』する必要があるのでしょうか。
下手をすると刑事罰を犯した人より大々的に『報道』されてることも。
芸能界でも大麻をやった人は復活できるのに、不倫をやった人は一生追放みたいなこともありますよね。
メディアは違法性よりも炎上の燃料を優先している側面があるように思えます。
刑事罰は法的制裁があるけど、不倫は大罰なのにそれがないから『報道』によって社会的制裁を加えるんだ、とでも言いたいのでしょうか。
そもそも人んちのことなのに怒ったり悲しんだりしている人(=メディアに乗せられて楽しんでいる人)の情報リテラシーの問題もある気はしますが、それにしてもメディアはもっと他に『報道』をして、国民に考えさせることがあるじゃないかとも思います。
地球の為に、自国の為に、世界の人の為に、自分の為に、本当は一人一人が考えないといけないのにみんな気付いてなかったり、専門的に調べないと分からないようなことにスポットライトを当てて考えさせるような情報を世間に提起するのが『報道』ではないのかと。
特に国の将来に関わるような少子化・高齢化・社会保障制度・雇用問題・インフラ問題等、『報道』すべきことは山積みなはずなのに、人んちの痴話にいろんなリソース割いて、国民の目を向けさせてどうすんだと。
まぁ不倫は一例ですが、政治に及んでも数年後には意味をなさなそうな目先のニュース(四世議員の変な構文の発言とか)ばかりが『報道』されているように思えます。
なんでこんなことになっているのか。
現代のメディアは広告収入や視聴率・PV数で収益を得る構造になっています。
その結果、伝えるべき重要性より受け手の興味が優先されているんですね。
となると社会的に重要な話題よりも、人がクリック・注目(炎上)するエンタメ的要素を含んだ話題が優先されます。
特に不倫などのいわゆる『スキャンダル』は人々の感情に刺さる=注目を集める=稼げるということになります。
逆に重要な問題はその前提や構造から理解した上で情報を見ないと意味が分からない=難しそう=読むのが面倒=稼げない。
そんなことで低俗で分かりやすいおもしろさがある話題が溢れ返ることになっているのかなと。
ジャーナリズムはどこへいったのか。
ただ、メディアが数字至上主義に傾く背景には、視聴者自身もそれを望んでいるという、ある種の共犯関係ができてしまっているということも確かにあると思います。
『どの立場であれ不倫をエンタメとして個人的に楽しむのは個人の自由』と先述しましたが、国民側の情報リテラシーも上げていかないとこのジャーナリズム不在問題は国が滅びるまで続くことになるのかなと思います。
でもこんな危険な問題を国がほっといてもいいものなのでしょうか?
とりあえず今回はここまでです。
次回、『政治』に続く。
