公任さんと清少納言(前編)
本日は枕草子の逸話から。漫画と本文の区別を図るために、漫画部分はフィクション多めにしてみました。今回は最後に載せてます。
枕草子「二月のつごもりごろ」
二月終わりぐらいに、清少納言のところに公任さんからの手紙が。中身を見ると
「すこし春あるここちこそすれ」
とだけ書かれている。これは、和歌の下の句であり、要するに清少納言に「これにセンスいい上の句をつけてみな」という挑戦なんですね。
この日は風が強くて空は曇り、ちらちらと雪が降っているというお天気。
和歌の大家である公任からの、テストのような手紙に清少納言はたじろぐ。たじろぐけれど、使いの人に「……いま内裏には誰がいるの?」と、公任さんと一緒にいる人……つまり、公任さんと一緒に清少納言が書いた答え(上の句)を見そうな人物を確認しているところが、やはり清少納言の強さと場馴れ感ですよね。回し読みされるの前提。
それについては、「誰それ、誰それ」と、ぼかしてあるけれども、後の記述から、少なくとも俊賢はいたようなので、行成と斉信の知るところにもなったでしょう。四人で四納言だもんね(?)
この突然のクイズタイムに、さすがの清少納言も、「中宮(定子)様からヒントが欲しいわ」なんて思ったらしいですが、生憎その時帝が来ていて二人で就寝中。使者は「早く早く」と急かすので、「下手だし遅いしでは取り柄がない!」と、思い切って即興で作ることに。
これ、現代でもちょっと通じるところがありますよね。資料やレポートの作成なんかでも、よっぽど上手なものなら締め切りをちょっと超過しても許されるかもしれないけど、そうでないならせめて締め切りは守って出した方がマシだ、みたいな。場合によっては、傑作でも締め切り過ぎたら許されないものもあるし、基本的に優先すべきは速度でしょうか……。
その時の清少納言の答えが、
「空寒み花にまがへて散る雪に」
(皐月訳:空が寒いので、花に見間違えてしまうように降り散る雪に)
というもの。これを使者に渡して、清少納言は返事をドキドキしながら待ちます。しかし、返事はなく(公任さん……)清少納言は後日別の人からこの歌に対する評価を聞くことになります。
その言葉の中に公任さんの言葉はなかったのですが、俊賢が、
「やはり彼女を帝に推薦して内侍にしようか」
的なことを言っていたと知ったのでした。これは清少納言の自慢の一つなのでしょう。
この高評価は、単純に和歌が上手かったからというわけではなく、清少納言が、公任の書いてきた下の句に白楽天の漢詩が踏まえられていたことを見破り、同じ漢詩の一部を踏まえて上の句を作ったからなのです。
ついでにもう一つ高度なのが、公任さんが、漢詩を踏まえつつ和歌色を強めに出した下の句にしてきたので、上の句も和歌色を強めてバランスを取る必要がありました。その点清少納言は、「雪を花(桜の花びら)に見間違える」という和歌あるあるの比喩を取り入れることでその課題をクリアしたわけです。
まさに会心の一撃、クリティカルヒットである。
普通、当時の女房が漢詩まで暗記していることはありません。ついでに、紫式部の言を借りれば、知っていたとしてもそれをひけらかすことはしない(らしい)。
その点清少納言はやはり有能かつ豪胆であって、普通の人ができないこともやってのけるのです。俊賢はそういう点までまるっと評価したのでしょう。
『公任集』という公任さんの私家集に、この「すこし春あるここちこそすれ」という下の句が載っています。それには「ふきそむる風もぬるまぬ山里は」という、この清少納言の上の句とは別のものが載っており、公任さんはいろんな人にこの問題を送りつけて、各々がどのように返してくるのかを楽しm……比較していた可能性があるそう。
公任集に清少納言の上の句が載っていないのは、政敵である定子方の人間だからという説もあるらしいけれど、どうなんでしょうね。他の上の句も載っていないので、いっぱい答えが来た中から、公任さん的最優秀賞だけを載せたのかもしれないなーなんて思います。
私の中のイメージが先行しているのは否めないのだけれども、公任さんは和歌にはガチなので、政敵だなんだと言って、優れた和歌を選ばないのはポリシーに反するのではないかと思います。公の和歌集ではなく、これは私家集だから特に。
ついでに私の想像ですが、俊賢が評価した清少納言の上の句について公任さんが何も言ってこなかったのは、良いものだと認めたからこそじゃないかなと思いますね。
公任さんは素直じゃないというか……もしかしたら、「さすがの清少納言も時間制限もある中でこれは難しいだろ!」くらいに思って出したら見事に意図を読み取られてたので、ちょっと悔しかったまであるかもしれないなと。
逆に、公任さんから見て気になるところがあったら、返事を出して指摘してきそう。
まあ、質問されたらちゃんと答えるのが公任さんの流儀だとも思っているので、誰かに評価を聞かれたら答えたんでしょう。立場的に、清少納言が直接公任さんに歌の評価を聞くのは、憚られたのかもしれない。あと、本人も枕草子で述べていますが、「あの答えについての反応を聞きたいけど、もし貶されていたら聞きたくない」と思っていたらしいので、人づてに様子を見るのが精一杯だったんでしょう。清少納言は清少納言で、大胆なところと繊細なところを併せ持っているのがまた面白いです。
次回、清少納言との後編は、「メール感覚で和歌のやりとりをするも、清少納言にイラつかれる」の巻をお送りします。

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