聖域の爆弾処理 — 第3次トイレの死闘編
ウォシュラン採点官の日常#3
車で仕事の現場へ向かっている最中、突如として内なる「ウォシュラン採点者」が警報を鳴らした。
猛烈なトイレ行きの要請である。
次の現場までの時間は限られている。
私は周囲を見渡し、一軒のファミリーマートを発見した。
店内に滑り込み、私は「聖域」へと直行する。
この店舗は、少なくとも10年以上は経過しているだろう。
ウォシュレットが存在しない「砂漠」のようなトイレも覚悟したが、そこには幸いにも一台が鎮座していた。
ウォシュレットなき場所に、私の採点活動は存在し得ないからだ。
その場合、余裕がある限りは次の店を探すことになる。
便器という名の祭壇に腰を下ろし、早速調査を開始する。
設定は無情にも「弱」。
私は迷わず「強」へと連打した。
心ゆくまで準備を整え、いざ発射。
結果は厳しいものだった。
水温5点、水圧10点、水流の質12点。計27点。星には到底届かない、無機質な水流だ。
さて、終わりの儀式に移ろうと壁面のリモコンへと目をやった——瞬間、私は凍りついた。
「止」ボタンのプラスチックが、無残にも欠けているのだ。歴代の挑戦者たちが、反応の鈍い機械に対して怒りの咆哮と共に叩き込んできた「執念の跡」。これを目にした瞬間に悟った。ああ、この一台は「地雷」だ。
私はゆっくりと人差し指を伸ばした。
一回目。
普段通り、ごく自然にボタンの中央をプッシュする。……沈黙。水流は一向に止まる気配を見せない。
二回目。
今度は指先に体重を乗せ、先ほどよりも強く押し込む。だが、ボタンは硬質な手応えを返してくるだけで、水流を止めようとはしない。それどころか——。
私の下半身を襲っていたぬるめの温水が、じわりと温度を下げていく。
ああ、なるほど。
こいつは常に一定の温度を保てない、旧式のタンク方式というわけか。先ほどまでの温かみは、あくまで最初だけのサービスに過ぎなかったらしい。
この冷徹な裏切りに対し、私はウォシュラン採点者として即座にマイナス10点の裁定を下した。合計17点——ウォシュラン史上、稀に見るワースト記録である。
止まらない上に、冷水という追い打ち。この二重の裏切りに、私は採点者として、そして一人の人間として絶望的な憤りを感じた。
何より恐ろしいのは、「このまま止まらないのではないか」という最悪の予感だ。
センサーで止まるだろうとは分かっている。だが、私という人間は、今まで生きてきて「止」のスイッチを介さずに便座から立ち上がったことなど一度もないのだ。
私にとって、それは聖域に対する冒涜に等しい。もし立ち上がった瞬間にセンサーが誤作動し、あるいは反応が遅れ、水流が壁を薙ぎ払い、あろうことか私の服を濡らしたら……? 濡れた服のまま仕事に戻るという屈辱、そして社会的な死。さらに言えば、このまま止まらない水流を前に、店員を呼び出し「あのーすみません、ウォシュレットが止まらないんです」と赤面して告白しなければならない事態を想像しただけで、背筋が凍る。そんな恐怖の情景が、冷水を浴びる下半身の感覚と混ざり合い、脳内で鮮明に再生される。
三回目。
私はもはや、機械に対する敬意を捨てた。
空手の正拳突き——。その一撃をボタンの一点に集中させて放つ。
『押す』だけに「押忍」と心の中で短く、しかし鋭く氣を吐き、その欠けたプラスチックを打ち抜いた。
交わされたか。
四回目。
押ーー忍‼️
その魂の一撃に、ようやく観念したのだろうか。
冷徹な噴射は、まるで何事もなかったかのようにプツリと途絶えた。
あまりの静寂に、私は便器の上でしばし虚脱した。
何年もの間、故障という名の時限爆弾を抱えながら戦い続けてきたのだろうこの一台。
その健気さと滑稽さに、私は「もののあわれ」ならぬ「トイレのあわれ」を深く感じずにはいられなかった。
私は静かに席を立ち、試合後の如く深々と便器に一礼した。
「今日のところは、私の勝ちだ」
個室を出て祝杯の水を買い、店を後にする。
外は梅雨が明け、夏本番の熱気に支配された昼下がりだった。
クーラーの風も届かない個室空間で、私は一試合終えたアスリートのような充足感に包まれていた。
額からも体中からも激しい汗が噴き出している。だが、不思議なことに、私のお尻だけはあの気まぐれな機械が残した冷水によって、最後までしっかりと冷やされていた。
思えば、私は今日この場所で、ウォシュランの採点者として冷徹な審判を下し、爆弾処理班として命懸けの解除に挑み、そして空手の選手としてその戦いを制した。
この奇妙な熱狂と静寂のコントラストこそが、私の日常だ。
私は再び、仕事という名の次の現場へ向かって車を走らせた。
