旅路の果ての電源オフ。サービスエリアで待った、5分間の聖戦
「ウォシュラン採点官の日常」#2
私はこれまで、地元コンビニのトイレを「ウォシュラン」という独自の基準で格付けし、日夜その精度を高めてきた。
水圧、温度、水流の質。
この三要素をもって、私は各地のトイレを厳格に裁いている。
なかでも、
わが家から徒歩5分圏内にある某セブンイレブンは、
計85点を叩き出す殿堂入り店舗である。
私はそこに、買い物という名目すら曖昧なまま、ただ至高の体験を求めて足を運ぶことがある。
これは遊びではない。
日々の暮らしを支える、極めて重要なインフラ調査である。
さて、舞台は変わり、旅先の話である。
旅に出ると、私のウォシュラン採点官としてのアンテナは、普段以上に鋭敏になる。
本来ならば、飲食店の個室トイレに添えられた季節の一輪挿しや、
丁寧に整えられた手拭きペーパー、
三角折に至っては、名もなき先人が「次の人のために」と祈りを込めた美徳の結晶だ。
深い敬意を表したい。
近ごろでは「あれは不衛生だ」と嘯(うそぶ)く自称潔癖症もいるが、
あなたの身体には数兆個の細菌が常在しているのだ、それを知れ!と言いたい。
話を戻すが、
旅先のコンビニやサービスエリアにおいては、そのような繊細な装飾はいったん脇に置く。
重要なのは、ただ一点。
ウォシュレットが、私の要求に応えるかどうか。
それだけである。
真夏の日の家族旅行、
高速道路を走っていた私の腸内で、
突如として臨界点が突破された。
腹の奥で、何かが静かに、しかし確実に、国境線を越えようとしていた。
「サービスエリアまであと1キロ」
その標識が視界に入った瞬間、世界はモノクロに反転した。
1キロ。
通常であれば、わずかな距離である。だが、そのときの私にとっては、シルクロードにも匹敵する果てしない旅路だった。
車内はクーラーにより快適な温度を保っているが額には冷や汗が滲み、
ハンドルを握る手には不自然な力が入る。
会話は消えた。
音楽も聞こえない。
車内の空気は、ただひとつの任務、
到着すること。
それだけである。
1キロという距離が、永遠の旅路のように長く感じられる。
意識や体中は便意のコントロールというミッションに捧げられていた。
ようやくサービスエリアへ滑り込んだ。
駐車枠など、もはや文明人が作り出した幻想に過ぎない。
私はどうにか車を停め、ドアを開けた。
ここからが真の戦場である。
走ってはいけない。
走れば、上下動が生じる。
上下動は揺れを生み、
揺れは決壊を招く。
人類はこの単純な物理法則の前では、
あまりにも無力だ。
かといって、ゆっくり歩いている余裕もない。
そこで私は、モデルがランウェイを歩くように背筋を伸ばし、
歩幅を半分に抑えながら、
速度だけは通常の1.5倍という、
極めて高度な歩法を選択した。
名づけるならば、「高速優雅歩行」。
横から見れば、やけに姿勢の良い男が冷や汗をかき、
下半身だけ微妙に緊張させながら、
妙なリズムでトイレへ吸い込まれていく姿であったことだろう。
家族はその背中を見ていた。
父はなぜ、あんな歩き方で消えていくのか。
家族はその背中を見ていた。
私がトイレに向かっていることは、もちろん知っている。
だが、その後ろ姿がただの「トイレへ行く父」ではないことも、彼らには伝わっていたはずだ。
背筋だけは妙に伸びている。
歩幅は不自然に小さい。
しかし速度だけはやけに速い、
それが「高速優雅歩行」。
その姿は、限りなく危険な状態にある人間が、一ミリも漏らしてはならない!
最後の尊厳だけをかろうじて保ちながら
聖戦へ向かう、悲壮な行軍であっただろう。
そして家族にとっては、その悲壮さが、たぶん滑稽に映っただろう。
だが、こちらにも事情がある。
これは遊びではない。
旅の安全を守るための、緊急整備であり、同時にウォシュラン採点官としての現地調査でもあるのだ。
個室へ到着した私は、
ようやく人類としての尊厳を保ったまま着座に成功した。
なぜか息を止めながら
手際よくベルトを外し
ズボンとパンツを一緒に脱ぎ、
便座に座った瞬間のあの安堵といったら何者にも形容しがたい。
半公共施設であるサービスエリアは個人店舗にありがちな「節電」という名の小さなケチからは解放されているはずだ。
私はそう信じて疑わなかった。
しかし、操作パネルを見た瞬間、私の心は凍りついた。
――電源オフ。
嘘だろう。
これは、ただの節電ではない。
紙の時代から水の時代へと進化した人類の歴史を、便座の上で逆回転させる暴挙である。
真夏だからなのか。
暑いから、水でも構わないだろうとでも思ったのか。
否。
冷たい飲み物は歓迎する。かき氷もよい。冷やし中華も結構だ。
だが、冷たい洗浄は違う。
そこを一緒にしてはいけない。
私は暑い日こそ、
鍋や辛いものを食べる人間である。
季節に従うだけが風流ではない。
あえて逆らうことで見えてくる旬もある。
そして何より、あの場所に冷水は似合わない。
家族は車で待っている。
私はそれを知っていた。
しかし、ここで妥協すれば、旅の快楽は半減する。
いや、快楽どころではない。
私はウォシュラン採点官として、未完成のデータを持ち帰るわけにはいかない。
電源を入れた。
待つことにした。
個室という名の聖域で、
私はひとり、
便座の上に座り、
カウントダウンのランプを見つめた。
1分目。
怒りがあった。
誰が切ったのか。
なぜ切ったのか。
そこにどれほどの節電効果があるというのか。節約された数円の電気代と引き換えに、
何人の旅人の尻が、失望という名の冷風にさらされてきたのか。
2分目。
祈りが始まった。
頼む。
早く温まってくれ。
家族よ、まだ気づかないでくれ。
いや、気づいているかもしれない。
すでに車内では「遅くない?」という会話が始まっているかもしれない。
3分目。
悟りが訪れた。
私はなぜ、
ここまでして洗われたいのか。
紙では足りないのか。
人類はいつから、
ここまで温水に甘える存在になったのか。
しかし同時に思う。
一度、文明のぬくもりを知ってしまった者は、もう原始には戻れないのだ。
4分目。
罪悪感が湧いた。
旅の途中である。
家族を待たせている。
楽しい一日の流れを、
私はいま、ひとりの個室で止めている。
だが、戻れない。
ここまで来てしまった以上、
途中退場はあり得ない。
登山でいえば、すでに八合目である。
いま引き返すのは、山に対しても、尻に対しても失礼だ。
5分目。
ランプが、ついに準備完了を告げた。
その瞬間、個室の空気が変わった。
長い沈黙の果てに、文明は再び私のもとへ帰ってきたのである。
いざ、決行の時。
背後から放たれた熱い水流が、私の「0」の的にジャストミートした瞬間、脳内に静かな鐘が鳴った。
ああ。
これだ。
この温度。
この圧。
この、長旅で乱れた魂の襟を正してくれるような一点突破の慈悲。
私は目を細め、
口を無意識に「0」の形にしながら、
ただ深く受け入れた。
それは単なる洗浄ではなかった。
待った者だけに与えられる、遅れてきた祝福であった。
【今回のウォシュラン:某サービスエリア】
まず断っておきたい。
ウォシュランの基本採点は、いかなる旅先であろうと揺るがない。
水圧の階層、35点。
温度のホスピタリティ、45点。
水流の質、20点。
合計100点満点。
そこに、現地特有の事情に応じて特別加点・減点を加える。
これが、私の採点官としての最低限の矜持である。
水圧の階層:32点/35点
申し分なし。
強さの「向こう側」は、確かに見えた。
旅先のサービスエリアとしては、かなり高水準である。
温度のホスピタリティ:38点/45点
電源投入後の仕上がりは極上だった。
だが、そこに至るまでの待機時間は看過できない。
最初から温まっていてこそのホスピタリティである。
水流の質:17点/20点
鋭さと包容力のバランスが絶妙。
細すぎず、痛すぎず、しかし確実に仕事をする。これは評価に値する。
小計:87点/100点。
本来ならば、殿堂入り候補に近い数字である。
しかし、ウォシュランは設備だけを見るものではない。
そこには、使用者の体験、
現地での緊張、
そして採点に至るまでの物語も含まれる。
【特別減点】
電源オフによる信頼失墜:-30点
これは重い。
文明施設として、あってはならない初動の遅れである。
家族待機ペナルティ:-10点
私ひとりの快楽と調査のために、
車内の時間を止めてしまった責任は小さくない。
待った自分への虚しさ:-5点
私は何をしているのだろう、
という問いが一瞬よぎったため減点。
最終評価:42点。
点数だけを見れば、合格点には遠く及ばない。
だが、記憶には残る。
ウォシュランとは、単なる設備評価ではない。
水圧や温度だけで測れるものでもない。
そこには、便意との戦い、
電源オフという裏切り、
家族を待たせる罪悪感、
そして5分間の沈黙を経て得られる解放まで含まれている。
これは遊びではない。
旅先における、尻の民俗学であり、文明の現地調査なのだ。
個室を出た私は、すっきりとした表情で駐車場へ戻った。
ただ用を達した男の顔ではない。
ひとつの調査を終え、
採点を完了し、
現場から無事に帰還したウォシュラン採点官の顔である。
車に近づくと、家族がこちらを見ていた。
そして、なぜか笑っていた。
どうやら私がトイレへ向かうときの、あの「高速優雅歩行」が、車内でしばらく話題になっていたらしい。
「さっきの歩き方、何?」
そう言われた瞬間、私はすべてを悟った。
彼らの中で私は、聖域へ向かう巡礼者ではなく、ただ変な歩き方でトイレに消えていった父であった。
だが、それでいい。
見える者にしか見えない戦いがある。
語らぬ者にしか守れぬ尊厳がある。
そして、採点官には採点官の孤独がある。
殿堂入りのセブンイレブンには遠く及ばない。
だが、旅路の果てで出会う未体験のウォシュレットを格付けし続けることこそが、私のお尻に課せられた使命なのだと、私は改めて確信した。
その日、私は家族を待たせた。
旅程を少し乱した。
しかし、尻の尊厳だけは守り抜いた。
それが正しかったのか、今でもわからない。
ただ一つ言えるのは、
あの水流は、確かに熱かった。
