小児病棟での6年間
大学卒業後、地元🏝️に帰ってきた私。
地元に帰ってきた理由は、
結婚を考えていた彼が同郷だったから、
そして、それ以上に、
鹿児島で看護学生として実習した時、
"方言"と"地域性"にとても苦労したから。
少子高齢化社会、看護の対象は
殆どが成人、そして高齢者。
看護実習において、患者さんと話をする時、
方言がある地域、方言が強い地域は、
まぁ本当になんと言っているのか理解に一苦労😂
そして、"どこどこのさ、〇〇が〜"と言われても
全っく、わからない🤷♀️
こりゃコミュニケーションとれない!私!🙅♀️
と強く感じたから。
この視点は、病院選び、看護の対象選び
として、いい選択だったかなぁと今では思う😉
私の地元は、
陸の孤島🏝️と言われるような場所なので、
だいたい、大きな病院といえば ここ。となる。
"新卒で教育体制がしっかりしてそうな所"
という、理由で
一般的には、大多数が病院見学に行って、就職先を決めるけれど、
私は病院見学にも行かず🤣、2つの病院に志願し、内定を頂いた病院に就職した。
看護師でよかったなと思ったこと、
圧倒的に就活が楽。
よく面接何十個受けました!とか、見たり聞いたりするけれど、私達、看護師はそういう経験した人はいないんじゃないかな。特に新卒。
(経験した😤💢とか、気分害する人いらっしゃったらすみません)でも少なくとも、私の周りはそう。
ここは、"看護師の強み"かなと思う。
話は戻り、
前Epでも話したように、
私は、子供がとっても大好き♡
そして、海外にも強く興味があり、
いつかカンボジアの孤児院にいって子供たちの為にボランティアしたいなぁ、とか
虐待を受けている子供のために力になりたいなぁとか漠然と考えていた時期もあった💭
そのため、中高どちらかの時に、知人を通して、
児童養護施設に足を運んだ事もあった🧐
そもそも、どうして看護の道に進んだのか、
という所は、
前回と重なる部分もあるので省略するけれど、
薬学であっても、看護であっても
医療に関わりたかった、そして人と接する仕事、
人の役に立つ仕事につきたいな、と思ったから。
悩んだ国際、心理、保育分野は、
結局、自分が想像する、
その時の自分が 人の訳に立つ を体現できる分野ではないのかな、と感じたから、最終的に看護を選んだ。(数学が1番苦手だけど、理系でした♡)
そう決めた、看護学科への進学。
でもいざ実習を経験したりすると、
私は本当に、看護の道に進んでいいのか、
と思い悩みながら、通い、卒業した大学4年間。
だけど小児看護だけは🤣、
唯一学生時代から好きでちゃんと勉強していたように思う。(卒論、ゼミも小児だった)
子供が好きだと、病気に苦しんでいる姿をみる
小児看護は辛い😢という方もいらっしゃるけど、
私は、苦しんでいるからこそ
よくしてあげたい、という思いの方が強かった。
結論、トータル、新卒から6年間
小児病棟で看護師として働かせて頂いた。
私の病棟は、県内から色んな病気の子どもが
集まって入院しているような病棟だった。
三次救急だったため、重症患者が多かった。
主に血液疾患、循環器、腎臓、神経系、内分泌系、
その他外科系(耳鼻科、歯科、小児外科、整形、形成、皮膚科、救急などなど)の患者さんをみることが多かった。
重症の患者が多かったため、
呼吸器が必要な子どもや、
お家に帰っても看護が必要(訪問看護)な方が多く、
親への在宅指導だったり、地域連携も重要な病棟だった。
悲しいことに、状態が悪化してしまって、
ICUへ連れて行ったことも何度もあるし、
看取りをした経験もある。
小児病棟での経験は、
学生時代には思い浮かばなかった事ばかりだった。
むしろ想像できていたことは何一つない。笑
小児病棟は、親が付き添いをすることが多い事から子どもだけでなく、親も看護の対象となり
家族看護がとても重要となる。
(退院してお家でみていくのも、親や家族だから指導も必要😌)
その為、子ども以上に、親へのケアも凄く大変だったし、とても重要な事だなぁと感じた
6年間だった。
私は、血液疾患(主に白血病)の看護に特に興味があって、造血幹細胞移植分野(骨髄移植とかの話)を深める為に、県外に研修に行ってみたり、
在宅ケアがとても好きで、在宅指導の勉強も沢山した(管理料、とか)。
小児分野は、満遍なく知識が必要だから、
満遍なく勉強した。
(ここは後々、活きてきて良かった点の一つ)
(小児科🟰オールマイティな感じ)
だから、学生時代よりも現役になってからの方が、
正直沢山勉強した📚
学生時代のテスト用の勉強と、
臨床、現場で役に立つ勉強ってやっぱり
異なる部分も多いかな〜と私は思う。
就活は楽っていったけれど、
勉強は生涯、な仕事だと思う。
やっぱり 人の命を守る仕事だから、
知識や技術はどんどん新しくなり、変わっていく。
そこに関しては、学んでいく姿勢、
そして学びたいと思う意欲は必要かもしれない。
(働く場所、にも寄るけれど。)
ちなみに、学生の勉強で1番役に立つと思うのは、
圧倒的 心電図!
私、今でも苦手🤣笑
心電図だけは 臨床に向けて、学生さん頑張って学んでいた方が後々役に立つよ💛
入職時は、大ベテランばかりの病棟だったから
まぁ厳しくて...😂😇
座ったら怒られるので座れない、
先輩より早く帰るなんてことはできない、
ここは軍隊か?!😱と
毎日本当にびくびくしながら仕事に行ってた😇笑
病棟会とか、本当に新人の公開処刑でしかなくて
今でもあの時の空気感は忘れない😂泣笑
だけど、プリセプターや
その他の← 優しい先輩方、同期、後輩
そして何より先生方が本当に優しくて😭熱心で😭
いつも助けてくださったこと、
そして何より、子ども達の笑顔に支えられて
乗り越えてこれたかなぁと思う。
赤ちゃん👶かわいい!✨💕😮💨
だけじゃやっぱり収まらず、
時には精神疾患で子どもであっても
人格が豹変し、夜暴れだしたり、
(注射器で刺されるかと思った)
モンペアに、超理不尽理由で長時間怒鳴られ詰められるような経験もあった(これが何だかんだ一生忘れないかも🤣爆 ティッシュ事件😂)。
あまりにも辛くなって機材庫に逃げて隠れて泣いてたら、その時の研修医の先生がこっそりティッシュ持ってきてくれて、優しさにより泣いた🥲🥲🥲泣笑 (オフィスラブではないです♡笑)
お薬飲めなくて ぺっ!とかは日常茶飯事。
こけることでの転倒、点滴抜去、胃管抜去とかの
インシデントは山ほど😃
忍耐と寛容さは凄く鍛えられたかもしれない☺️♡
色々厳しいことも勿論あったけど、
子どもを、患者を絶対に治していこう、と
どの職種もみんなが一生懸命に頑張って取り組み、話し合いとかも蜜に行うような環境だった。
私は、これが当たり前な環境だと思っていたし、
その環境が好きだった。
時には、そんな優しい先生方に
対応がほんの少し遅くて激しく怒られたこともあった。
だけど、医療現場、命を守るための現場、として
とても有難い指導だったと思う。
熱心な先生方が、わざわざ時間外に
ケアの仕方だったり、勉強すべきことに関して
教えてくれた事も何度もあった。
聞いたら納得するまで教えてくれた。
私は、看護師生活をここでスタートできて
基礎を築きあげれたことが
とても幸せな事だったと思うし、
有難い事だったなぁと今、振り返ってみて
思い、感じています☺️
お世話になった方々、
本当にありがとうございました😭💕!
じゃあどうして、
そんな小児病棟を異動したかというと、
小児病棟で学べる看護技術に限界があったこと。
そう、採血とルート確保は主にドクターがするので
看護師はしなかったのです🥺💦
(理由は、処置において、命の危険がある子も
いるから)
(小児科でもナースが採血をする所もあります!
これは要確認!)
そして看護師は、科が変わるだけで
もう新世界、全く別世界になります😃
あとですね、白衣の天使👼は実際には
極少数、極稀です、どちらかというと悪魔👿が多いです。
🤣😂🤣
仕事内容は、とてもやり甲斐のあるもので
好きだったけれど、
結婚して子育てをしていきたい、
と今後キャリアを考えた時、
残業も多く、時間外労働も多く、
心身のストレスが大きい
ここの病棟で働き続けるのは難しい。
そして夜勤なんてもっと無理😭🥲🥲
そう思った時、転職活動に採血技術が
必要になる、と感じたのと、
小児看護のスペシャリストになるべきなのか、
だけど、
大人も看護できる看護師のほうが需要があるのではないか、と悩んだから。
そして、そもそも私は看護師が自分に合っているのか、わからなかったから。
小児病棟勤務中に、コロナ禍も経た。
大きい病院だけど、田舎の病院、というのもあり、
また地元の地域性、県民性というのもあり、
私はその時期 精神的にとっても苦しかった。
友人や家族と食事をするのも許されない。
出かけるなんて論外。
ただ職場と家の行き来だけ。
社会的にokになっても、
旅行に行けば、吊し上げられる😂
(看護部とバトルまで発展した事も🤣笑)
(超無意味な、感染予防という名の自宅謹慎まで
経験した😂🤣😂)(こんなこともあったなぁ)
2〜3年退職自体悩んでいたんだけど、
まずは異動して環境を変えてみようと思い、
異動希望を出し、外科に出したけど、
当時人が少なくて、人材が必要だった
血液内科に 異動となった。
その血液内科が、
後の私の看護への思いに影響してくるのだけど、
また 次に
お話しようと思います♡
小児看護を経験して 良かったなぁと思うのは、
やっぱり子ども達の成長を、
我が子のように一緒に感じることができたこと。
辛い病気を乗り越えて、
元気になって退院して、
ライフイベントを経ていく姿を見れるのは、
私もとても嬉しく、幸せに感じた☺️
お母さん達と話をするのも、私は大好きだった☺️
元気で居てくれてるかなぁとか、今でも思う。😌
成長発達に合わせて看護するのは
やっぱりとっても難しかったけれど、
看護してるぅ〜!っていうやり甲斐は
とっても感じられたかも。
辛いことも本当に沢山あったし、
失敗も沢山沢山したし、
命の儚さにやり切れなさを感じる事も沢山あった。
だけど、今振り返ってみて
あの場でやり残した事は何もないかな☺️
精一杯頑張った 6年間でした☺️♡
小児病棟を通して出会った皆様に
感謝します♡
今回は、医療分野メインだったけれど、
ここまで読んでみてくださった皆様、
本当にありがとうございました♡
プライバシー上、写真も載せられず、
文字ばかりでごめんなさい🙏
少しずつだけど、
私の言葉で 思いをまとめていきます♡
もしよかったら、興味を持ってくださると
嬉しいです☺️💖
小児看護分野に興味ある方、
質問ある方、いつでもコメントください📝
私がお答えできる範囲で、
お返事させて頂きます♡
では、また次の投稿で〜☺️💕
