「英語を舐めるな」系の言説について
そんな方法はない。
— 英語オタクMiyu (@eigo_miyu) May 5, 2026
なめるな。
隙間時間だけでは英語は話せるようにならない。
少なくとも私ならその道は選ばない。代わりに英語の優先順位を上げる。
子育てなどで優先順位が固定されるなら、時期を数年ずらす。今、話せるようになることをまず目指さない。… pic.twitter.com/moYMb9FXfG
noteを徘徊していたら↑のようなツイートが話題になっているのを何度か見かけました。
私はツイッターアカウント持ってるだけで最近はほぼ全く見てないのですが、この手の体育会系(?)のノリが嫌いなので今日はその話をしようと思います😂
最初に断っておきたいのですが、今回の記事で私が書こうと思っているのは「英語を舐めるな!」系の言説全般についてであり、↑のツイート主個人に関してはぶっちゃけ恨みもないし全く知らないし特に個人叩きのようなことをするつもりはございません。
結論:好きにやればよくね?😂
私はまずこの手の「英語学習とは人生をかけてメチャクチャ努力しないといけない営みである」みたいな発想自体が嫌いです。
別に好きにやればいいじゃないですか。何故か「継続しないといけない!」「毎日やらないといけない!」「単語帳を完璧に暗記しないと!」「本気でやらないと!」「舐めるな!」みたいな人が日本には大量にいるのですが、個人的にはそういうの超どうでも良いです😇
いえ、あなたが外交官とか通訳とかメチャクチャ高い英語能力を要求される職につきたい、とかそういう場合であれば物凄い努力が要求されるのは分かります。でもそれって外科医でもフィギュアスケーターでも高いスキルが要求されるという点では同じです。
逆に言えば、専門職のスキルにするつもりがないなら好きにやればいいということです。どうも日本では英語が謎に神格化されており、職に使う予定もないのに異常な高レベルを目指そうとする人々が溢れている模様です。
英語やりたければ今この場で15分でも30分でも好きに試してみれば良いのです。洋画の気に入ってる台詞を真似してみるもよし、オンラインの英語の記事をAIに手伝ってもらって読んでみるも良し。アルファベットを改めて覚え直したければもちろんそこから始めても良しです。
んで、その後継続するとか毎日やるとかそんなことは考えなくて良いと思うんですね。テレビゲームでも漫画読むとかでも何でも同じだと思いますが、面白ければ毎日やるし、飽きるまで続きます。忙しくてゲームする暇がなかった日に「うわぁ!ゲームの毎日継続が途切れた!オレは何やっても続かないダメ人間だ!」とか言い始める人はいないと思われます。
その一方で、必要性のあることというのも基本的に人は毎日やります。例えばですが、皆さんは基本的に毎日食料と水を口にするはずです。なんでかっていうと、そうしないと空腹で辛いし最悪氏ぬからです。逆に英語の学習が続かないという人は英語が出来なくても特に問題が生じないからそもそも続ける必要がないわけです。
要するに、英語学習が続くというのは「興味や必要性による結果」であって、興味も必要性もないならそもそも続ける必要ないわけです。継続そのものを目的化するというのは個人的には意味不明だったりします😇
そもそも英語ってそんな大したもんじゃないよ😇
インターネッツで毎日のように海外コンテンツを消費したり外国人とやりとりしたりしていて思うのですが、英語ってそんな大したもんじゃないですよ正直😂
確かに習得に時間はかかりますが、誰もそんな高レベルは要求してきませんし、ペーペーの時は堂々と失敗していればいいんです😇 失敗しないで英語が出来るようになりたいと思うなら、それ自体が間違いです😂
そもそも海の向こうの人たちがフツーに英語を使っているのは、逆説的ですが「英語が特別すごいもの」ではないからです。
例えばですが、日本語で何かする場合でも、重要な面接とか社運をかけたプレゼンとかそういうのをやる時に緊張のあまり言葉がでなくなったり上手く話せなくなったりする人というのは多いと思います。これは「日本語を話すのがメチャクチャすごいこと」だからではなく、その面接やらプレゼンやらがメチャクチャ特別な意味を持っているからです。「英語を話すのが特別すごいこと」という認識を持っていると、英語を話すありとあらゆる機会が社運をかけたプレゼンと化すわけですから、そりゃ話せるものも話せません。
私の英語の能力はぶっちゃけガバガバで、知らない単語や表現も山ほどあるし、文法も「that節って何?」とか言うレベルですし、3単元のsとか毎日忘れますが別にそれで支障なく英語を使えているわけで。
ちなみに、SNSとかカジュアルな場ではネイティブスピーカーがスマホの予測変換の間違いで意味不明になった英文を送りつけてくることが以前より増えた気がします。
場所によって何がすごいと思われるかは変わってくるので、日本で「英語が出来るなんてすごい!」みたいに思う人がたくさんいることは特に否定も批判もしません。
その一方で、「英語を舐めるなァ!」みたいなことを言ってるガチ勢、要するに英語がメチャクチャできそうな方々が英語をなにかことさら特別なスキルであるかのように言っているのは正直謎です。教材とか日本人学習者の集団の中でしか英語使ってなくて、実際に英語で何かした経験に乏しいのかな?とか邪推してしまいます。実際のところどうなのかは知りませんが、外国人としょっちゅう接して英語使ってたらむしろ英語の特別感って薄れていくんじゃないかと思うのですが。
英語は特権?
話がどんどん脱線していきますねぇ!🤣
私が日本の英語界隈見ててうっすらと感じるのは、「英語がメチャクチャ出来る=特権」みたいな雰囲気です。なんでしょうね、なんか「レベルの高い教養人クラブ」みたいなものがあって、メチャクチャ努力しないとそのクラブに入れない、みたいな。
昔の中国や朝鮮でやってた科挙みたいなものでしょうか。あるいは中世ヨーロッパのラテン語分かる勢みたいな。
「英検1級はスタート地点!」みたいな言説もしょっちゅう見かけますが、これって穿った見方をすると「英検1級に合格してない奴はスタート地点にすら立ててない」って言ってるのと同じとも言えます。まぁなんてsnobbishなんでしょう😇
インターネッツで私みたいな引きこもりですらいくらでも英語使える時代において、未だに英語が特権階級へのチケットか何かみたいな扱いをされているのはなかなか香ばしいです。
英語に関心があるけど自分には難しいんじゃないかとか思っている皆様方におかれましては、「将棋をやる人間は全員実力が藤井聡太レベルになっていないといけない」なんて法律は存在しないということを知っておいて損はないと思われます😇
まとめ:好きにやればよくね?(2回目)😂
英語学習界隈の一番の問題点は、英語教師とかコーチとか「英語そのもので生計を立てている→英語が死活的に重要」みたいな人が「英語の優先順位が低めな人」に「舐めるなァ!」みたいなことを言いがちなことな気がします。
私自身は英語フツーに出来ますしその便益を貪っている側の人間ですが、別に日本人全員が何が何でも英語をやらねばならぬとも、必要性も興味もない人が無理やりモチベーションを保って継続しないといけないものだとも思いません。
やるかやらないかは人の自由ですし、どんな頻度でやるか、どれくらい続けるか、なんのためにやるか、どんな方法でやるか、とか基本何でも自分の好きにやればいいんじゃないの、と思っています。
再度注意ですが、外交官とか通訳とかメチャクチャ高い英語力が要求される職につきたい人はそりゃもちろんメチャクチャ努力する必要があります😇
が、私のnote記事は特にそういう高い目標がなくてただ何となく英語に興味があるという方に「やりたいことを好きにやればいいじゃない!!」と軽率に言いふらすだけのものなのでご了承ください😂
ニューヨークの大企業でバチクソ英語の商談をするための学習法とかそういうのはここでは扱っていません。だってワイそんなんやったことないもの😂
いいなと思ったら応援しよう!
気が向いたらよろしくお願いいたします。いただいたチップは生活費や洋書の購入に充てさせていただきます🙌