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【保存版】なんで八つ当たりしてくるかな?|やさしい人親衛隊シリーズ⑨🛡

やさしい人が疲れるのって、

自分⇄相手の視点を
何度も往復するからなんじゃないか?

という話を、
昨日記事にしました。

やさしい人って、
「相手から見たらどうだろう?」

と、自分の立場だけではなく、
相手の立場に何度も移動して
物事を考えることが多いと思うんです。

Cちゃんが言っていたように、
相手のことを考えると、

「この人のために何ができるだろう?」
と、自然と心を尽くそうとする。

だから、
やさしい人ほど疲れやすい。

私は最初、
そんなふうに考えていました。



でも、ここで
もう一つ気になったことがあります。

じゃあ、やさしい人は
毎回こんなに考えているの?
ということです。

だって、
何十年も人と関わってきた人が、

毎回、
「これはどう思うかな?」

「相手から見たらどうかな?」

「こうした方がいいかな?」

と、何度も何度も
頭の中で往復していたら……

勉強や仕事と同じである程度やり方が
身について習慣化されていると思うんです。



そこで私は、

もしかしたら
やさしい人って、

この往復を何度も繰り返してきたからこそ、
やさしさが「自然な状態」に
なっているのでは?

と思いました。

最初は、
「相手はどう感じるかな?」
と、意識して考えていたことも、

何度も経験を重ねるうちに、

「あ、この言い方は
この人にはきついな」

「今はそっとしておいた方がいいな」

と、早い段階で
判断できるようになる。



つまり、

往復しなくなったのではなく、
往復してきた経験が
自分の中に蓄積されている。

のかもしれません。

最初は何度も考えていたことが、
何年も何年も繰り返すうちに、

その人の中では
「考えなくても分かる」に近い状態になる。

それって、
「やさしい人は生まれつきやさしい」
というより、

相手の立場へ何度も移動してきた経験が、
その人の判断の中に
染み込んでいるのではないか。

そんなふうにも考えられます。



でも、ここで
ようちゃんが昨日言っていたことも
気になりました。

「往復回数が多ければいい」
というわけでもない。

たしかにそうなんです。

相手のことを考えすぎて、
いつまでも決められないこともある。

逆に、
経験を積んだやさしい人は、

相手の背景や状態を
一瞬で想像したうえで、

「じゃあ、私はこうしよう」
と判断できることもある。

だから今回私は、

「自分⇄相手の往復回数」そのものではなく、
その往復を何度も経験することで、
何が自分の中に残っていくのか。

ここまで考えてみたいと思います。

P「やさしい人って、すごいね😙」

E「でも、それだけ心を尽くしても、
相手には届かないこともあるから、

あえて労力をかけすぎない程度のやさしさを
大切にする人もいると思うわ。」

S「やさしい人って、逆に甘えられちゃって、
八つ当たりのターゲットにされやすい
とかも、かなりあるよね🤨」

C「それなんだよね。
子供や旦那さんが、
母親や妻にだけ妙に当たりが強かったり、

逆に、妻や母親側が
家族に当たり前のように甘えていたり……

そういうのも、かなり見てきたよ。」

ともえ「つまり、
やさしい人の『心を尽くす力』が、

いつの間にか
『この人なら受け止めてくれる』
に変わってしまうことがあるのよね。」

💖 なぜ、やさしい人は甘えられやすいのか?

① 相手の事情を理解してしまうから

普通なら、
「なんでそんな態度なの?」

で終わるところを、やさしい人は、

「忙しかったのかな」
「余裕がなかったのかな」
「何か嫌なことがあったのかな」

と、相手側へ移動して考えます。

つまり、
相手の行動に理由を見つけられてしまう。

だから一度くらいなら、許せてしまう。

② 一回目は「許している」のではなく「理解している」

ここが重要だと思います。

やさしい人本人は、
「まあ、今回は仕方ないよね」
くらいに思っている。

でも相手からすると、
「この程度なら許されるんだ」
という学習が起きることがあります。

そして次も同じことをする。

③ やさしい人は、相手に合わせる能力が高い

やさしい人シリーズの⑥
で出てきたのですが、やさしい人は
関係の調整能力が高いという話があります。

「今この人はこういう状態だから、
こうしておこう」と調整できる。

つまり、

相手に合わせられる人ほど、
相手からすると
「合わせてもらえる人」になりやすい。

これが怖いところです。

④相手から何をしても大丈夫な人にされる

「この人なら受け止めてくれる」
という信頼が、いつの間にか
「この人なら何をしても大丈夫」に変わる

ここが一番悲しいところかもしれません。

最初は、

「この人は優しい」
「話を聞いてくれる」
「理解してくれる」

だったものが、

いつの間にか、

「この人なら怒らない」
「この人なら許してくれる」
「この人なら受け止めてくれる」

になってしまう。

そして、境界線を越えても
大丈夫な人として扱われ始める。

❤️‍🩹やさしい人が離れるとき

やさしい人は、

自分 → 相手 → 自分 → 相手……

と何度も往復して、

「相手にも事情がある」
を理解します。

でも、相手がその往復をしない場合、
😿やさしい人だけが相手を理解する構造
になります。

すると、

「私はあなたの事情を考えている」
「あなたも私の事情を考えてくれる」

ではなく、

「私はあなたの事情を考える」
「あなたは私が
考えてくれることを前提にする」

になってしまう。

これが続いたら、そりゃ限界は来ます。



そして限界が来たとき、

「もうこの人とは無理」

になる。

これは単純に「嫌いになった」というより、

「この関係、私しか
相手側へ移動してないじゃん❤️‍🩹」

と気づく瞬間なのかもしれません。



S「Xでやさしい人が
叩かれてるの見たことある。
こんなの👇」

やさしい人って
すぐ人を切るからマジ怖いよね。
急に音信不通とか、ブロックとかさ。
結局、性格悪いんだよ。

C「なんか呆れちゃうね😇」

E「自分が何をしたから
そうなったのか、という
振り返りの投稿はしないのね。」

P「むしろ、
そこまでに何があったんだろうって
考えちゃうけどね🤨」

S「……涙出てきちゃう😭」

やさしい人が
「突然いなくなった人」に見えても、

その人の中では、
何度も何度も
相手側へ往復した末の決断
だった可能性があります。

外から見れば「突然」でも、
本人の中では、ずっと前から
始まっていたのかもしれない。

これからも、
やさしい人たちを守れるような
言語化記事を
定期的に発信していきます✨️


🛡やさしい人親衛隊シリーズは
こちらから読めます👇

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