13歳からの100万円投資ゲーム「人生負けたら借金1億円」【第七章】
【第七章】「結果発表」
案内状の指示に従って、省吾がたどり着いたのは、森の中にある「こども夢証券」だった。13歳の頃から建物の様子は何一つ変わっていなかった。中に案内されると、真っ白な壁の部屋に通されて、そこには3つの椅子が並べられていた。天井に備え付けられていると思われるマイクから「お座りください」という低い声が聞こえてきた。
しばらくすると、絵美が入ってきた。YouTubeで毎日のように見ていたが、実物を見ると、その若々しさと美しさに驚かされた。「久しぶりね」とニコリと笑うと、椅子にゆっくりと腰をかけた。
数分後、扉が開くと、「何するんだ! やめろ! 離せ!」という声が聞こえてきた。振り向くと二人の大男に脇を固められて、健太が運ばれてきた。強引に椅子に座らされると、男たちは部屋から出ていった。健太は省吾と絵美の姿を見ると、バツの悪そうな顔して、「ちっ」と小さく舌打ちをした。
目の前の扉が開くと、3人の男女が現れた。一人はマイケル、残りの男女は、おそらく健太と絵美のファンドマネージャーなのだろう。天井から再び低い声が聞こえてきた。
「20年間の100万円の運用、ありがとうございました。みなさんに100万円を貸してから、ちょうど20年が経ちました。ここでバトルファンドの結果発表を行いたいと思います」
咳払いをしたのちに、天井の声は言葉を続けた。
「その前に、改めてルールの確認をさせていただきます。最も金融資産の多かった人は3人の金融資産を総取り、二番目に金融資産が多かった人は、現在の資産をすべて没収、そして三番目で、資産が最も増やせなかった人は、ペナルティとして、金融資産の没収に加えて、1億円の借金を背負ってもらいます」
その言葉を聞いて、健太が「ふざけんな!」と声を荒げた。13歳の子どもに100万円を貸し付けて、金融資産が増やせられなかったからといって、資産を没収したり、1億円の借金を押し付けたりするのはおかしいだろとまくし立てた。しかし、天井からの声はいたって冷静で、落ち着いたものだった。
「たった100万円かもしれませんが、13歳の君たちにとったら、今の1億円ぐらいの価値がある大金だったはずです。私たちも信用も資産もない、13歳のあなたたちに、100万円を出資することは、1億円以上のリスクがあったといえます。それを考えたら、君たちの親は凄いと思いませんか? 自分の子どもだという理由だけで、教育費に何百万、何千万円も投資しているんですからね。回収の見込みもないのに、こんな投資のやり方は、私たち証券会社で働く人間にとっては、とても理解できることではありません」
天井の声はさらに言葉を続けた。
「あなたたちには100万円の投資をした見返りとして、金融資産を一番多く増やすというゲームに参加してもらいました。これは金利というルールのもとで、お金を増やすのと同じことです。そのルールに従ってもらわなければ、そもそも投資が成立しなくなってしまいます。君たちはこのルールのゲームに参加した以上、それなりのリスクを背負ってもらう責任があるのです」
その言葉に健太は「それでも1億円の借金を背負わせるのは無茶苦茶だ」と声を絞りだした。天井から高らかな笑い声が聞こえてきた。
「そんな身勝手な都合が許されると思いますか? 金融資産を増やせなかった人は、私たちがリスクを背負って投資した100万円を、20年かけて期待を裏切り続けたことを意味しているんですよ。その100万円は13歳の頃に決意をして投資をしていれば、1億円にも、2億円にもなる可能性があった。それをしなかった人は、私たちに1億円の損失を生み出したのと同じことになります。13歳の100万円の価値は20年後の1億円と同じ価値なんです」
天井の声は「それでは、今回のバトルファンドの結果を発表します」と、言葉を続けた。
「1位は資産12億円の省吾君。よく頑張りました。小さい頃から投資の勉強をして、コツコツとお金を増やし続けて、学生の頃から起業をしたのは人生のリスクの取り方をよく学んだ証拠です。おめでとうございます」
天井の声は「2位と3位は同時に発表します」と言った。
「2位は健太君。金融資産200万円、3位は絵美さん、金融資産150万円。健太さん自身の金融資産はゼロでしたが、貯金をしていた奥さんと結婚したことで、共同の金融資産が200万円になりました。絵美さんは、YouTubeの収入が結構ありましたが、自腹で自分自身がモニターになっていた分、金融資産を思うように増やすことができませんでした。よって、2位の健太君は金融資産没収、3位の絵美さんは1億円の借金となります」
健太は「ふー」と大きく息を吐いて椅子に深く腰をかけた。「危うく1億円の借金を背負わされるところだったよ」と胸を撫でおろした。一方、絵美は目をつぶって、「仕方がないわね」と頬を緩めた。
「100万円をもらった時は、私も夢だったアイドルになる道が開けたと思ってワクワクしたわ。13歳の私にとったら、あの時の100万円は、1億円以上の価値があったと思う。だけど、そのチャンスを生かせなかったのは私の実力。そして、あの100万円がなかったら、今の自分はないから、ここで1億円の借金を背負わされることに後悔はないわ」
絵美の担当の女性のファンドマネージャーが「ここにサインして下さい」と1億円の借用書を差し出した。ペンを持って、そこにサインをしようとした絵美に、省吾が「ちょっと待った!」と声を上げた。
「結婚してください」
全員が省吾に目線を向けた。
「絵美さんと結婚すれば、僕の金融資産は絵美さんと共同になる。半分に割って絵美さんの資産は6億円。そうなれば、3位ではなくなくなるから、1億円の借金を背負う必要がなくなる」
すると健太が「ふざけるな!」と立ち上がった。「そんなことしたら、1位が同率になって、俺が3位でビリになるだろ!」と声をあげた。省吾は「大丈夫」といって、天井を見上げた。
「絵美ちゃんと僕が結婚したら、実質2人のバトルになるから、3位は不在になる。だから、健太も資産没収のみだ」
天井からの声はなかった。マイケルが「省吾君」と静かな声で名前を呼んだ。
「前に私が『信用は相手がいて初めて成立する』と言った言葉を覚えているかい? 今、省吾君は絵美さんにプロポーズしたけど、肝心な絵美さんの気持ちはどうなんだろうか? 結婚だって、相手の意思がなければ、成立しないだろ」
みんなの視線が絵美に向かった。絵美は表情を崩さず、じっと真正面を見続けていた。
【エピローグ】
35歳になった省吾は、子ども食堂で中学生に数学を教えていた。空き家のマッチングビジネスをしている頃から、子ども食堂の事業は構想として持っていた。しかし、当時の省吾はお金の増やすことしか興味がなく、慈善事業に投資する気持ちは持っていなかった。
しかし、バトルファンドを通じて、自分も次の13歳に投資する必要があると思うようになった。空き家を改築して、子ども食堂をオープンし、そこに夕飯を食べることができない子どもたちを集めて、食後に勉強を教える事業を始めることを考えた。13歳に100万円を投資することはできないが、数学という知識を身に付けることで、投資やビジネスに強い子どもを育成することは、社会に対する大きな投資になると思った。
子ども食堂と無償の学習塾をセットにしたビジネスは、省吾を信頼してくれた多くの経営者からの出資を受けることができた。今は全国5か所の自治体で、省吾の運営する子ども食堂は展開されている。
省吾の子ども食堂に、マイケルがやってきた。食堂で二人きりになると、ゆっくりと昔ばなしを始めた。
「絵美さんに結婚を申し込んだときは、驚きましたよ」
マイケルが切り出すと、省吾は「結局、ふられましたけどね」とおどけてみせた。
絵美は省吾の結婚を断った。絵美を支援し続けた泡盛のメーカーの社長と恋仲になっており、翌年には結婚する約束をしていた。「ありがとう。気持ちだけは受け取っておくね」と言うと、1億円の借用書にペンを走らせた。
「私が驚いたのはその後ですよ」マイケルが言葉をつなげた。
絵美は借金を返すべく、沖縄の食材や名産品を販売するネット通販を立ち上げた。30万人の沖縄好きのフォロワーは、すぐにネットショップで商品を買うようになり、絵美の立ち上げた会社は、たった1年で年商5億円の会社へと成長した。
「その会社の立ち上げに出資したのが、省吾君だったんですよね」
マイケルが言うと、省吾は「将来性のあるビジネスだったからね」と答えた。出資するだけではなく、ネット通販のノウハウを持つスタッフを省吾の会社から派遣することで、絵美の会社は加速して売上を伸ばしていった。
「先月、絵美さんは1億円の借金は完済しましたよ」
マイケルが言うと、省吾はコクリと頷いた。結局、「長期」に渡ってYouTubeでファンを作り、お客を作ることと、ネットショップを作ることの両方にリスクを「分散」し、コツコツと「信用」を積み立てていったことが、絵美の成功の要因だと思った。
マイケルは「恋愛も投資も同じなんですよ」と、省吾に言った。13歳の頃から面識はあったが、絵美とは「長期」に渡ってコミュニケーションをマメにとっていたわけではなかった。また、結婚生活がうまくいくかどうかを確認するために、デートをしたり、同棲をしたりして、別れるリスクを「分散」することもしてこなかった。自分を好きになってもらうために、コツコツと信用を「積立」しなければいけなかったのに、省吾はそれらの積立をせずにプロポーズをして、そして玉砕した。
「彼女を助けるために必死だったんだよ」
省吾は頭をかいた。マイケルは、「株も恋愛も、勢いで手を出してはいけません」と笑って答えた。
「『もしかしたら、プロポーズをしたら受け入れてくれるかもしれない』という運任せになってしまったことがよくありません。人間は未来を予測できない生き物ですから、『長期・分散・積立』の技術を使って、運に振り回されない未来を作る必要があるんです。リスクとリターンを考えながら、人生の投資をしていかなくてはいけません。未来というのは、常に人間が予想できないことが起きる仕組みになっているんですから」
マイケルはそういうと、省吾に顔を向けた。
「絵美さん、1ヶ月前に離婚したそうですよ。パートナーとは価値観があわなかったそうです。恋愛の長期、分散、積立をしていたはずなのに、本当に未来は何が起きるか分かりません」
マイケルは1枚の紙きれを省吾に差し出した。
「絵美さんの新しい住所です」
省吾はそれを奪い取ると、「マイケルは俺の一生のファンドマネージャーだよ」といって、勢いよく席を立ち上がった。
了
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