もうノートをパンっと開いて書いたらいいんだよ
描いたり、書いたり、イベントを企画したり。
好きでやっているれっきとした「趣味」なはずなのに、いずれもしていなかった時に付き合いのあった友人や仕事仲間にバレるのが未だに慣れない。恥ずかしさと、恐怖心のようなもので喉のあたりがキュッとする。
「なんで、そんなことやってんの?」と、クスッと笑われそうな気がして。
大人になって「創作」をするようになったきっかけはiPadを買ったことだ。2023年の春頃に買って、最初は旅行の時の絵日記を描いた。“恐る恐る”facebookに上げると、「上手い!」というコメントをちょこっともらえた。
描くのは楽しかったし、褒めてもらえてすごく嬉しかったのもあるけれど、何より「あっ、人前に出しても大丈夫なんだ」と安心して、それから旅行の思い出などを描くようになった。
noteに投稿するようになって1年ちょっと。書いた文章も人目に触れさせるようになった。最初はライティング講座仲間の人にしかnoteのアカウントを教えていなかった。
「なんで、そんなことやってんの?」と言われるのが怖くて。
2年ほど前から個人企画のイベントをたまにしている。“まちづくり”の仕事をする中で「コミュニティ形成」、「交流の場づくり」と打ち出すことが多かったのに、自分ではやったことがなく、「実際はどうなのよ」と思って、個人企画のイベント「トロるキッチン」を始めた。参加者皆んなで一緒に料理を作って、食べて、最近気になっていることなどをトロる(吐露する)会だ。
その派生系の感じで、一日店長が出来るお店で料理をふるまったりしたこともある。
参加者を募るためfacebookやインスタに投稿はしていたものの、やはり以前の友人らに知られるのが嫌だなぁと思っていた。
なんでこんなに、自分で「創作」すること(自主企画のイベント含め)に対する人の目が怖いのか。
最近カウンセリングを受けた時、子どもの頃のことを振り返ることがあって、小学生の頃の出来事がトラウマになっていると気づいた。
小学3年生の時、ノートに何か書いて毎日提出するという宿題があった。算数ドリルを解くでもいいし、日記でもいい。何でも良かった。私は創作した物語やアニメキャラのイラストを書いたりしていた。書く(描く)ことが好きだったから。
ある日、私の描いたイラストをクラスメイトに見せる機会があった。ドラゴンボールの孫悟空だった気がする。「えーっ、こんなのかいてるの」と馬鹿にされてしまった。
そんなに悪意たっぷりな言い方では無かったと思う。でも、私にはぐさーーっときてしまった。その絵はものすごく下手ではないが、すごく上手い訳ではなかった。
この時、「ちゃんと上手くないと人に見せちゃいけない」という呪いがかかった。
それでも小学校のうちは漫画クラブに入って、漫画を描いたりしていたが、中学以降は家でたまにコソコソ描くくらいで、誰かに見せることはほぼ無かった。
ここ数年、「創作」することを始めてみると、思っていた以上に楽しい。書いたり描いたりする頻度は上がり、ZINEまで作ってみた。
書くことが好きな人とのコミュニケーションが増え、「ちゃんと上手くないと人に見せちゃいけない」の呪いのことはすっかり気にならなくなっていた。
数日前、「創作」していない頃の友人から連絡があった。そしたら急に喉がつかえる感じがしてきて、気持ちが落ち着かなくなってしまった。
「なんでこんなことしてるの?」と言われたり、「変なの」と思われやしないかと不安がどんどん膨らんでくる。まだ呪いは解けていなかった。
と同時に、「嫌だ、嫌だ。せっかく楽しくやってきているのに、なんでそんなこと考えるんだ」という自分がいた。
心がざわざわしていたけれど、なんだかもう癖でnoteを開いて、記事を読んでいた。
すると、段々気持ちが落ち着いてきた。
あぁ、こんなに創作が好きな人はたくさんいる。大丈夫じゃないか、と。
昼過ぎ、気分転換に散歩をした。あいにくの雨。雨のイラストを描きたいなぁと思う。
「ちゃんと上手くないと人に見せちゃいけない」の呪いはまだ私の中でくすぶっている。この先、完全に呪いが解けるかは分からない。
でも自分の中の、ノートを隠すように書いている“小学3年生の私”にはこう言ってあげたい。
「大丈夫。もうノートをパンっと開いて書いたらいいんだよ」
noteの記事用に描いたイラストが88枚になっていた。これから少しずつ、イラストを「みんなのフォトギャラリー」にも共有していきます。

