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人の温かさに触れて

昨日人と会う機会があり、そこで気づいたことがありました。
それは、私はやっぱり「人の温かさ」が好きだということ。
私は人の温かさを求めているし、私自身も人に温かくできる人でありたいと思っている、ということ。

人間不信の要因

今の私は人間不信なところもあるのですが、
それは、本当は「人を信じたい」と思えているからなのかなと思いました。

まっすぐ人と向き合うからこそ自分が傷つくこともあって、それゆえ人間不信にもなる。

でも、本当は人や人の温かさが好きだから、傷つくことがあるのをわかっていながらも、人と関わることをどこかで求めている…みたいな。

私は人を疑ったり悪く思ったりしたくないんですよね。
だから相手を肯定的に受け止める
それゆえ、相手を責めることはあまりなくて、
相手が自分に向ける負のエネルギーを正面から受けて、自分を責めてしまうところもある。
その結果、自分が傷つくことになって、人間不信にもなる、みたいな…

でもそれは悪いことではなくて、
人を肯定的に受け止めることができるというのは、言い換えれば優しさにもつながるいいことなのかなと思います。

ただ、それで自分を苦しめてしまったり人間不信にまで陥ったらもったいない。

優しさを活かすために


では、優しさを発揮しながら自分を守り、人と関わり続けるにはどうしたらいいか?

・自分と相手の境界線を持つこと
・相手に向ける優しさを自分にも向けること
相手もOK、自分もOKと思うこと

それらができると、自分も相手も大切にできるのかなと思います

そしてそのために、自分や自分の置かれている状況を客観的に見ることも必要かなと思います

相手と自分のどちらがいい悪いではなくて、
それこそ白黒はっきりではなく「グレー」、
お互い様だよねという感覚
それもあるといいのかなと思います

そして、自分を追い込まないように、責めすぎないように、客観的に見られるように、視点を増やせるように、
苦しさを感じたときや、たわいもない会話なども含めて、
自分の体験や考え、気持ちを人と共有すること、そういった面で自分を見せること
というのも大切なんだなと思いました

そして昨日の経験から、
自分を見せたときに受け止めてくれたり、一緒に考えてくれる人もいるんだなと思えたことも、私の中で大きなことでした

自分は自分でいいんだ
わかってくれる人もいるんだ
そういう人がいたら私は大丈夫だ

そう思えて心が軽くなりましたし、なんとかなると思えました

そして、リアルの場でだけでなく、noteというこの場で出会う皆様もまた、私にとって自分を出せる、そして受け止めてくれる大切な存在です
いつもありがとうございます

自分をいつも抑える必要はなくて、
自分を出せる人を見つけて、そういう居場所を見つけて、自分を出して発散していくことも大切。それを改めて感じました

人を頼ることは迷惑をかけることとは限らない
頼られることを喜んでくれる人もいる

人の温かさを大切にしている人もいる
そんな人に甘えてもいい

自分の味方は自分自身
でも、自分以外にも自分の味方でいてくれる人はいる
だから、1人で頑張る必要はなくて、自分のことでも1人で抱え込む必要はなくて、頼らせてくれる人を頼っていい

この人がいれば大丈夫と思える人がいれば心強いし、自分でも自分を支える気持ちを忘れなければ、人に頼ることや甘えることは悪いことじゃないのかもしれない
そう思えて、心が楽になりました

人を頼ることで得た安定感で、その相手やまた別の人のことを支えていく
そういう「人の優しさ、温かさの連鎖」もいいのかもなと思いました


今は人を頼ることが多いけど、そんな自分も今は仕方ないかも受け入れて、ゆるゆるといけたらいいなと思います


皆様、いつも優しさや温かさをありがとうございます!





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