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小さくまとまってきた「わたし」をそっと広げてあげた日 | どきどきと、そわそわを連れて。

「あ、場違いなところに来ちゃったかも」
そう思って、
自分の心がぎゅっと縮こまるような 
心細さを覚えた経験はありませんか?

いつもの見慣れた駅や街、いつもの時間にすれ違う人たち。
そんな景色の一部に溶け込んでいる
「いつもどおりのわたし」から、
一歩外へ出たとき。
私は自分がとても小さくて、少し頼りない存在に思えていました。

自分の足で立っているはずなのに、自分のものではないような不思議な感覚。

自分の体を巡っているはずのあたたかな温度が遠のいていくかのように、
自分と体との間に、すうっと
距離ができていくのを感じました。

けれど、そんなふうに小さな期待と、知らない世界への落ち着かない気持ちを抱えながら訪れた場所で、
気がつけば、私のこころは
春の陽だまりのような、安心感と
穏やかな感覚に包まれていたのです。

景色の一部だった「わたし」が、動くとき

それは、とある月曜日のこと。
ある本の発売を記念して、著者さんが登壇するイベントがありました。

イベントへ申し込む前、書店でその本を手にしたとき。
その中に、わたしのこころに響いた一行がきっかけでした。

最近のわたしは、世の中が求める『理想の誰か』の条件を目にするたびに、
ありのままの自分ではまだまだ足りない
と言われているように感じて
心を暗くしていました。

そんな時に、この言葉にふれて
「ありのままのわたしでいることで誰かのこころにそっと寄り添えるのかもしれない」
「それがわたしの豊かさへとつながっていけるかもしれない」と思えたのです。

その言葉をうけとれたおかげで、
まるで、心にふわっと
かるくてやさしいガーゼケットを
かけてあげられたように感じました。

でも、わたしはこの6年間くらい
できるだけお金を使わず小さく過ごす習慣を身につけてきたので、
イベントへの参加には迷いがありました。

電車に乗って、自分の「行ってみたい」
「何かをつかめるかも」という
素直な気持ちを尊重してあげるなんて。

これまでのわたしからすれば
知らない国の言葉を話すくらい、遠くに感じる出来事でした。

「わたし」がまだ知らない、新しい空気

会場に着いたとき、他の参加者の方々がなんだか眩しくて、キラキラして見えました。
「今まで出会った人たちとは何か違うものがある気がする」
そんなふうに感じて、
「また、場違いな場所に来てしまったのかもしれない」と、心細さが顔を出しました。

わたしの持つ「これまでの経験」という
ラベルのついたボックスの中を
いくら探してみても、
参考にできる資料がなくて、少しその場にいることが怖いと感じていました。

これまでは出会うことのなかった、
異なる背景を持つ方々とひとつの場所に集い、時間を分かち合う。
そんな経験は、私にとって初めてのことだったのかもしれません。

「わたし」とあたたかくつながっていくために

イベントの中で印象に残ったお話がありました。自分の書いたものや、経験な値段をつけるときのお話です。
著者さんがシェアしてくださった考えは
わたしの大切にしたい価値観であり、
今、深く内省している思考と通ずるものがありました。

自分の作ったものや経験したことに値段をつけることは、自己信頼や自分を大切に扱うことにつながるのではないか、と気がついたのです。

自分の作品に値段をつけることに罪悪感を覚える感覚は、謙虚なようでいて、
少しずつ「自分にはそれを受け取るだけの価値はない」というセルフイメージを浸透させてしまうことかもしれない。

自分との関係性をあたたかいものにしていくための方法として、noteで有料記事も書いていこうと小さな勇気が芽生えた瞬間でした。

「わたし」にゆっくりなじませることから

イベントが終わるころには、
不思議と自然体のわたしで、
その空間と時間を楽しめていました。

あれほど怖かった場所があたたかく楽しい思い出へと変化していました。
これまでのわたしとは違う新しい選択が、
わたしを癒してくれました。

今、わたしは慣れていないことや
苦手と感じていることに
小さく取り組み始めています。

新しいノートの真っ白なページに
最初の一文字を書くときのように
大切にしたいあまりに、どうしても肩や指先に力が入ってしまう。
そんな緊張感を、今はまだ持ち続けています。

今回のこの小さな冒険もわたしの中でどんな変化につながっていくのか。
今はまだ答えを急がずに、少しずつ
このあたたかな感覚を馴染ませていこうと思います。

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