【①初投稿】こじらせスペック満載の育児と仕事、限界突破して休職した話
「育児がこんなにつらいなんて、思ってなかった」
「自分って、こんなに短気だった?」
そんなふうに、
自分を責め続けていた時期がありました。
完璧主義で、
真面目で、
頑固で、
“こうあるべき”や
“こうすべき”に縛られて――
誰にも頼れず、
一人で抱え込んでいたあの頃の私。
これは、
そんな私がようやく
「自分のままでいい」と思えるようになるまでの
物語です💕
完璧主義でがんじがらめだった私の子育てと仕事
気がつけばずっと、
完璧主義で、
まじめで、
頑固で。
“〜すべき”や
“〜ねばならない”が
頭の中でぐるぐる🌀
自分にも子どもたちへも
そうやって
求めてきて、
口ぐせでもありました。
うまくいかないと
「誰か(何か)のせい」にしたり、
自分の気持ちよりも
「まわりからどう見えるか」ばかりが気になって
そのくせ、
「どうせ誰も私の事なんて・・・」と心の中で嘆き
勝手に1人で空回って、
勝手に1人で落ち込んで――
そうです。
もはや、自分でも取り扱い要注意な
“こじらせスペック満載”の持ち主でした。
『…でした』と、
今ではちょっと笑って言えるようになった
過去の私の話🐣
よかったら、読んでみてください。
育児書通りにやらなきゃ…と追い詰められた日々
15年前。
新米ママになった私は、
授乳、離乳食、ねんトレ、トイトレ……
次々に押し寄せる育児のアレコレを、
勝手に"やるべき試練”ととらえ、
母親になれたんだから、
「育児書通りにやらなければ」と
必死こいてました。
「せっかく3年も育休を取ったから、
かわいいわが子と一緒にいられる時間を
楽しみたい」
と願っていました。
育児書通りにうまく行くはずだと
思っていました。
でも、現実はまったく思い通りにいかず、、、
イライラや不平不満だけが募る一方。
息子は、0ヶ月から2歳過ぎまで夜泣きがひどく、2〜3時間続けて眠れた記憶もない。
30分かけてやっと寝かせたのに、15分で起きることも多々。
ついには、「寝たいなら寝ればいいじゃん!」と
幼い子に向かって暴言を吐き、自己嫌悪に陥る毎日『母乳育児神話✨』にとらわれ、ミルクなんて!!と母である私が断固拒否。そもそも息子も哺乳瓶の乳首を加えただけで嗚咽してたので、無理だったのかも。。
とにかく寝不足で、眠たい母は、夜中はもはや感情0ベースで、あらわな姿をさらしたまま授乳し、そのまま寝落ちる。。
脂っこい食事で、すぐに乳腺炎になるわ、いろいろと食べられないはずなのに、謎に太っていくわ、、の制御不能の体
体だけではなく、
気がつけば、
泣きわめくわが子を見つめながら
一緒に泣いてばかりの毎日。
もはや、心も制御不能に陥っていたんですね。。
頼れる人も近くにはおらず、
孤独な「孤育て」。
(夫は”それなりに”、、、
いや、”彼なりに”
懸命に子育てをしてくれていました)
1人ぼっちのことに限界を感じ、
実家に帰ることもしばしば。
でもそこにいたのは、
かつて自分や姉妹には厳しかった母とは
まるで別人のように、
孫に優しく接する“おばあちゃん”がいました。
そのギャップに苦しみ、
母の余計な、
古くさくて押し付けがましいアドバイスにうんざりし、反抗期もなかった“お利口だった娘”が反発し、
その場の空気が悪くなることも……
それでも、頼る場所は他にありませんでした。
「孤育てからの解放」と思ったら、まさかの夫の単身赴任
ようやく職場復帰。
「これでやっと、四六時中、子どもの世話をせずに済む。
これで少しはラクになるのかなぁ。
あぁ私やっぱり母親失格だな。
専業主婦も向かないや」
と、復帰することも
どこかで脳天気に、
気楽に
他人事のように思っていたのかもしれません。
そんな矢先、夫の単身赴任が決定😭
そこから、
ワンオペ育児と仕事の両立が始まりました。
放課後の職員室、
「5時だ!」と時計とにらめっこしながら
仕事を猛ダッシュで片付ける
(正確には全く片付いてはいない🤩キラーン)。保育園お迎え後、「早い」だの「遅い」だの
文句を言う息子に、
『お母さんだってがんばってるのに』と、
涙をこらえる日々家に帰ると、
部屋中の散らかった荷物を足でかきわけ、
自己嫌悪は募る一方。
もちろんそんな汚部屋を
片付けるパワーなんてとっくに残っていない。
でも、息子に
『片付けもできないなら捨てるよ』と
暴言を吐き散らす。
もう、怒りも制御できずに、
まるで瞬間湯沸かし器。せっかく作ったご飯も
「これ嫌」「あれ食べたい」と
ぐずぐずの息子。
お茶をこぼしただけで、
『何やってんの!!!』とまた怒鳴る。大量に持ち帰った仕事は、
とりあえずその辺に放置して
夜中や早朝に目覚め、
ひたすらこなす。
ただひたすら。
仕事が終わるわけもなく、
そのままカバンへ詰め込み、
仕事へ向かう車の中で
今日の授業のシミュレーションと、
息子への暴言を悔やみ、
1人反省会。「先生は仕事が早いね」と
言われるのが嬉しくて、
もっと張り切ってしまう「資料なんて、最初は60%でいいよ」と
言われても、
自分の中では100%で、
それ以上で資料を出さなきゃ落ち着かない
そう。
誰にも頼まれていないのに
母として、
教員として、
人として、
勝手に完璧を求め、
そんなスペックすら持ち合わせてないのに、
「褒められたから、次ももっと頑張らなきゃ」と、
自分で自分を追い込み続けていました。
自分だけではなく
愛しい我が子も追い込んでいたんですよね。
今でも、胸の奥が
ぎゅーっと
締め付けられます。
あのとき
『大丈夫だよ。お茶をこぼしたら、
こうやって拭けばいいんだよ』
『お母さんもここ片付けなきゃね、一緒にしよっか』
そう言えばよかった。
ただ、母である私を頼ることしかできない
小さな息子をぎゅっと抱きしめてあげたらよかった。。
『絵本読んで』とねだる息子に
一冊読んであげたらよかった。。。
さらに、
教員としての自信もなかった私は、
「せめて授業だけは完璧にしなきゃ」と、
もはや謎の意気込み。
いつしか、
朝3時に起きて、
複式学級の授業準備をするのが当たり前に。
複式学級では、
2学年が1つの教室で学習をするので、
授業準備は2学年分。
高学年ともなれば、ほぼ毎日、6時間授業💦
国語も社会も
理科も算数も、
2学年分の教材研究。
こんなの、おかしいだろー❗️県教委❗️‼️
なんて、心の声がかき消されていく静かな朝。
時間割の組み方を間違えて
4教科入れてしまった時の絶望感たるや、、、笑
(今日、
国語・道徳・算数・外国語・社会・理科じゃん!!!
やべー、教材研究、終わらない😩)
もちろんそんなときは、
もちろん、授業もぐだぐだで、
自己否定の嵐🌀
(複式学級のことはまたいつか。。
とてもとても、語り尽くせません)
学級経営でも、
「これが自分のやりたいクラス!」
なんて気持ちより、
「親や管理職にどう見られるか」
ばかりが気になってばかり。
気づけば、
“しつけ”や“規律”重視の、
がんじがらめなスタイルでした。
(あー、やだやだ😅)
心と体を壊すのは当然だった
今振り返ると、
あの時、
自分が
壊れてしまったのは
当然のことだったと思います。
(あの日あの時のこともまたいつか。。)
でも、だからこそ――
私は「休職」を選びました。
それは、
決して「逃げ」ではなく、
自分のこれからの人生にとっては絶対に必要で、
大切な選択だったのだと、今では思えます。
終わりに、、、
ママってとても大変ですよね。(パパだって大変だと思ってますが😅)
妊娠から命がけの出産、止まることのない家事と育児とお仕事と、、、。
そして、先生も。
どちらも、
子どもたちの成長を近くで感じられ、
子どもたちの笑顔一つで、疲れもそれまでの辛さも
ぶっ飛びます。
でも、そんなことを天秤にかけられないくらいの
大変で過酷な日常があるんです。
心と体は
悲鳴をあげていることもあるんです。
あなたはどうですか。
そんなお母さんや、先生たち。
「もうがんばらなくていいよ」なんて
無責任なことは言えないけれど――
せめて、
「そんなにムチ打たなくても大丈夫だよ」って、
そっと伝えたい。
どこかのあなたが、
少しずつでも
自分を、
自分の心をゆるめていける日が来ることを、
心から願っています。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
