『歩〜あゆみ〜』 真面目な男と 素っ気のない娘 そしてその秘密
第零場 プロローグ
暗転緞帳
舞台センターピンスポット1S板付き
秀樹
これからお目にかけるのは 時の旅人「タイムリーパー」一族の娘と
結婚した 私の高校時代からの親友の話
この一族は女系の家系で 代々お婿さんを迎え入れて続いてきました
そんなお婿さんたち 彼らがただ一つだけ守らなければならないこと
それは真面目であること ただそれだけなんです
暗転
第一場 平屋の一階 縁側奥に和室
鳥のさえずり
のどかな日曜日午前10時
茶の間のちゃぶ台下手で新聞を広げる
父親の実(みのる)
縁側に腰をかけて 足をぶらぶらさせながらタブレットを見ている
歩(あゆみ)
歩
パパさぁ、もう観念して紙の新聞やめなよ
実
なんで?新聞は紙がいちばん!読みやすいもん
歩
パパの都合はどうでもいいの 環境に良くないだろって言ってんの
森林が伐採されてるの わかる?
パパが社会問題を知るたびに 社会問題が発生しているのだよ
実
そこはまぁ心苦しくはあるが 仕方がないのだよ
長年の習慣ってやつだから
歩
(庭の気配に気づき)
あっ!
(手を振って)
きたきた 秀樹おじさんきたよ
(上手から ポケットに手を突っ込んでぶらぶらと庭に入ってくる秀樹)
秀樹
うぃっす
実
うす 久しぶりだな
秀樹
60の誕生日と聞いてな お前もいよいよ還暦か
(ちゃぶ台の実の正面・上手側に座る秀樹)
歩
秀樹おじさん スイカ食べる?
秀樹
おぅ!いただきます
(縁側のタライから氷水で冷やしたスイカを持ってくる歩)
(ちゃぶ台の上のまな板にスイカを置き、切り分ける歩)
実
おい 台所で切れよ
ちゃぶ台がビチャビチャだろうが
ちゃぶ台周りが環境破壊されてるぞ
秀樹
いいんだよな ここでさ
歩
そ いいのいいの 分かってるな秀樹は
(切ったスイカを一切れずつ皿に載せフォークを添え
実と秀樹の前に置く歩)
歩
私が呼んだんだ 秀樹おじさん
私も知らない時代からパパを知る 重要人物の一人だからさ
はい ママもどうぞ
(淳子の遺影の前にスイカを置き
拝んでから仏具を鳴らす歩 チリーン、チリーン……)
(仏具の音が風に溶けるまで 少しの間があって)
歩
(遺影を見ながら)
今日はねパパにちょっとだけ大事な話があるのね
ママがね パパが60歳になっても
よく分かってないようなら教えてあげなさいって
(実に向き直って)
私が小さい時から言ってた パパはのんびり屋さんだからって
実
パパだってなんとなくは分かってるんだぞ
そうだな 君らは「タイムリーパー」である
歩
ピンポーン 当ったり!
うちは代々タイムリーパーの家系なの
実
なぜ?いつから?
歩
知っらなーい 昔から
ってかパパ気づいてたんだ
こののんびり屋さんがねぇ 意外だぜ
実
流石に30年近くも一緒に暮らしてるとなぁ
俺が見てないと思って 隣の部屋でパッと消えちゃったり
パッと現れたりしてたし
あと困ったことが起きた時に
時間が逆回転しているような感覚になって
気づいたら問題が解決してたりとか 何度かあったし
歩
パパの呑気さに釣られて
ママも相当呑気にやってたみたいだわね
実
あとパパは結婚してから仕事辞めちゃったじゃん
でも特にお金に困ったこともなくてさ
いつの間にかママが振り込んでくれてるじゃんか
あれはママが自分の意思でタイムリープして
お金の工面をしてたのか?
歩
それも当ったり!
実
なるほど 君らは自分の意思でタイムリープが出来る
お前もなのか?
歩
そう でもまだ練習中
20歳になったら自分の意思でどこへでも
つーか いつにでも行ける
ぶらぶらとぐにゃぐにゃと10代特有の歩き方で縁側に戻る歩
実
やっぱり練習が必要なのか?
歩
当たり前じゃん
子どもが行ったっきり帰ってこれなかったら
まず見つからないんだって
そんなこと昔はたまにあったってよーって 言ってたよママが
秀樹
すげーじゃん歩ちゃん
タイムリーパーなんて もろ「時かけ」じゃん
歩
何だよ「時かけ」って?
秀樹
あれっ!?歩ちゃん意外と常識ないねぇ
「時をかける少女」でしょ「時かけ」
歩
観たことないよ そんな古い映画
秀樹
流石に原田知世さんとは言わないよ
ほらアニメのやつで 最近あったじゃんほら
歩
(ちょっとバカにしたように)
それだって生まれる前の映画ですからー
観てるわけないじゃん
秀樹
(驚愕の表情で歩の横顔を見つめ)
えっ!?アニメも……なのか?
仲里依紗さんが声優やってるあのアニメでさえ……
生まれる前……
ショックで崩れ落ちる秀樹
実
(歩に向き直って)
いいよ ほっときゃ
それよりさ
なぁ秀樹 お前全然びっくりしてないな
知ってたってことか タイムリーパーの一件
秀樹
わりぃ 実は知ってた
お前にいつホントのこと教えるべきか
淳子さんから相談を受けてた
実
ちょっと複雑ではあるが……
逆に言えば鈍感な俺の代わりに
淳子の相談に乗ってくれてたってことで
まぁ ありがとな
(歩に向き直って)
なんでママは
結婚相手に こんな頼りないパパを選んだのかなぁ?
歩
そりゃ好きだからに決まってんじゃん
パパって昔コンビニでバイトしてたんでしょ?
ママはもともと 真面目にコンビニで働いてた
パパが大好きだったんだってさ
ヒューヒュー!良かったねパパ
実
(照れながら)
いやいやいや 一目惚れってことかぁ
歩
いやいや そうじゃないって
何度も会ってたって言ってたぞ
秀樹
ちょっと待てよ 俺もおんなじコンビニでバイトしてたけどさ
淳子さんを見た記憶ってないんだよな
お前心当たりあんの?
実
いや ない 全然ない
秀樹
だよなぁ 俺もあのコンビニで淳子さん見た記憶ねぇもんな。
(娘に向かって)
歩(あゆみ)ちゃんママから聞いてない?
歩
んー まぁ聞いてはいるけどぉ
パパの前で言うのもなぁ
まぁ大した話じゃないんだけど
ちょっとなぁ 結構恥ずい話なんだよなぁ
秀樹
いやぁー そこまで聞いちゃったら
秀樹さん もう聞かずには帰れんよ
ちょっと ちょっとこっちおいで
(手招きしながら部屋の隅まで移動して)
教えて 教えて
(娘が秀樹の耳に手のひら当ててゴニョゴニョ)
秀樹
(ひっくり返って大笑い)
分かる それ分かる 高校ん時からやってたぞ それ!
実
なんだよ 仲間はずれかよ当事者なのに
秀樹
(戻ってきながら)
そりゃそうだ 今は亡き妻が自分のどこに惚れたのか
そりゃあ聞く権利はあるよな
言ってやんなよ 恥ずかしくないよ
むしろいい話
だってさ……ぷっ!(口を手のひらで覆って噴き出す)
歩
(観念したように話し出す)
あのね ママは高校3年間毎日
パパがバイトしてたコンビニの向かいのコンビニ?
あそこに学校の行き帰りに通ってたんだって
実
はー そりゃ見たことないはずだな
娘
それでね 毎年あるじゃん
アレ ほら赤い羽根のアレ
秀樹
募金だよな
娘
そうそう ママも真面目だから募金するじゃん 絶対
そうすると必ず 向かいのコンビニのお兄さんが
わざわざ反対側のコンビニの前まで募金しに来るんだって
実
あー そう言えばやってたな 毎年
秀樹
それでな あのコンビニの前の道路って片側一車線で
車通りもまばらな道だったじゃんよ
それなのに……ぷっ!(口を手のひらで覆って噴き出す)
ダメだ、歩ちゃん言ってやって
歩
道の反対側なのに わざわざ渡ってきて偉いなぁって思ってたんだって
みんな普通に横切っちゃうとはいえさ
わざわざ渡ってくるのって面倒じゃん と思って見てたら
募金が終わったら子どもたち全員に「ありがとう」って握手してさ
そのあと子供たちが通学路に使ってる
100メートルくらい先にある歩道橋まで行って
道を渡って また100メートル戻ってきて
向かいのコンビニに入っていくのを見てさ……ぷっ!
(口を手のひらで覆って噴き出す)
実
当たり前だろ 子どもたちの目の前だぞ 歩道橋使うだろ普通
歩
(涙拭きながら)
で ママは素敵だなって思ったんだって
こんな人と結婚したいなって……ぷっ!(口を手のひらで覆って噴き出す) (笑いながら)
私にはよくわかんないけど
(ママの仏壇に歩いていく歩)
(仏壇前に正座してママに話しかけるように)
歩
でも ママはそんなパパが大好きだったんだよね
そうだよね ありがとね
(拝んでから仏具を鳴らす歩 チリーン、チリーン……)
秀樹
こいつさ高校ん時も校門の反対側で募金やってて
おんなじ事してたよ 本当すげぇなお前はさ
歩
でもおばあちゃんが結婚を許してくれたのは
パパが『真面目』だってことが一番だったのかな
我が家ではそれが絶対条件だからさ
第二場 真面目は得か損か?
実
それはママも言ってたな
なぜこの一族の婿の必要絶対条件が
「真面目」であることなんだ?
歩
まぁ あまりこれは大きな声じゃ言えないんだけどさ
未来を知ってると
手っ取り早くお金につながること多いじゃない?
実
それはいわゆる ビフ・タネン的なことか?
歩
そう ビフ・タネン的なこととか
だから彼みたく欲をかきすぎて 目立ちすぎることなく
目の前の「得」を見過ごせる人
かつ 我ら一族がタイムリーパーであることを口外しない
真面目なお婿さんが代々必須条件なの
実
そうか俺も真面目で得することあんだな
多分これが人生初だぞ
なぁ秀樹 俺って真面目で損ばっかだったよな高校時代から
秀樹
(あきれつつ)
知らねえよ
でもさ 高校時代から見てきて
当時から気にはなってたよ
真面目なお前 というかお前の真面目さ
実
なんだよそれ 俺が気になってたのか
真面目が気になってたのかどっちだよ
秀樹
お前何かって言うと 言うじゃんか
「俺は真面目で損してる」って 本当かね
本当に真面目って「損」ばっかなのか?
ってお前を見てると ときどき俺は思うよ
聞くけどさ 具体的に真面目で何を「損」した?
実
まぁ そう言われてみると……
秀樹
まぁいいから よーく思い出して具体例あげてみな
実
例えば……そうだ!
高校の時 財布拾ったんで 真面目に交番届けたら落とし主がいて
『入っていたはずの十万がなくなってる!』って大騒ぎして
俺 窃盗で捕まりかけたことあるぞ!
真面目に届けただけなのに
秀樹
いいか よーく思いだせよ その時お前は一人じゃなかった
そうだ!誰かと一緒にいたんじゃなかったっけ?
実
……そうだ!誰かいた!そうだ!高校の同級生だ!
言われてみて思い出した!確かに同級生が一緒に・・・
(突然大声を上げる実)
わあ!
秀樹
(大声に驚いて)
わあ!
実
そうだお前じゃん
いたのお前だよ いま思い出した
秀樹
よく思い出したな
じゃあその時一緒にいた俺が教えてやるな
窃盗の疑いでがっこの担任きたな
実
そう!来た来た 謝罪と俺らの引き取り人として
あと念の為の十万持って
秀樹
そこだ!その時なにが起きた!
実
落とし主さんが「スミマセーン別の財布に十万円入ってました
騒がせてしまってごめんなさいね」って謝ってきた
秀樹
そ・し・て……
実
お礼にって俺一万円貰った
秀樹
そして俺は?
実
こいつが「いいよいいよ ガメちゃえよ わかりゃしねーよ」って
言ったけど
僕は正直に届けましたって先生に報告した
秀樹
報告したら……?
実
そうだ!お前担任にめっちゃ怒られて頭グーでぶたれてたな(大笑い)
あれは笑った
秀樹
歩ちゃん こういうやつなんだよ
歩
思ったよりおもしれーなこいつ(笑)
秀樹
お前はな 真面目で損なんかしてない
してるとしたら頭が悪いからだ(笑)
よく考えてみろよ「得」しかないとは言わない
だけどな「得」したことの方がずっと多いはずだ!!
実
例えば何よ?
秀樹
真面目なお前は 思いやりを持って人に接することが出来る
だから華々しくはないが 地味にモテるんだ
そして 真面目なおまえは会社でも社会でも信頼されてる
真面目は「得」なんだ
けど真面目な奴はそこをわかってない!
真面目は性格だから治らないけど
そのせいで「損」したりしない
その証拠に俺みたいな いい奴に好かれてる
歩
(タブレットを手に)
真面目って科学的にも「得」らしいよ
ほら これこれ
(タブレットを見せる)
”WHO世界真面目指数研究所”とか”結社マジメンサ”とかのサイト
秀樹
歩ちゃんよく見つけたな こんな怪しいサイト
”結社マジメンサ”とか絶対ウソじゃん
それも面白くないタイプのウソ
歩
いいから聞きなさーい 真面目度指数100が平均でーす
真面目に振る舞うべき機会で
2回に1回真面目さを発揮する人が“普通の人”だって
これが 真面目度指数100の「真面目凡人」さんだね
(PCを開いて確認)
真面目が一日5回以上で……っと
おっすごっ!パパは指数160超えですよ
真面目天才さんですよ
実
天才かぁ……
秀樹
やばい 喜んでるぞこいつ
歩
優秀者上位2%が加入できる
“結社マジメンサ”の加入資格があるんだって
実
すごいのかそれって?入会金とかはかかるの?
秀樹
入る気満々かよ もういいや騙されてろ
歩
でね ”世界真面目統計”によると
真面目によって”得”を一回逃す間に 74回の”得”を得るらしいよ
生涯年収は……すっご……平均の3倍強だと
MARCH以上の大学進学率は8割
こうした統計上からも明白だ!
真面目は得であーる!!だってさ
実
……待て ちょっと待て
俺 MARCH落ちなんだが?
歩
パパは稀なくらい勉強が苦手だったとしか言いようがない
残念だが
実
否定はできんな
秀樹
いや普通にバカだからでしょ
てかMARCH受けたのかお前!?
厚かましいなぁ 真面目だが厚かましいなぁ
まぁ結論としてはだよ
お前の真面目ぶりは”天才的”ってことだ
(何となしに仏壇の方を見てハッとする秀樹)
秀樹
おっとやばいやばい!
淳子さんに挨拶まだだった 怒られちまう
(淳子の遺影の前に移動して正座)
(拝んだあと仏具を鳴らす秀樹 チリーン、チリーン……)
(ちゃぶ台上手に戻って座る秀樹)
秀樹
それにしても淳子さん あんなに早く亡くなるなんてな
タイムリーパーって自分の死期分からないものなのか?
歩
自分の生まれる前にも
死んじゃった後にもタイムリープできるけど
自分の死期を見張ってなきゃ分からないんじゃないかな?
私だったらそんなことしたくないし
ママもそうだったんじゃないかな
どうしても色々見ちゃうから
死に対して 淡白になっちゃう面はあると思う
ママはパパと結婚できて幸せで
思い残すことはお前だけだけど
真面目なパパがいるから安心だって言ってた
実
本当だったら良いけどな
歩
ママは真面目な正直者だから本当でーす!
じゃあここで質問でーす
真面目に生まれ育ったパパは
真面目なママと結婚できて幸せでしたか?
(無邪気に笑っている娘と秀樹を見やる実)
実(モノローグ)
親友と言える友がいて
おまけに抜群に相性のいい妻
そして二人の間に生まれた大切な娘にも愛されて……
実
パパは真面目で良かったし
間違いなく”幸せ”だったよ
歩はどうだ パパとママの子に生まれてさ
歩
うーん
実
おいおい 言葉濁すとこじゃないだろ(笑)
(笑いが消え少し考え込んで)
……ま ぁいいか!いいよ ねっ!
スイカ食お
スイカ 冷めちゃう前に なっ
秀樹
スイカ……冷めた方が美味いぞ
歩
まぁそこは後で
ね あとで教えたげるかも知れない
実
そうか まぁいいやそんなこと
パパは 全然気にしてないから 歩も気にすることないぞ
秀樹
(呟く)
気にしてる気にしてる すっごく気にしてる
実
それにしても美味いな このスイカ
この後どうするよ秀樹 スイカおかずにご飯食ってくか?
秀樹
おっおう そうだな
第三場 還暦の宴、意外なゲスト
歩
いやいや、ちょっと待って
実はこの後 色々とお客さんが来る予定なんだよ
私と秀樹おじさんは それを待ってるってわけ
もちろんパパのお誕生日のお客さんだよ
実
俺のか!ってことは俺と秀樹共通のお客さんだな
歩
まぁそう言う事でもないんだけど……
おっ来た来た
こっちでーす!こっち こっち
(上手から武松さんが入ってくる)
武松
お久しぶり!
(実・歩・秀樹、庭に出て迎え入れる)
実
あれ!?タケさん?どうしちゃったの?
えっ何で?歩が呼んだの?
何で知ってるのタケさんのこと
(秀樹に)
おぉ この人は俺が社会人一年生の時の会社の上司で
色々とお世話になった人なのよ
(秀樹、武松、挨拶。「どもども初めまして」的なやんわり挨拶を交わす2人)
実
(歩に)
それこそ右も左も 社会の掟も決まり事も何にも分からなくてな
ほんと親切に教えてくれたのよ
(小声で歩に)
おい いくら何でも若くないかタケさん?
もう80超えてるはずだぞ
歩
(小声で)
実は お若い武松さんしかご用意できなくて
実
(小声で)
そういうことか タイムリープでってこと?
歩
(小声で)
62で天に召されたので
パパと同じ歳の武松さんをご用意しました(笑)
実
(小声で)
笑うとこじゃない!
上手いことやってやったって顔すんな
(武松に向き直って)
「俺社会に出ても何とかやってけるかも」って思えたの
まさにタケさんのおかげなんです
その節はありがとうございました
武松
いやいや こちらこそ
歩
(ひそひそ声で秀樹に耳打ち)
あれ?パパの会社って……
パパがママと結婚して
パパが退職してすぐ
潰れちゃったんじゃなかったけ?
秀樹
(ひそひそ声で)
そうそう
えっ ってことは武松さんも
失業……ってことだよな
(武松さんの脇に歩み寄る秀樹)
秀樹
武松さん武松さん
大変失礼ですがこいつ辞めた後
会社大変だったって……
武松
そうそう あっさり倒産しちゃってさ
こっちも寝耳に水でびっくりしちゃって
実
えっー!大丈夫だったんですか?
武松
実は!君のおかげで大助かりでしたよ!
もーあれ以来 君に足を向けて寝てないもんね 僕
実
は?いまひとつ分かりかねるんですが……?
武松
ほら きみ専務のお嬢さんとの縁談袖にして
こちらのお嬢さんと結婚しちゃったじゃない
実は 専務に最初に君を勧めたの 僕でさ
実
あっ!それは本当に申し訳なく……
武松
いいのいいの それでよかったのよ
いやー 世の中何が幸いするか本当にわかんないよねぇ
(武松話している裏で小さなガヤ音声スニークイン)
(一人二人と上着を手に障子の奥の間に入っていく)
(歩が案内して上着を箪笥に掛けている影)
武松
あのあと専務のお嬢さん
君に振られたショックでヤケになっちゃって
遊びまくってさ
そしたら
(お腹に手をかざして)
これ(笑)これになっちゃって
実
いやーなんて言っていいのか
重ね重ね申し訳ないことを……
武松
いやいや何の何の
責任とって結婚した相手がなんと
誰もが名前を知ってるベンチャー企業の経営者
青年実業家ってやつでさ
玉の輿よ玉の輿
専務もその会社の専務待遇で迎え入れられて
私も一緒に部長待遇でもー大変!
実
タケさんなんかキャラ変わりましたね
武松
そう?そう?
でもねー毎日が楽しいとキャラも変わるよ
前の会社じゃ暇で暇で
君に親切にするくらいしか やることなかったもんね
実
あっ あーなるほど……
じゃ ま 楽しんでいってください
(ガヤ音声ボリューム上がる)
(話をしている間に 茶の間の奥の間に
いつの間にか集まってきた来客たち)
(障子に4、5人の影 挨拶をしたりあぐらをかいて座ったり
酒を飲んだり寿司らしきものを摘んだり)
(障子の影から出たり入ったりして 料理や酒を運ぶ歩が仕切っている)
(秀樹に案内されて 楽しげに部屋に入っていく武松)
実(モノローグ)
一人暮らしの時にお世話になった大家さんご夫婦や
仕事でとてもお世話になった取引先の人
バブル期によく一緒にスキーに行った同僚などなど
みんな忘れられない懐かしい顔だ
(歩 舞台上手から19歳の園美を連れてきて 庭センターから実を呼ぶ)
歩
パパ パパ 珍しいお客さん連れてきたよ!
(実と秀樹、庭に出てくる)
実
あれぇ!なんで?なんで?
秀樹
ひょっとして園美ちゃん!?若っ!
歩
ジャン!どうよ!
園美さんも来たよ!
来た来た こんにちはって ほら!
(下手から秀樹・実・歩・園美)
園美
えっ?実くん?
やだぁ思いっきり普通におじさんだわぁ
あれ?こちらひょっとして秀樹くん?
やだぁ こっちもしっかりおじさんだよー
ショックじゃないけどショックー(笑)
実
つーか園美ちゃん19歳のままじゃん
えっ えっなんで?
ま とりあえずお久しぶり
園美
お久しぶりって やだぁさっき
「いってきまーす」「いってらっしゃーい」って
別れたばっかでしょ
秀樹
そういえばお前ら19の頃 同棲してたよな
園美
そうだよー 出がけに『誰に会うの?』ってしつこかったんだよ実くん
だから「誰ってあんただよあんた 60歳の実くんだよ」って言ったら
キョトンとしてたよ
実
(ひそひそ声で歩に耳打ち)
つまり?
歩
そうでーす こちらもタイムリーパー特典で
当時のパパの彼女
19歳の園美ちゃん ご用意いたしました
園美
キャー(笑)
秀樹
(実に耳打ち)
こんなにチャラチャラしてたっけ 園美ちゃん?
実
(小声で)
こんなもんだったぞ 昔から
(歩と園美に向かって)
まぁ娘に元カノ紹介するのも何だけど
いや本当に
それまでに付き合った彼女たちもいたけど
生まれて初めて本当に大好きになった
記念すべき彼女が園美ちゃんでさ
タケさんは俺に社会を教えてくれた恩人だけど
園美ちゃんは俺に愛を教えてくれた大恩人なの
園美
聞いたわよ 本当だね
今日帰ったら19歳の実くんに
「還暦のあんたがこう言ってた」って報告しとくからね
って言うか 歩ちゃんて実くんの娘さんなんでしょ
いいの?こんな事話しちゃってて
ってゆーか・・・まさかとは思うけど私の子じゃないよね
それはないよねぇ
いくら何でもねぇ
歩
全然違うから 安心していいでーす
(実に耳打ち)
ママこんなにチャラチャラしてないし
実
(小声で)
この頃のママを君は知らない(笑)
歩
(ちょっとムッとして)
まぁ良いんです良いんです
気にしないで楽しんでいってください
実
(ひそひそ声で歩に耳打ち)
なんで60歳の園美ちゃんじゃなくて
19歳の園美ちゃんなの?
まさか園美ちゃんに限ってないよね
60前に天に召されちゃってたとか?
歩
(ひそひそ声)
あーそこは大丈夫
心配しなくて大丈夫
秀樹
(ひそひそ声)
真っ先にそこが気になるところが
真面目なんだよ君は(笑)
(園美ちゃんの相手を秀樹に押し付け
歩の腕を引っ張って少し場から離れる実)
実
じゃ なんで呼ばなかったの?
60歳の園美ちゃん
歩
いやー実は真っ先に声かけたんだけど……
「どうしようっかなー そうだお父さんの写真って今持ってる?」って
言ってきたからスマホの写真見せたんだよ
実
どの写真見せたの?見せて見せて
歩
ほれ これよく撮れてるやつ
実
(写真を見るや否や)
あーだめだ!こりゃだめだ!
この写真見た途端 用事思い出したろ彼女
歩
そうそう 急に用事思い出して
「もっとちゃんとしたロマンスグレーになってる筈だったんだけどなー」
とか言っちゃって
スマホ放り投げる勢いで返してきたぞ
パパの前でこう言っちゃなんだけど あのおばちゃん
秀樹
(覗き込んで)
何がいけないんだよ この写真の?
実
このダウンだよダ・ウ・ン!
ユ・ニ・ク・ロのダ・ウ・ン!
秀樹
そこか!そうだった!バブル女子な(笑)
ユニクロなんてもってのほか(笑)
実
まして還暦にもなってユニクロって
彼女の辞書にはないのよ
バブル女子は幾つになってもバブル女子
還暦過ぎてもバブル女子!
これはもう一生変わらん 奴らは
歩 そこの園美ちゃんに
19歳の誕生日パパから何もらいましたかー?
って聞いてみ?そしたら こういうぞ
「ティファニーのオープンハート でもそんなの普通だからねー
最低それだよねー」って
歩
まさか
(パパ・秀樹、行け!行け!のゼスチャー)
(歩・園美に近づいて)
歩
園美さんちなみになんですけど
19歳の誕生日パパから何もらいましたかー?
園美
ティファニーのオープンハートかな
でもそんなの普通だからねー
最低それだよねー
(歩コケるゼスチャー)
実
工事現場でバイトして買いましたよ
ティファニーのオープンハート
有史以来最も強欲な生き物だからな
ニッポンのバブル女子は(笑)
にしてもだよ「タイムリープなんです」って言って
「はいはい わかりました行きまーす」って
来てくれちゃうのが園美ちゃんだよね
本当に園美ちゃんっぽいよ(笑)
秀樹
多分タイムリープの意味分かってねーな
実
そうだな「えっ!?太陽が夜になると月になるんじゃないの?」って
思ってた娘だもんな
MARCHの癖にな
秀樹
お前MARCHに妙なこだわり持ってない?
実
ところでお前さっき
タイムリープの免許皆伝は20歳からって言ってなかったけ?
歩
大丈夫 大丈夫仮免ってことで
(歩 新たな来訪客に気づいて 呼びかけながら上手にハケる)
歩
あー待ってました いらっしゃいいらっしゃい
パパ 園美さん案内してあげて
実
おぅ!園美ちゃんこっちこっち
(園美を奥の間に導く実)
実(モノローグ)
今まで俺は 自分で勝手に気ままに生きてきたと思っていた
でも違った
節目節目に そして何でもない時に 大切な人たちに
そしてそうでもない人たちに 囲まれて生きて来たんだ
彼ら一人一人が俺の人生の大切な断片で
それが合わさって俺という人間がいる
まっ 幸せな人生って人並みな人生だってこった
(2階から怖そうな祖母の声がする 少しイライラしているようだ)
義母
歩さーん!歩さーん!
歩
(2階に向け)
ハーイおばあちゃん ごめんなさーい
(歩ちょっと口淀んで でも意を決したかのように)
歩
でも今日がなんの日か知ってるでしょ
そして何時に終わるのかも!
秀樹
大丈夫なのか 歩ちゃん言い方ちょっときつかったけど
あと今日はこいつの誕生日だけど
何時に終わるっていうのは?
どういう意味?
歩
後で教えるね
実(モノローグ)
楽しい時間はあっという間に過ぎた
祖母の声で気まずくなったわけでもないだろうが
……いやわからないが
時間が来てみんなはそれぞれの場所に それぞれに帰っていった
暗転
第四場 歩名前の由来
奥の間には皿や酒瓶など宴の後の影
最後に残ったのは実と歩と秀樹の3人。
隣の家からか?遠くから聞こえてくる風鈴の音
チリーン チリーン……
秀樹
(風鈴の余韻が溶けるのを待って)
祭りの後か じゃ俺もそろそろ……
帰ろうとする秀樹を歩が呼び止め
腕を掴んで離さない
歩
秀樹はまだ帰っちゃだめだ
これから起きることの証人として パパと私の約束の証人として
そして私が泣いてしまった時に 守ってくれる大人として
いてくれないとだめだ
秀樹
そうか よくわからないけど
歩ちゃんがそう言うならそうなんだろうな
俺 歩ちゃんに妙に信頼されてるのよーく伝わってるよ
歩
なんてったって秀樹はパパの親友だからな
それって私にとって特別なことなんだよ
それでは改めまして 私からもパパの60歳の誕生日を記念して
お礼を言いまーす
私さ パパに本当に感謝していることがあってね
歩っていう自分の名前本当に気に入っててさ
この名前つけてくれただけでも パパに感謝なんだ
秀樹おじさん「歩」ってさ 世界一いい名前なんだよ
おじさんはこの名前の由来と意味知ってる人?
秀樹
そりゃ知ってるよ 歩ちゃんが生まれた時
こいつが死ぬほど悩んで名付けたの見てたからな
歩の由来は14世紀のイタリアの詩人ダンテだよな
歩
そうなのダンテの「神曲」という叙事詩の中の
「汝よ己の道を歩め 人をしてその語るに任せん」
秀樹
マルクスの「資本論」の序文にも引用されてるよな
歩
あたしが好きなのは「汝よ己の道を歩め」もそうなんだけど
その次の「人をしてその語るに任せん」がグッと来るのよ
「自分の思うように生きなさい」もいい言葉だけど
まぁ当たり前と言えば当たり前じゃん
その次に来る「言いたいやつには言わしておけ」ってのは
名言としてはあり得ない乱暴さで もうカッコ良いの一言なのよ
本当にこの名前の通りに生きれたら 私は幸せ
これに関してはパパありがとな
実
おう こちらこそ
秀樹
ちょっと歩ちゃんに聞きたいんだけど
いや 単なる個人的な興味なんだけどさ
タイムリーパーが戻ってくる時間と場所って
常にタイムリープをした出発の時間と場所に戻る感じなの?
歩
まぁ基本そうだね
他のタイムリープの一族がいたら
どんな流儀で跳んでるのか知らんけど
我が家はそうだね
秀樹
だとするとさ 他の人より長く生きてることになるよね
だって たとえば今この瞬間に跳んだとして
向こうで1ヶ月過ごして 今この瞬間に帰ってくるとするとだよ
その1ヶ月分は歳を取ってるわけだ
歩
そうなるね 身体的にも 精神的にもね
結局 わたしは同い年の普通の人よりずっと長く生きてるからね
だから同年代とは色々と合わないんだよな
でも これはもうタイムリーパーの宿命ってやつで
秀樹
例えばどこの時代のどんな場所に行ったことあるの?
歩
そうだな 例えばノルマンディーに行ったことあるぞ
実
まさかとは思うが 何だってノルマンディーなんかに
歩
そりゃ上陸作戦見に行ったに決まってるじゃん
ノルマンディー海岸に日傘さして見に行ったんだけど
30分が限界だった
人死にすぎで30分以上見てらんなかった
あとさ ナチス占領時のパリの地下室で
レジスタンスの戦士と一週間一緒にいたこともあるな
秀樹
第二次大戦マニアかよ 偏ってんな跳んでる先が(笑)
第五場 パパの最後
歩
違うよ 人が無駄に死んでしまうことの悲しさ馬鹿馬鹿しさ
正しいと思うもののために戦うことの誇りと尊さ
どちらも「歩」という名のもとに
見に行きたくて見に行ったんだよ
言ってみればパパが行かせたようなもんだ
でも見たくないものを見ちゃうこともあるんだよ
さっきママの死期の話 秀樹おじさん聞いたじゃん
自分に関しては 見ないように意識してればいいんだけど
人のことは見たくなくても見えちゃうこともあるわけ
例えば今回でいえばパパだよ
パパは平気な人だよね割と
実
何が?
歩
自分がいつ死ぬのか?
あんまり興味ないし どうでもいいやって言えば
どうでもいいやの人じゃん
実
まぁ そうかもな割と
歩
だから言うけどさ 私さ見ちゃったんだ
パパの死……
勘弁してよって感じだよ
見たくなかったよそんなのさ
正直言って寂しい死に方だったよ
孤独死ってやつ
その後 発見されるのも遅れちゃって
何日も後でね 本当にパパかわいそうだった
実(モノローグ)
珍しく歩の目が潤んでいるように見えた
実
直接見たの?
歩
直接じゃない最初は
練習で跳んだ未来で
パパが死んじゃったって事を聞いちゃったんだよ
病名も聞いたし
もしタイムリープしても
死ぬのを止めることは無理だって分かってた
でも 私は跳んだ
誰も見ていないところで
誰にも知られずにパパが死んでいったことが
許せなくて
それじゃああんまりだと思ったんだ
実
じゃあ見たんだな パパの死ぬところ
照明ゆっくりと暗転 実のバック目からごくごく弱めのサスだけ残る
誰の表情もわからない
サスのモレ灯で 影とも言えない
ぼんやりとした三人のアウトライン
同時に背景は薄暗い夕焼け色
部屋にはアパートを思わせる音(家電の待機音などがごく弱い低音で)
歩
見たさ!見たよ!夕方だったよ
パパはお布団を敷いて寝ていたよ
私は6畳一間の同じ部屋の隅っこで 膝を抱えて見てた
パパは普通に寝息を立ててた
パパの寝息に合わせて お布団が少しだけ上下していたよ
だけど……
その寝息が突然止まったよ
屈んで四つん這いになる歩の姿が
実のサスのモレ灯でほんの少しだけわかる
歩
私は畳の上を四つん這いで近づいて
パパの顔を覗き込んだんだ
パパはもう死んでたよ
その部屋に掛かっていたのか
穏やかな風に揺れる風鈴の音 チリーンチリーン……
2、3秒程の間があって……
この瞬間から実のイメージは即身仏のよう
モノローグ・舞台上の方から聞こえる
実(モノローグ)
歩は静かに涙を流していた
2、3秒程の間があって……
歩
私はパパを見て思ったよ
パパの体は確かにここにあって
さっきまでパパだったけど
だけどこれはもうパパじゃない
乗り物だ 虚ろな乗り物
これに乗っていたパパはもういない
どっこかに行っちゃった
それは昔の人が言っていた
魂みたいなものかもしれないと思った
パパの魂はどこかに行っちゃった
でもそう思うと悲しさも少しだけ減るなと思ったよ
パパの魂はまだどこかにあるのかもしれない
もう私がそれを見たり
感じたりすることができないとしてもだよ
2、3秒程の間があって……
歩
まるでパパの体は打ち捨てられて
浜辺に乗り上げた船みたいだった
すごく虚ろなまるで難破船
今の今までここで息してたのに
何年も前に打ち捨てられていたみたいなパパが
パパの乗り物がそこにあるの
その後私は 信じられないだろうけどこの私が
パパの手を握って1時間くらい泣いてた
あんな悲しい気持ちになったのは 生まれて初めてだったよ
完全なる沈黙2、3秒程の間があって……
実の音声・舞台上の方から聞こえる
実
ごめんな 本当にごめん
君を泣かせるなんて悪いパパだな
歩がそれを見たのはいつなの?
歩
3年前 ママが亡くなってまもなく
だから私その時から環境を整え始めたの
パパはママが亡くなったから
もうこの家にいる必要が無くなったでしょ
私は高校に通う関係でこの家に残ったけど
パパはアパートで一人暮らしを始めたよ
パパはあまりお金を持っていなかったから
借りれたのは小さな古いアパート
これがまた西日しか当たらない
みすぼらしいアパートでさ
孤独死するのはもってこいの物件なの
孤独死専用物件って 不動産屋さんのチラシに
書いて欲しいくらいのやつでさ
秀樹
それでこいつの まぁなんだ
はっきり言えば遺体はどうしたんだ?
そのまま?
歩
私はまだ中3だったし
タイムリープでパパの死を見たなんて
おばあちゃんにしか言えなくて……
そしたらおばあちゃん
「あんたにとっては父親だけど私にとってはそうじゃない
血も繋がっていない者のために
代々の秘密を危険にさらすリスクは負えない」って
秀樹
ひでぇな……
歩
だから私は おばあちゃんと取引をしたの
身元不明人として遺体を処理する代わりに
私が戻った先の世界では
パパをこの家から出さないように頼んだ
そして今日のための準備を始めたの
実
3年前ってことは お前まだ中3……か
歩
だから それからどうしてもパパに対して
そっけなく接するようになっちゃったんだ
何かあると 本当にちょっとした事でも
パパの顔を見ると泣いちゃいそうでさ
今生きていてくれることの感謝と
またお別れしなきゃいけない悲しさで
そう今日はパパの誕生日で そして命日なんだよ
私はこの日の準備を 中3から3年かけてしてきたんだよ
せめてパパを盛大に送り出したかったの
昔パパと一緒に見たティム・バートンの
「ビッグ・フィッシュ」のお父さんみたいにさ
パパの大切な人みんなで パパの最後を見送りたかった
だから今日みんなに無理言って来てもらったの
実
それにしてもパパの大切な人たち よく見つけてこれたね
歩
パパが赤ちゃんの頃から 何回も見に行ったよパパの人生
父親を遠くから見張ってる変な娘だったよ
おかげでさ パパの人生を3周くらい見ちゃったよ
だからもうパパは見飽きちゃった
だからいなくなっても
顔が見れなくなっても……しばらくは大丈夫だよ
だからさ 歩の心配はしなくていいよ
実
ということは そろそろということだね
歩
さっき「パパとママの子に生まれてきて幸せか?」って聞かれてさ
言葉濁しちゃったじゃん
そりゃそーだよ考えてみてよ
パパもママも歩を残して
死んじゃうの早すぎるっつーの
いくら人よりタイムリープ分長く生きてるとは言っても
歩まだ18歳だからね
勘弁してよって感じなんだよバカパパ
この後何十年パパとママなしで生きてくと思ってんのさ
パパのバカ
秀樹
さっきおばあちゃんに言った
「今日がなんの日か知ってるでしょ そして何時に終わるのかも」
って……このことなのか
実
わかる その時が来たのが わかる
実(モノローグ)
その感覚は突然来た
あぁそうか 今か 今なんだね
不思議だね
自分でもわかるんだね みんなありがとう
歩 ありがとう
ごめんね
歩は「孤独死」って言ったけど
今の俺は全然孤独じゃないよ
娘と親友の愛に包まれているのを感じる
歩が3年かけて俺の「孤独死」を
書き換えてくれたんだね
歩の小さな啜り泣きが聞こえるよ
あぁ本当に ごめんね
ありがとう
これが俺の60年間の人生で最後の記憶になった
実のサスがゆっくりと落ちる
(実の中に最後に残った一本の蝋燭の火が、
静かにひと揺れして……消えたイメージ)
舞台は真っ暗闇 実ハケる
何故だろうか 遠くから風鈴の音が聞こえてくる
チリーン、チリーン……
押し殺した秀樹の啜り泣きが聞こえる
歩
秀樹おじさん 泣いてるの?
秀樹
あぁそうさ 俺が泣いてやらなきゃ
こいつはどこにも行けねえよ
歩
ありがとうな秀樹……
今のはパパの代わりのお礼だよ
秀樹
歩ちゃん お前も泣いていいんだぞ
歩
もういっぱい泣いたよ
だから私はもう泣かない
第六場 愛と青春の旅立ち
明転・朝の光
元の部屋にいる2人
2人で寝ずの番をしたのか?窓からは朝の日差し
秀樹
歩ちゃん これからどうするんだ?
歩
わからない でもうこの家にはいられない
いたくない いるわけにはいかない
この一族とは暮らせない
秀樹
どこにいくんだ?
歩
わからない だけど出ていくんだ それしかないんだ
今がその時なんだ
舞台上手にはけていく歩
追いかける秀樹
キャリーバッグを引き 旅行バッグをもう片方の手に持ち
リュックを背負った歩と 手ぶらの秀樹
朝の光の中 上手から庭へ出てくる
歩
(元気よく というよりは自分を奮い立たせるように)
秀樹 分かった気がする
秀樹
何が?
歩
これが愛と青春の旅立ちってやつだ
私だけじゃないし 私がタイムリーパーだからじゃない
誰だってみんな こうやって心細いまま
たった一人で歩き出すんだ
みんなそうだ!これからの人も!
もうずっと昔に経験した人も!
だから人の旅立ちを見て こんなに胸がざわめき立つんだ
なぜ旅立つ?私が私であるために
どこに旅立つ?それを決めるのは私だ!
さあ行こうよ!どこかへ!
秀樹
あっ あ ちょっと待って
本当にこんな急に出てっちゃって 大丈夫なのか?
歩の後を追う秀樹
舞台下手で立ち止まる歩
歩
大丈夫だ!だってパパが教えてくれたよ
「汝よ己の道を歩め 人をしてその語るに任せん」
朝日の中 振り返らずに歩み去っていく歩
END
