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【第79話】中国自動車道 本郷PA上りは本郷スタミナラーメンライスセットは、待機という名の人生だった。

運送屋には、頑張ってもどうにもならない日がある。

朝から現場へ向かう。

段取りは頭に入っている。

搬入時間。

待機場所。

担当者の名前。

注意事項。

こっちはもう、現場の入口から荷降ろしの流れまで頭の中で1回リハーサルしている。

ところが、1本の電話で全部ひっくり返る。

「すみません。明日になりました。」

たったそれだけ。

たったそれだけで、今日という1日が急に宙ぶらりんになる。

怒るほどのことでもない。

でも笑えるほど軽くもない。

現場の都合。

この言葉は便利だ。

便利すぎて、時々人間の感情まで荷台から下ろしてしまう。

こちらは走ってきた。

時間も燃料も使った。

段取りも組んだ。

でも現場が動かないなら、こっちも動けない。

結局、本郷PAで1日待機になった。

前回と同じ、本郷パーキングエリア上り。

昨日はここで、ごろごろ野菜の田舎豚汁定食を食べた。

あれは優しかった。

米みその甘さが、疲れた体に布団を掛けてくれるような1杯だった。

ところが今日は違う。

朝から待機。

することがない。

走れない。

降ろせない。

帰れない。

働いているのに、働けない。

この中途半端さが1番こたえる。

サボっているなら、まだ開き直れる。

休みなら、堂々と寝られる。

でも待機は違う。

いつ呼ばれるか分からない。

スマホは握っている。

電話が鳴れば出る。

状況が変わればすぐ動く。

だから完全には休めない。

かといって、仕事が進むわけでもない。

人間を1番疲れさせるのは、重い荷物じゃない。

どうにもならない時間だ。

昼間の本郷PAは、どこかのんびりしている。

観光客が土産物を見ている。

家族連れがソフトクリームを買っている。

営業車の男が、缶コーヒー片手に電話している。

みんな、それぞれ目的がある顔をしている。

俺だけが、少しだけ置き忘れられた荷物みたいに駐車場にいた。

運転席でシートを倒す。

寝ようとする。

でも寝られない。

寝たら電話に気づかないんじゃないか。

そんなことを考えている時点で、もう休憩ではない。

スマホを見る。

ニュースを見る。

SNSを見る。

天気を見る。

意味もなく地図を見る。

自分が今どこにいるのかなんて分かっているのに、地図を見てしまう。

人間は不安になると、現在地を確認したがる。

情けない話だ。

車内にいても、外にいても、時間は減らない。

時計を見る。

まだ昼過ぎ。

もう1度見る。

3分しか経っていない。

誰だ、時間は平等だなんて言ったやつは。

忙しい時の3分は一瞬で消えるくせに、待機中の3分はやたら偉そうに居座る。

こっちを見下ろしている。

「どうだ、俺は長いだろう」

みたいな顔をしている。

夕方になる。

空の色が少し沈む。

PAの照明が点き始める。

昼間の本郷PAとは別の顔になる。

家族連れの声が少し遠くなり、大型車の存在感が増してくる。

エンジン音。

ドアの開く音。

靴底がアスファルトを踏む音。

誰かがコンビニ袋をぶら下げて歩いている。

誰かが車内でカップ麺を食べている。

誰かが明日の現場の資料を確認している。

ここは観光地じゃない。

働いている人間が、少しだけ人間に戻る場所だ。

腹が減ってきた。

朝から大したことはしていない。

でも腹は減る。

これが不思議だ。

人間は何もしなくても腹が減る。

むしろ何もできない日のほうが、変な疲れ方をして腹が減る。

フードコートへ向かう。

昨日も通った入口。

昨日も見た券売機。

昨日も座ったようなテーブル。

同じ場所にまた来ると、少し恥ずかしい。

まるでPAに見透かされているような気がする。

「お前、まだいたのか」

そう言われている気がする。

いるんだよ。

こっちだって好きで居座ってるわけじゃない。

本日の夕飯は、本郷スタミナラーメンライスセット。

1,200円。

安芸高田市の地元醸造の米みそを使用。

にんにくたっぷり。

ガツンとパンチの効いたスタミナメニュー。

ご飯もついてボリューム満点。

説明文の時点で、もう遠慮がない。

優しく抱きしめる料理ではない。

胸ぐらをつかんで、

「おい、明日も走るんだろ」

と言ってくるタイプの飯だ。

食券を出す。

呼び出しベルを受け取る。

席に座る。

周りでは、それぞれの夕飯が始まっている。

カレーを黙々と食べる男。

うどんをすすっている年配夫婦。

ラーメンを前にスマホを置いている若者。

誰も大げさに語らない。

でも全員、今日を終わらせようとしている。

PAの夕飯には、そういう静かな儀式みたいなところがある。

ベルが鳴る。

取りに行く。

トレーの上に、ラーメンと白飯。

これだけで景色が変わる。

本郷スタミナラーメンは、見た目からして強い。

味噌の色が濃い。

湯気ににんにくが混ざって、一直線に鼻へ来る。

ああ、これは逃げられない。

明日の口臭なんて知らない。

今日は誰にも気を遣わない。

現場も明日。

打ち合わせも明日。

人間関係も明日。

今日だけは、にんにくの味方でいい。

まずスープをひと口。

米みその甘みが最初に来る。

優しい。

と思った次の瞬間、にんにくが後ろから肩を組んでくる。

組むというより、締め上げてくる。

うまい。

昨日の豚汁が、疲れた体をさすってくれる味なら、

今日のスタミナラーメンは、落ち込んだ背中を平手で叩いてくる味だ。

「いつまでしょぼくれてんだ」

そう言われているような気がした。

麺をすする。

熱い。

濃い。

勢いがある。

味噌が麺に絡む。

にんにくが追いかけてくる。

口の中が一気に仕事モードへ戻る。

何もしていない1日だったのに、体の奥に少しずつ火が入っていく。

不思議なものだ。

人間は、うまいものを食べると少しだけ許せるようになる。

今日の無駄。

現場の都合。

待機の虚しさ。

全部が消えるわけじゃない。

でも、まあ仕方ないか、くらいにはなる。

そのくらいで十分だ。

白飯を食べる。

これがまたいい。

味噌ラーメンに白飯。

誰が考えたのか知らないが、かなり信用できる人間だ。

スープを飲んで、麺をすすって、白飯を入れる。

順番が大事だ。

口の中で味噌とにんにくが暴れているところへ、白飯が入ってくる。

白飯は偉い。

何も主張しない顔をして、全部受け止める。

社会で1番出世するタイプだ。

俺みたいにすぐ顔に出る人間とは違う。

ご飯があるだけで、ラーメンは食事になる。

ラーメンだけなら勢い。

ライスが付くと生活になる。

この差は大きい。

途中で箸が止まる。

腹が満たされてきたからではない。

少し考えてしまった。

昨日もここで飯を食った。

今日もここで飯を食っている。

同じPA。

同じフードコート。

同じような照明。

でも気持ちはまるで違う。

昨日は、走ったあとの飯だった。

今日は、止められたあとの飯だ。

同じ飯でも、食う人間の心が違えば、味まで変わる。

旅というのは、場所を移動することだと思っていた。

でも本当は、同じ場所にいても旅になる時がある。

昨日の自分と今日の自分の間を移動する。

それも立派な旅なのかもしれない。

などと、ラーメンの前で急に哲学者みたいなことを考える。

似合わない。

味噌スープに反省しろと言われそうだ。

また麺をすする。

現実に戻る。

結局、腹が減った男に難しい理屈はいらない。

うまいか。

足りるか。

明日走れるか。

この3つでだいたい人生は片づく。

もちろん片づかないこともある。

給料。

段取り。

責任。

人間関係。

家庭。

将来。

全部ラーメン1杯ではどうにもならない。

それでも、ラーメン1杯で立て直せる夜はある。

そういう夜を持っている人間は、まだ大丈夫だと思う。

最後にスープをもう1口飲む。

味噌の甘み。

にんにくの刺激。

塩気。

油。

全部が少し強い。

強すぎるくらいだ。

でも今日の俺にはちょうどよかった。

弱った日に優しさだけを出されると、かえって惨めになることがある。

「大丈夫?」

と聞かれるより、

「食え」

と言われたほうが助かる夜がある。

本郷スタミナラーメンライスセットは、まさにそれだった。

食べ終わって、トレーを返す。

腹は重い。

でも気持ちは少し軽い。

不思議なもので、体に重さが入ると心の重さが少し抜ける。

駐車場へ戻る。

夜の本郷PAは静かだった。

大型車の間に白い照明が落ちている。

遠くでエンジンが唸る。

誰かの1日が、まだ終わっていない音だ。

自分のトラックへ戻る。

ドアを開ける。

運転席に座る。

明日の段取りをもう1度確認する。

現場は明日。

今日の待機は終わった。

何も進まなかった1日。

でも、何も残らなかったわけじゃない。

昼は豚汁に救われた。

夜はスタミナラーメンに叩き起こされた。

本郷PA。

1回寄っただけなら、ただの休憩場所だった。

2回飯を食ったら、少しだけ記憶の場所になった。

運送屋の旅は、観光案内には載らない。

有名な絶景もない。

誰かに自慢するような土産話も少ない。

それでも、こういう夜がある。

現場の都合で足止めされて、

同じPAで2度目の飯を食って、

にんにく臭い息で明日のことを考える。

情けないようで、悪くない。

人生なんて案外、予定通り進まない日のほうが多い。

だからこそ、予定外の飯が妙に残る。

スタミナとは、筋肉のことだけじゃない。

気合いのことでもない。

明日もまたエンジンをかけようと思えること。

その小さな回復力のことだ。

本郷の夜に、にんにくと米みそで少しだけ戻ってきた。

人間に。

たぶんそれで十分だ。

今回の一食

場所:中国自動車道 上り 本郷PA
メニュー:本郷スタミナラーメンライスセット
価格:1,200円(税込)

推しポイント:
安芸高田市の地元醸造米みそに、にんにくが遠慮なく突っ込んでくる1杯。優しく慰めるというより、背中を叩いて明日に戻してくれる飯。ライス付きなのがまた偉い。

景色:
夕方から夜へ変わる本郷PA。大型車の列、白い照明、アスファルトに残る1日の熱。現場待機の男が、行く場所も帰る場所も一旦横に置いて、ラーメンの湯気を見ている。

雰囲気:
昨日も今日も同じPA。でも気持ちは少し違う。退屈な待機時間まで、なぜか旅の1部にしてしまう場所。派手さはないが、働く人間にはちょうどいい温度がある。

注意点:
にんにくはかなり本気。翌日に打ち合わせや密閉空間での会話があるなら、少しだけ覚悟がいる。本人は元気になるが、周囲も巻き込む可能性あり。

満腹感:★★★★★
味噌のやさしさ:★★★★☆
にんにくパンチ力:★★★★★★
白飯消滅力:★★★★★★
待機時間救済度:★★★★★
明日も走れる気になる度:★★★★★

ひとこと:
待機で1日は止まったが、ラーメンの湯気だけはちゃんと前に進んでいた。

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