風が吹いた日
4月4日土曜日。
早起きして7時の特急ひたちに乗る。
3月11日に夫が「日帰りでも良いから福島に行きたい」と言った。この15年毎年震災のことを考えてモヤモヤとしていたけど、今年は行けば何かが変わる気がしてきた、とのことだった。では行こうということでお互いの習い事が休みの今日に決めた。3月に関西在住の友人にこのことを話すと「わたしも行きたい!」と言ってくれて3人で行くことにした。いわき駅でレンタカーを借りて落ち合う予定だ。
昨日23時過ぎまで仕事をしていた夫は、ひたちの中では眠っている時間が長く、その間わたしは本を読んだ。いつもの本屋で衝動買いをした「わたしもナグネだから」。国家や戦争に翻弄されたコリアン数人の人生を書き留めたものだ。まだ1人目しか読んでいないのに苦しくて仕方がなかった。大日本帝国に支配され、その結果2つに分断された民族は、同じ民族同士で戦うことになる。そのおかげで敗戦後の日本の経済は潤った。高度経済成長による華やかな戦後復興を成したのだ。なんという話だろう。
国は平気で市井の人々の生活を踏み躙る。尊厳を奪う。戦争だけではなく、エネルギー開発、自然災害後の復興においても。それが否応なしに身体の中に流れ込んでくる旅だった。
行き先はポリタスTVの受け売りの場所がメイン。1番行きたい場所に1番に行く。ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館。楢葉町の宝鏡寺の中にある。福島県が原子力発電所を誘致した当時から原発に反対していた住職が運営していたのだけど、その住職は既に他界してしまっている。小さな空間に資料がびっしりと並べられていて、わたしたちが圧倒されていると、小柄なおばあさんがダンボールなどを抱えてふらりと入ってきた。住職の妻の千枝子さんだ。そこから千枝子さんの経験が滔々と語られた。復興したなんてメディアは華々しく取り上げるけれど現実は全く違っていること、必ず戻ってこようと家をずっと片付けていたおじいさんがやっと戻った時、周りの家々には誰も戻ってこず独りぼっちになってしまったこと、東電との裁判では地裁で敗訴となり、希望を失っていた高裁判決日に沢山の人が「がんばれ!」と応援に駆けつけてくれたこと、その時の景色。そして高裁での勝訴、更に最高裁でも高裁の判決を引き継ぐ判決が出た時の安堵。彼らの苦しみや怒りを思うと、涙を堪えることができなかった。寒い中沢山の話をしてくださり、わたしたちが帰る時には、炬燵に入っていたのに外まで出てきて車が見えなくなるまで見送ってくれた。志ある夫と共に闘い続けて、夫亡き後も彼の意志を引き継ぎ話し続ける千枝子さんというひとりの女性の人生について少し思いを巡らせた。




天ぷらが軽くて美味しかった〜
夫に替わって今度はわたしの運転で、楢葉町から双葉町を通り過ぎて浪江町まで。目的地は浪江町立請戸小学校。津波の爪痕を残す場所。
ゾッとするのは海沿いを走っているのに海が全く見えないこと。無機質な防波堤がずっと続いている。請戸小学校の展示室では、震災前の浪江町の人々の生活がパネルで紹介されていたのだけど、中に豊漁を願うお祭りの写真があった。寒い奇跡、ふんどしの男の人たちが米俵を乗せた舟を曳いて冷たい海に入っている。そうだ、この人たちは海と生きてきた人たちなんだ、と知る。海と共に生きてきた人たちから、海を奪って、それが生活を取り戻すことになるだろうか。
津波に襲われた学校の姿は痛ましかった。津波の時間で時計が止まり、ランドセル入れに生徒の名前が貼られたままになっている。その時学校にいた100名近い生徒全員が教師と共に、少し離れた大平山まで逃げて助かったことは奇跡のように思える。その奇跡を感じるのと同時に、宮城県石巻市の大川小学校の生徒たちのことを考える。同じ波に飲まれてしまった生徒たちのことを。

ここに全部家があった













請戸小学校の生徒たちは助かったけれど、町は壊滅状態になった。今回の展示を見て初めてそのことに気付いたけれど、この町の周辺の人々は、津波に攫われた親族を捜索することも叶わなくなったのだ。原発が爆発したからだ。「お願いだから探しに行かせてくださいと、涙を流して役場に訴える人は1人や2人ではなかった」と展示にあった。心臓を強く握りつぶされるようだった。
もうあまり時間がない。せっかくなので近くの道の駅に行って地酒を買い(夫はクレープを食べていた)、残りの時間は双葉町を少しドライブすることになった。帰宅困難区域と解除されたばかりの場所の境界に行ってみる。解除されたばかりの場所には、倒壊しかけたまま手付かずになっていた家があったり、そう狭くない土地に汚染された土が袋に入れて並べられており、白いバリケードで囲って周りから見えないようにされていた。映画「関心領域」を思い出す。隠して、無いことにしようとしている。


時間ギリギリセーフでレンタカーを返し、夕飯は利久の牛タン。利久にはオリジナルクラフトビールが沢山あり、テンションか上がった。
帰りは友人とおしゃべり。夫が爆睡する横で2時間半ノンストップで喋り続けた。
たくさんの苦しみや悲しみ、怒りを受け取った場所で、旅としてもとても充実し楽しいものになったのは彼女が一緒に来てくれたことが大きいと思う。
とても良い一日になった。
土曜日はそんな感じです。
