会社員に向いてないのかもしれない、と何度も思ったHSP気質繊細さん僕が、ようやく見直せたこと
僕は、会社に消耗した経験から、無理を重ねない働き方について考えるようになりました。
今は、HSP気質の人に向けて、働き方やキャリアの整え方を発信しています。
それは、昔の僕がずっと「会社員に向いてない自分はダメなんだ」と思い込み、自分を責め続けていたからです。
頑張れない自分を責めてしまう感覚に、長く閉じ込められていた、という言い方のほうが近いのかもしれません。
でも今はそう捉えています。
大事なのは、会社員に向いているかどうかそのものより、どんな前提の働き方だと消耗しやすいかです。
会社に消耗した経験は、働き方を見直す入口になる。
僕はここに意味があると思っています。
会社員に向いてないのかもしれない、と感じる瞬間が何度もあった
僕は、朝から出社が辛かった。
満員電車の中で、胸のあたりがざわつく。
周りの話し声やドアの音が、妙に近く感じて、呼吸が浅くなる。
そんな朝が続きました。
帰りの電車で、自分が嫌になって泣いたこともあります。
嗚咽しそうになったり、乗る気分になれずに何本もホームで見送ったり。同じような経験を持つ人もいるのかもしれません。
当時の僕は、「なんでこんなことで」と自分を責めていました。
仕事が嫌だったというより、会社に行くこと自体がしんどかったんです。
やっと会社に着いても、やることがない。
ネットサーフィンにも飽きる。
周りは普通に働いているように見えるのに、自分だけ何もしていない時間が流れる。あれはあれで、かなり苦しかったです。
時計の針だけが動いているみたいで、存在している実感が薄くなる感覚。
説明しにくいんですが、ちゃんとしたいだけなのに、動けない自分が嫌になる日が続きました。
そのたびに思っていました。
「自分は会社員に向いてないんじゃないか」と。
人と関わるのが苦手。できるなら一人でやりたい。上司に気を遣って立ち回るのも苦手。同じ人間関係がずっと続くのも苦痛でした。
それでも当時の僕は、向いてないのではなく、自分が弱いだけだと思っていました。
サラリーマンとして合わせるのは当然だ、と。
そもそも学生時代から人とあまり関わらなかった自分の人生設計が間違っていたのだと、本気で思っていました。
僕がしんどかったのは、仕事そのものより“会社員の前提”だった
今振り返ると、僕を苦しめたのは仕事量より、人間関係の緊張でした。
毎日同じ人たちと顔を合わせる。
空気を読むことが前提になっている。
急な依頼、雑談、電話、会議。小さな刺激がずっと積み重なって、逃げ場がない。
周りの空気を拾い続けていると、
神経が細く張りつめたまま戻らない日がある。
そんな職場の「前提」でした。
仕事内容そのものなら、まだ耐えられた部分もありました。
でも、会社員という働き方の前提が合っていなかった。
仕事内容だけなら耐えられても、常に人間関係と空気を読み続ける前提そのものが、僕には大きな負荷でした。
問題は能力ではなく、環境との相性でした。
これは弱さではなく、設計の問題です。
無理を減らすことは、後ろ向きではありません。
むしろ、自分が長く生きるために必要な視点でした。
HSP気質の人が会社員で消耗しやすいのは、珍しいことではない
HSP気質の人は、刺激や人間関係の緊張を拾いやすいです。
周囲の表情、声のトーン、空気感。雑音やマルチタスクの多さ。
そうしたものに敏感だからこそ、職場のような閉じた環境では消耗しやすい。
周りは平気そうなのに、自分だけどっと疲れてしまう。
そんな経験、あったりしますよね。
だから、会社員に向いてないという話をしたいわけではありません。
合わない職場では消耗しやすい、ということです。
働けないのではなく、
合わない前提で頑張りすぎていただけかもしれません。
自分を責めるより先に、環境との相性を見たほうがいいこともあります。
苦しさには、必ず背景があります。
自分だけがおかしいわけではない。
そこを知るだけでも、少し息がしやすくなる。
そう感じる人もいるのかもしれません。
当時の僕は、環境ではなく“性格の弱さ”の問題だと思っていた
あの頃の僕に足りなかったのは、根性ではなく前提を見直す視点でした。
でも当時は、そこに気づけませんでした。
気にしすぎる自分が悪い。我慢できない自分が甘い。
もっと強くならなきゃいけない。
もっと慣れなきゃいけない。
そうやって、環境を見直すより、自分を変えることばかり考えていました。
自己啓発を学ぶ。コーチングを学ぶ。考え方を変える。仕事を効率化する。コミュニケーションも勉強する。努力していないわけではなかったです。
むしろ、かなり努力していました。
それでも現実が変わらないとき、喉の奥がつまるような感覚が続くこともありました。
でも、現実は変わらなかった。
何をしても、崩れた人間関係の中では空気が変わらない。
そのうち、会社はどちらかといえば自分を追い出したいのだろう、と感じるようになりました。
必要だったのは努力より、前提の見直しでした。
感情だけでなく、構造も見たほうがいい。
今はそうはっきり思います。
ACT診断で見ると、SMA-1の僕は“合わない環境でも耐えようとしていた”
ACT診断で見ると、僕はSMA-1です。
SMAは、本来は深く考えて整理するタイプ。
状況をよく見て、違和感を言語化して、無駄を減らす方向に力を使えるタイプとも言えます。
ただ、レベル1だと、その力が前進より防衛に使われやすい。
環境を変えるために考えるのではなく、傷つかないために考える。
僕はまさにその状態でした。
当時の仕事は人事で、考える余地の少ないデータ登録作業が中心でした。
僕の特性と、仕事の中身の相性も良くなかった。
それでも僕は、「合わない」と感じながら耐える方向に思考を使っていました。
慎重さが、行動ではなく停止に出ていたんです。
本当は、適応障害やうつになる前から違和感はありました。
でも辞められなかった。
正社員の権利を手放したくなかった。
弱視の障害もあり、もう二度と正社員にはなれないと思い込んでいたからです。
本当は環境を見直す必要があったのに、自分の我慢で解決しようとしていた。
SMA-1の僕は、まさにそういう状態でした。
でも、ここで終わりではないとも思っています。
SMAは、防衛に使っていた思考を、整理や価値提供の方向に変えていけるタイプでもあります。
自分の特性を知ることは、守りではなく前進です。
この経験は、痛みで終わらせなくていい。
痛みを知ったからこそ、渡せる視点があります。
まとめ:会社員に向いてないのではなく、合う働き方をまだ選べていないだけかもしれない
会社員に向いてない。
そう感じること自体は、恥ずかしいことではありません。
ただ、その言葉のまま自分を切り捨てる必要もありません。
会社員に向いてない = 働けない、ではない。
問題は能力ではなく、環境との相性。
無理を重ねない働き方は、甘えではなく戦略。
これは甘えではなく調整。
逃げではなく再設計。
僕はまだ途中です。
でも、途中だからこそ届けられる言葉があります。
経験には、他者に渡せる価値がある。
そう信じて、これからも書いていきます。
