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【詩のような物語】青い雨、降る前に笑え!/シロクマ文芸部

青い雨事件の話をしよう。

「……おまえ、ナスみたいになってんぞ!」

園山が叫んだ瞬間、宮下さんは吹き出した。

彼女の顔も、髪も、フォークダンス用の白い体操服も、ぜんぶ青に染まっている。

雲一つない快晴のグラウンドに、突如として“青い雨”が降った。

文化祭前日、美術室では3年A組が仕上げの大パネルを描いていた。

「空は、自由の象徴だ。だからこそ、無限の可能性を秘めた一番深い青を描きたいんだ」

なんて言って、青の絵の具をバケツで大胆に溶いていたのは、クラス委員の三好先輩だ。

彼女はいつも、完璧主義で、自分の理想とするものを形にすることに情熱を燃やしていた。

──そのバケツが、風に煽られて窓の外へ。

真下では、1年生たちがぎこちなくフォークダンスの練習をしていた。

その日のフォークダンスは、クラスのテーマである「新しい空へ」に合わせて、真っ白な体操服で自由に舞う、というものだった。

ざばぁあああああ。

まずは沈黙が広がった。

次に、誰かの笑い声がこぼれ出して……。

瞬く間に大爆笑の渦へ。

「なにこれ!水色軍団じゃん!」
「おまえ、スマーフに転生した?(笑)」
「お前だってスライムみたいになってんじゃん!」

宮下さんは、手についた青を見つめながら、笑いながら、どこか少し救われたような顔をしていた。

さっきまで、練習がうまくいかなくて泣きそうだったのに。

園山は、こっそりほっとしていた。

本当はダンスなんて苦手で、全員の前で間違えるのが怖かった。
でも、今はみんな、びしょびしょの青。

ダンスのステップを間違える心配も、恥ずかしい思いをする心配も、もうない。

「自分だけ」じゃないって、なんでこんなに安心するんだろう。

絵の具の雨に濡れながら、ふたりは空を見上げた。

そこには本物の青い空──じゃなくて、美術室の窓。


一方、その美術室は、今まさに、軽い地獄絵図が広がっていた。

「誰ぇ!?落としたの!!」
「バケツが!バケツがない!!」
「ちょっと待って、青、全部いった!?あれ、青、我々の生命線では!?!?」
「っていうかさ、誰、窓辺に置いたの!?風来るの知ってたでしょ!?三好ぃぃぃぃ~~~~~!」

「私!?いやでも風が!自然が!地球が!!」

三好先輩はもはや呆然と頭を抱えながら、クラスメイトたちに囲まれていた。

完璧主義の彼女にとって、この大失敗はまさに悪夢だっただろう。

それだけではなかった。

バケツが落ちそうなのを止めようとした下田が転んだ。

それも残っていた"青"のペンキのうえにに。

流れ出たペンキに足を取られる部員たち。

将棋倒しになった面々は、当然のごとく、全身青になった。

筆がポニーテールに絡まり、床は青く、ぬるぬる、混乱は極まる。

「もう青、ないってば!」
「空、描けないんだけど!?白紙提出!?」
「逆に、“未完成の空”って詩的じゃない!?」
「ポエム言ってる場合かぁぁ!!」

しかし、不思議と、全員がどこかちょっと楽しそうだった。

「三好先輩、大丈夫っすよ!まだ何とかなるって!」

「そうだよ、誰も怪我しなかったんだから!」

クラスメイトたちが次々に声をかける。三好は顔を上げ、周りの、青に染まった彼らの顔を見た。

そこには非難の目などなく、むしろの状況を楽しんでいるような笑顔があった。
彼女の肩から、少しずつ力が抜けていくのがわかった。

その夜、体育倉庫で、残ったペンキと涙と笑いで空が塗り直された。

三好先輩は、これまでになく、皆の意見に耳を傾けていた。
誰かが提案した。

“本物の空”を少しだけ真似しようって。青に、ちょっとだけ灰色を混ぜた、群青の空。
それは、三好が最初思い描いた「自由の象徴」としての完璧な青ではなかったけれど、皆で作り上げた「私たちの空」だった。

完成は午前2時。それでも、誰も文句は言わなかった。

翌日の文化祭は、最高に晴れた。
1年生のフォークダンスでは、青い絵の具のシミがまるで模様のようになった体操服で、彼らは「新しい空へ」のテーマを体現するように、一段と生き生きと舞った。

観客は、それを演出だと思っていたらしく、ダンスは好評を博した。

そして、3年A組の巨大パネルといえば。

群青の空の下、パネルに描かれた人々は皆、表情豊かに、笑っていた。


賞は取らなかったけれど──「青い雨事件」は、10年後も語り継がれることになる。

毎年、文化祭が近づくと、後輩たちは「伝説の青い雨事件って知ってます?」

「あれ以来、美術室の窓の下ではフォークダンスしないらしいっすよ!」と、まことしやかに語り合う。

まるで神話のように、事件は形を変えながら、脈々と受け継がれていくのだ。

そして、卒業10周年の同窓会。

会場には、あの日の青い染みを思い出させるような、ちょっとくすんだ水色のカクテルが用意されていた。

「青い雨」と名付けられたそのカクテルを手に、当時のメンバーは笑い合った。

「あの時は本当に焦ったよな、三好先輩」
「私が一番真っ青だったわ!」
「三好はあの後、ちょっとだけ丸くなったよな」
「そうかな?」

三好先輩は、少し照れくさそうに笑った。
あの完璧主義だった彼女が、今では多少のハプニングも笑い飛ばせるようになったのは、あの「青い雨」のおかげかもしれない。

彼女は、理想通りの「自由の空」ではなく、予期せぬ出来事から生まれた「みんなの空」を描くことで、より大きな自由を手に入れたのだろう。

宮下さんは「あの青い体操服、今でも捨てられないんだよね」と笑い、園山は「まさか、あの事件がきっかけで、俺がダンス部に入るとは思わなかった」と続けた。

──だって、あの日、私たちはみんな、世界でいちばん、綺麗に汚れたんだから。


「でもさ、結局あの空が一番、私たちらしかったよね」

誰かが言ったその一言が、ずっと胸に残っている。

完璧じゃない。だからこそ、忘れられない。

あの日、私たちは、世界でいちばん自由な空を描いたのだ。


シロクマ文芸部に参加させていただいています。



最後までお読みいただきありがとうございました。
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もしかしたら、そのひとことから「詩のような物語」が生まれるかもしれません。


【詩のような物語】という、小さな物語たちを紡いでいます。
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