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短編小説|二十一日目/シロクマ文芸部/詩のような物語

夏休み、と赤い字で囲んだのは、じいちゃんだった。

カレンダーの八月の欄には、ラジオ体操の場所と時間まで書いてある。

六時三十分。公民館前。

じいちゃんは、判子を押す係だった。

首から下げた木箱には、朱肉と印鑑が入っていた。

ラジオ体操が終わると、子どもたちはカードを持って、じいちゃんの前に並んだ。

ぼくは中学生で、もう行かなくてもいい年だったけれど、毎朝じいちゃんについていった。

列のいちばん後ろにいるぼくを見つけると、じいちゃんは少しだけ笑った。

それから、ぼくのカードにだけ、判子を二つ押した。

どうして二つなの、と聞いたことはない。

じいちゃんも、理由を言わなかった。

カードには、二十日分の二重丸が並んでいる。

二十一日目の朝、じいちゃんは起きてこなかった。

枕元には、いつもの木箱が置いてあった。

きっと前の晩に、朝の支度をしておいたのだと思う。

葬儀が終わったあと、冷蔵庫を開けた。

麦茶のポットには、二センチほど麦茶が残っていた。

じいちゃんは毎晩、寝る前に麦茶を沸かして、ポットに継ぎ足していた。

継ぎ足す人がいなくなると、麦茶は減るだけになる。

ポットを持ったまま立っていると、二センチだけ残った麦茶が、だんだん見えなくなった。

涙で視界がにじんでいるのだと気づくまで、少し時間がかかった。

ぼくはしばらく、そのポットを洗えなかった。

縁側には、蚊取り線香が残っていた。

渦巻きの形のまま、灰になっていた。

じいちゃんが最後に火をつけたものだった。

触れたら崩れてしまいそうで、皿ごと動かさずにおいた。

九月になっても、そこにあった。

木箱は、仏壇の下にしまった。

ふたを開けると、朱肉はまだ湿っていた。

カードの二十一日目は、空いたままにした。

誰かに押してもらうことも、自分で押すこともしなかった。

ときどき、その空白に指を置く。

判子のない升目なのに、そこだけが、いちばんじいちゃんに近い気がする。

夏休み、と赤い字で囲んでくれる人は、もういない。

それでも八月になると、ぼくはカレンダーを見る。

六時三十分。

公民館前。

もう鳴らないはずのラジオの音が、遠くで聞こえる。


シロクマ文芸部に参加させていただいています。
小牧部長さま、いつもありがとうございます!
今回のお題
「夏休み」から始まる文芸作品です



【詩のような物語】という、小さな物語たちを紡いでいます。
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