不純な動機がくれた宝物。16歳の春とランニングシューズ
中学生3年生の頃、恋愛感情なのか、憧れなのか、自分でもわからないままに好きになった男の子がいた。
優等生的存在だった私はいつもみんなの輪とは少し離れたところにいた。かたや彼はまさに文武両道。陸上部に所属していて、大会に出てはしょっちゅう朝礼で表彰されていた。みんなを惹きつけるコミュ力も抜群。いつもクラスの中心にいた。
住む世界が違って、普通に考えたらまったく縁のない彼だったが、私の母と彼の母は、PTAきっかけのママ友同士で、たまに家族で一緒に食事をすることもあった。
学校では彼と話すことはほとんどなかったけど、みんなが知らない彼の顔を私は少しだけ知ってる。そのことは誰にも言わないで、ちょっとした優越感を感じてた。
だけど、そんな日々も中学卒業と共に終わった。
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高校生になった私は、陸上部に入ることにした。
彼に思いを伝えるつもりはなかったが、高校がバラバラになった彼と何かしら接点を持ちたかったのだ。なんて健気な高1の私。
そんな私に思ってもみない機会が訪れた。初めてのランニングシューズを彼と(そして彼の友人数人と)買いに行けることになったのだ!そのとき持ってる一番短いキュロットスカートを履いて、電車に乗って1時間。初めての男の子とのお出かけだった。
”きっと陸上向いてると思う。”
そのときにかけてくれた彼の言葉は、私のお守りになった。
彼が私の思いに気づいていたのか、気づいていなかったのか。その真偽はわからないが、その後、奇跡が起こるようなことはなく、彼とは自然に疎遠になっていった。
でも、お守りの言葉とそのとき買ったシューズは、陸上に打ち込むモチベーションとしては申し分なかった。幸い、尊敬できる先輩や気のおけない同級生にも恵まれて、私は高校の陸上部生活を謳歌した。
高校卒業後は辞めてしまったけれど、陸上は、私に一生ものの友人を授け、走ることの楽しさを教えてくれた。
社会人になり、超ブラックな生活を送っていたときに再び走り始め、20代の終わりにはホノルルマラソンも走った。
そしてまた走ることから疎遠になった現在。勢いで、オンラインコミュニティの仲間と駅伝に出ることになった。
シューズを買おうと調べてみると、なんと、あの彼と買いに行ったチェーン店が近所にあるではないか。30年前の気持ちを思い出して、きゅんとしながらシューズを買いに出かけた。
駅伝はもう目前なのにほとんど走れていないが、これを機に再び走るつもりだ。
***
それにしても、もうあんなに必死に、誰かに自分の気持ちに気づいてほしいと願いながら、何かを始めることなんてないのだろう。
それどころか、「自分はどうしたいのか?」と問いかけてばかりの私が、他人を繋ぎとめたい一心で陸上を始めたなんて、まるで違う人格のようだ。
あれは、高1の春のあのときしか、持ちえない気持ちだった。あのとき、陸上を始めてよかった。
新しいことを始めるのにぴったりな春。どんな動機であれ、それは賞味期限のあるもの。来年の春、また同じ気持ちになるかはわからない。自分らしくない理由で始めたことが、一生ものの宝物を連れて来てくれるかもしれない。
