『ソトノレンズ』 第ニ話 【創作大賞2024漫画原作部門】
1. 山岳地帯の小道 日中
標高の高い山々がそびえ立つ山岳地帯。青々と茂った草原が広がり、その中を一本の小道がくねりながら続いている。
1人の老婆、ミレイ(白髪を三つ編みにし、質素ながらもこだわりを感じる刺繍のワンピース、細身で寡黙そう)が小道の片隅に佇んでいる。彼女の目は、人通りのない道の先をじっと見つめ、どこか切なさが漂っている。
×××
2人の旅人(タヒトとルッカ)が小道を登っている。
タヒトは腹ペコの表情でお腹を抑えている。
そのお腹から「ぐぅ〜ぎゅるぎゅるぎゅる」と大きな音が鳴ると、ルッカはうるさいなっと言いたげに手に持つ小枝でタヒトのお腹をつつく。
タヒトはムスッとして、
タヒト「仕方ないだろ〜今俺の腹の中には、木の実と草しか入ってないんだから」
タヒト「そもそも!誰かさんが今すぐ出発するって飛び出していくから〜」
次はルッカがふてくされる。
ルッカ「でもタヒトだって、、」
タヒト「旅は先の先まで考えて行動することが大切なんだ!思いつきで行動するな。全てを疑ってかかるべし!」
ぶつぶつ言いながら進む2人。
ミレイ「あんた達」
突然の声に、2人が言い合いをやめて顔を上げると、丘の上に杖をついた老婆ミレイの姿。
ルッカは驚いてタヒトの後ろに隠れる。
ミレイ「困ってるならうちで食べていきなさい」
ぶっきらぼうに言うと、杖を頼りに足を引きずりながら、山の麓にぽつんと建つ家(白い漆喰の壁に茅葺き屋根、煙突から煙が上がっている)へ戻っていく。
ルッカが戸惑いタヒトを仰ぐと、タヒトの表情はキラキラと輝いている。
タヒト「ありがとうございまーす!」
ルッカ「っ?!」
タヒトは瞬く間に丘を駆け上がり、ミレイに追いつくと、丁寧にお辞儀をする。
タヒト「マダム、わたくしはタヒトと申します。ご厚情に深く感謝申し上げます」
ミレイ「マダムだなんてやめてちょうだい。ミレイよ」
立ち尽くすルッカ。
タヒトが丘の上から手招きしている。
タヒト「ルッカも早くー!」
ルッカは慌てて走り出し、タヒトに追いつくと声をひそめて話す。
ルッカ「そ、そんな簡単についてっていいのか?さっき思いつきで行動するな全てを疑えって!」
タヒト「あ〜あれは俺の師匠の言葉!俺は守ったこと一度もない」
あっけらかんと言い放つと「では」とミレイを支えて歩き出す。
ルッカ「、、もう!わかったよ!」
諦めてついて行くルッカ。
2. ミレイの家 夕方
家の中に招かれる二人。花瓶の花々、花柄の食器やパッチワークのクッションなど、こだわりを感じる室内。レースカーテンの隙間から柔らかい光が差し込んでいる。
ルッカは緊張の面持ちでタヒトの後ろからそっと室内を伺う。難しそうな顔をしていたが、ふと飾り棚の《コスモス畑の絵》に目をとめる。
繊細なタッチで描かれたその絵にルッカが見入っていると、ミレイが突然、額を倒す。
ミレイ「親不孝者が描いた絵さ。絵描きになるって出ていったきりのね」
ルッカ「、、、」
ミレイ「ほら、そんなことよりこっち!手伝っておくれ」
ミレイは「さぁ早く」とルッカをキッチンへと手招きする。
×××
テーブルには肉がごろっと入ったビーフシチュー。タヒトが「いっただきまーす!」と勢いよく食べ始め「うまい!うまい!」と口に運ぶ。
その横で、まだ躊躇っているルッカ。
ミレイ「そんな警戒しなくっても、毒なんて入ってないよ」
ルッカは慌てて、そんなつもりはないと首を横に振る。ミレイはくすりと笑い、少し寂しげに窓の外を眺める。
ミレイ「今日は息子の誕生日でね。帰って来やしないのに、つい癖で作っちゃうのさ」
ミレイ「捨てるのがもったいないから、毎年今日は旅の人に振る舞うことにしてるだけだよ」
自嘲気味に笑うミレイ。
かける言葉が見つからないルッカ。
タヒト「いただきー!」
突然横からタヒトが皿を狙ってくる。
「やめろ」と慌てて一口食べるルッカ。その美味しさに目をまんまるにさせ、バクバクと食べ始める。
ミレイ「そんな急いで食べなくても、いくらでもあるよ」
何度もおかわりをするルッカ。
ミレイは嬉しそうにしながらも、また切なげに窓の外を見ている。
ルッカはふと食べる手を止める。
ルッカ「あそこ、、」
窓の外、高くそびえる山を指さす。
ルッカ「あそこに何かあるんですか」
ミレイは一瞬驚いた表情を見せたが、ゆっくりと話し始める。
ミレイ「、、あの山の中腹にね、ちょっとした谷があってね、この時期になると野生のコスモスが一面に咲くのさ」
ルッカ「コスモスって」
ルッカが倒された額に目をやる。
ミレイ「あぁ、そうさ。それはそれは綺麗でね。死ぬまでにもう一度見たいと思ってるんだが、どうにも足がよくならなくて、今年も無理だね」
残念そうに足をさするミレイ。
ルッカも一緒に残念そうな表情を浮かべていたが、突如、妙案を思いついた顔をする。
チラッとタヒトを見ると、既に意を察しているようで、ニンマリとOKポーズをしている。
ルッカは意を決し「ミ、ミレイさん!」と口をまごつかせながら話し始める。
ルッカ「ぼ、ぼ、僕が代わりに行って写真を撮ってくるよ」
驚いた表情のミレイ。
ミレイ「写真って、見たままを紙に写せるっていう、あの魔法の道具のことかい?」
ルッカはこくりと頷く。
ミレイ「ははは、そんな高価なもの、いいよ」
ルッカ「大丈夫、まだ修行中だけど、僕、、カメラ、、やるんだ」
今にも噴火しそうにもじもじと話すルッカ。
その様子にミレイは優しく答える。
ミレイ「へぇ~そうだったのかい。じゃあお言葉に甘えてお願いしようかしら」
ルッカの顔が喜びで輝く。嬉しくてタヒトを見ると、タヒトも嬉しそうにグットポーズをしている。
3. 谷へ向かう登山道 早朝
空気はひんやりと澄んでおり、朝露が草木を覆っている。登山口でミレイに手を振る2人。ルッカはカメラバッグ、タヒトは三脚を背負っている。
2人は登山道を歩き始める。道は次第に岩肌が見え険しくなっていく。
黙々と歩く2人。
ルッカのカメラバッグを掴む手に力が入る。照れくさそうにポツリとつぶやく。
ルッカ「タヒト、ありがとう」
タヒトは驚いた表情を見せるが、すぐに目を輝かせて答える。
タヒト「この辺はモネロスから近いから何度か撮影に来てるけど、コスモス畑の話は初めて聞いたよ!俺も物凄く楽しみだ!」
ルッカは考え込みながら呟く。
ルッカ「そういえば、モネロスに入るには厳しい審査があるって、、」
タヒト「ああ、あれね」
ルッカが心配そうに尋ねる。
ルッカ「ちゃんとした身分とか?」
タヒト「言ったろ。モネロスに身分は存在しない。貴族だって一歩入れば普通の人さ」
ルッカ「本当にそんな国があるんだ」
タヒトは写真を撮るポーズをしてみせる。
ルッカ「写真?」
タヒト「そう。モネロス唯一の入国条件は『素晴らしきアート』を見せること」
ルッカ「じゃああと10年は入れないんじゃ」
タヒト「そんなことない。門は若いアーティストにも開かれてる。ルッカが自信を持って提出できる写真があれば大丈夫だよ。審査官もみんなアーティストだからね」
ルッカは眉間を寄せ不安な顔をしている。
タヒト「あ〜止め止め!誰かに評価される為に撮るんじゃないんだから!気にしないのが一番!」
地図を確認し岩山の上を指差す。
タヒト「ほら!ここを登ればミレイさんが言ってた谷だ」
4. 谷間のコスモス畑 昼前
岩を登りきる二人。息を切らしながら顔を上げると、目の前には一面に広がるコスモス畑。淡いピンクや白の花が風に揺れ、谷間全体を美しい色彩で埋め尽くしている。花々の香りが風に乗って漂ってくる。
ルッカ「わぁ」
タヒト「こりゃほんとにすごいな」
ルッカがゆっくりと口を開く。
ルッカ「記憶のままを撮ってあげたいな」
タヒト「じゃあ標準50mmでチャレンジしてみるか?」
タヒトはニヤリと笑うと、カメラバッグからレンズを取り出し付け替えはじめる。
タヒト「50mmが写す世界は、1番人の目に近いんだよ」
タヒトは「ほら覗いてみて」とカメラをルッカに渡す。ルッカがファインダーを覗き、目を離して周囲の景色と比べる。
タヒトはテキパキと準備を進め、次に三脚を立てはじめる。
タヒト「ルッカ、そっち持って」
ルッカは慌ててタヒトの補助にまわる。
タヒト「ミレイさんの身長はこのくらいかな?腰が伸びてたら、この辺りだな」
ルッカはタヒトの細かいこだわりに驚く。
タヒト「こういう写真は気持ちが大切」
ルッカ「わかった」
×××
三脚にセットされたカメラをのぞくルッカ。画角を何度か下方へずらし微調整している。
ルッカがごくりと唾を飲み込み、シャッターを切る。
『カシャ』
顔をあげるルッカ。コスモス畑を眺め、不安げな表情をする。
ルッカ「タヒト、、やっぱ僕の写真じゃ、ミレイさんに伝わらないよ」
タヒト「そうか?」
ルッカ「うん、、だからタヒトが」
言葉を遮るタヒト。
タヒト「じゃあルッカはどうしたい?」
思いもよらない質問に一瞬たじろぐが、真剣に考えこむルッカ。
ルッカ「うーん、なんかもっとバーンって感じで、ブワって風も吹いて、花の香りも香って、あっコスモスの花も沢山摘んで帰りたいし、、」
ぶつぶつと考えこむルッカに、タヒトは驚くも、くくくっと笑いをこらえはじめる。
ルッカがそれに気がつきむすっとする。
ルッカ「なんだよ!こっちは真剣なんだ!」
タヒト「ごめん、ごめん怒らないでくれ、それなら俺にもいいアイデアがある!」
タヒト「撮った写真と合わせ技でいこう!」
とニヤリと笑う。
×××
コスモス畑の開けた場所に立つ2人。
タヒトが、伝書鷹の足に手紙とフィルムケースを結び、空へと飛ばす。
タヒト「この距離なら現像して今夜には戻ってくる」
ルッカ「本当?」
タヒト「ああ、伝書鷹もモネロスの技師も優秀だからね。さっ俺たちも準備に戻ろう!」
ルッカはこくりと頷く。表情からワクワクしているのがわかる。
5. ミレイの家 夕方
ミレイは窓辺に立ち、心配そうな表情で遠くの山々を見つめている。
