乳がん治療と出産。あまり語られない、もうひとつの副作用。
手術が終わった。でも、本番はここからだ。
私は手術の際にリンパ節への転移が確認されたため、乳がんのステージ2bに分類される。リンパ節へ転移したということは、がんが全身を巡っている可能性があり、再発のリスクが高まる。
この場合、抗がん剤治療が推奨されることは薄々気づいていた。
治療には副作用がつきものだが、その全貌を術後の診察ではじめて知った。それを機に、「出産」に対する自分の本心と向き合うことになる。
抗がん剤治療で、子供が産めないなんて知らなかった
術後2週間が経ったころ、診察が再開し案の定、抗がん剤治療の話になった。私は2週間に1回のペースで全8回の投与を実施することになった。前半4回はEC療法(エピルビシン+シクロホスファミド)、後半4回はパクリタキセルという薬だ。
ここに来て、私は抗がん剤治療のことについて何も知識がなかったことを思い知らされる。抗がん剤治療は、すごく簡単に言うと、細胞の増殖の仕組みを邪魔して、がん細胞を攻撃する治療法だ。その一方で、がん以外の正常な細胞も同時に攻撃してしまう。がんをやっつけるために、それ以外の細胞が犠牲にならなければならない。
そのため、あらゆる副作用と付き合うことになる。副作用は投与する薬の種類と患者の体によって様々だが、私の場合、主にこのような副作用が予想される:
・脱毛(体中の毛すべて)
・吐き気・嘔吐
・倦怠感
・白血球の減少(感染症にかかりやすくなる)
・色素沈着(肌のシミ、爪が黒くなる)
・末梢神経障害(しびれ・痛み)
・関節痛、筋肉痛
パンフレットに印字されている文字だけを見ると、何だかピンとこないが、これらが自分の体に襲いかかることを想像すると、身構える。
そして、全く予想していなかった副作用もある。
先生から、「お子さんは?」と聞かれ、2歳の息子がいますと答えたら、意味深な表情で頷かれた。もし今後子供が欲しいという場合、治療前に相談するように言われた。
抗がん剤治療中、またその後に予定されているホルモン療法を実施している間は、胎児への悪影響があるため、妊娠できない。治療終了後も、卵巣機能の低下によって、一時的もしくは永続的に生理がこないこともある。ホルモン療法は、通常5年から10年続けなければならない。これを聞いている私は38歳なので、全ての治療が終わる頃に妊娠できる確率は極めて低い。
二人目の子供をぼんやりと考えていた矢先のことだったため、余計ショックだった。もし妊娠の希望がある場合は、治療が始まる前に対策はあるにはある。卵子や受精卵を凍結しておき、一時的に治療をお休みし、妊娠する期間を設ける方法だ。
先生ははっきりと口にされなかったが、どれくらい強く子供を望むかによると言うニュアンスで話されていた。それはつまり、子供を優先するか、治療を優先するかの決断を迫られていた。
その場では返す言葉が見つからず、次の診察までに考える時間をもらった。
そこまでして、本当に子供がほしいのか?
日々過ごしていく中で、ぼんやりと考えた。
同じアパートに住んでいるママさんがいる。すごく親しい訳ではないが、息子と同い年のお子さんがいるからか、すれ違う度に何となく親近感が湧いていた。ある日その人をエレベーターで見かけると、お腹の膨らみがあることに気づいた。二人目を妊娠されたんだ。
その後、ママ友たちが、二人目の子供を妊娠したという話がちらほら耳に入ってくる。歩道を歩いていると、やけに兄弟・姉妹を連れている家族が目に入る。
これから自分は、子供が産めない体になる。それを思うと、乗れるはずだったエレベーターのドアが、目の前で突然閉まった感覚だ。「あ、待ってください!」と声を出したり、手をドアの辺りに突き出して、無理やり止めて乗せてもらうことはまだできる。
でも、そこまでしてこのエレベーターに乗りたいと言う強い気持ちは湧いてこなかった。
世の中には子供が欲しくても、授かれない人も沢山いる。子供を持つも持たないも、子供の人数も個人の自由。そんなことは理解しているのに、何となく「子供は二人」という、世の中のデフォルトを勝手に意識させられていた。私はそのデフォルトから外れることが怖くて、二人目を産まなければと、少し自分を追い込んでいたことに気づいた。その瞬間、少し肩の力が抜けた。
息子のことは愛しているが、私は元々「子供」が好きな訳ではない。ただ、母親になることに興味はあった。そして、運よく息子を授かることができ、無事元気に生まれてきてくれた。それ自体が奇跡だ。さらに、乳がん治療で妊娠が困難になる前に、息子と出会えたことを考えると、奇跡でお腹がいっぱいになるくらいだ。
しばらく子供のことについて、夫とは言葉を交わしていなかった。ある日、夫が口を開いた。「子供のことなんだけれども、大丈夫だよ。ちーちゃんの命の方が大事だから。」と言ってくれた。表向きはクールに装ってしまう私だが、改めてこの人と結婚してよかったと心の中で噛み締める。
次の日、私たちは二人目のためにとっておいた、息子の小さくなった洋服を全て売り出した。そうして、私は抗がん剤治療への一歩を踏み出した。
