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第132話:お通しは不要か?必要か?

僕には韓国人の友人がいる。

彼らと話していると、
よく話題にあがるのが
「日本の居酒屋のお通し問題」だ。

これは韓国人に限った話ではないのだろう。

外国人観光客からすれば
「頼んでいないのに提供され、
しかも、有料である。」
というシステムは、
到底納得がいかないらしい。

韓国の食堂では「パンチャン」と呼ばれる
おかずがいくつも並ぶが、
基本的にすべて無料だ。

だからこそ、彼らにとって日本の
「お通し」は尚更、
疑問符が浮かぶシステムなのだろう。

では、お通しは本当に要らないものなのか?

結論から言うと、
僕はそうは思わない。

もちろん、彼らが納得いかないという
言い分はよくわかるし、
真っ当な店主であれば、
その葛藤も十分に理解しているはずだ。

(そのあたりを察することも
できないお店は、そもそも論外である)


僕がお通しを肯定する理由は、
それが単なるシステムではなく、
お店からの
「無言のメッセージ」だからだ。

お店によって意味合いは異なるが、
ほとんどの場合
「うちの料理のクオリティはこれくらいだよ」と
いう自信作を出してくる。

簡単にいえば、
初手から腕試しをしにきているのだ。

小鉢に盛られたその一口を味わうだけで、
そのお店の味の丁寧さや、どれだけ料理に
手をかけているのかが、透けて見える。


格闘技で例えるなら、
試合開始のゴングが鳴る前、
相手が構えた瞬間に、その力量を悟るような、
あの感覚に似ているのかもしれない。

それに、きちんとした仕事をするお店ほど、
一品目の料理が運ばれてくるまでに
それなりの時間がかかるものだ。

とりあえずのドリンクが運ばれてきたとき、
目の前に気の利いたお通しがあれば、
それを肴に、ゆっくりと喉を潤すことができる。

この「空白の時間を繋ぐ」というのも、
お通しの大切な役目である。

逆を言えば、お通しと称して
山盛りのざく切りキャベツを出してきたり、
その辺で買ってきたであろう惣菜を
テキトーに出してくるお店は、
その時点で退店を
考えていいレベルなのだ。


「頼んでもいないのに、どうして?」
などと、野暮な文句を言いたくなる時は、
そもそも、そのお店選び自体が
失敗だったという
証拠なのではないだろうか。

日本独自の文化、お通し。


美味しいビールや日本酒を
こよなく愛する僕にとって、
それは単なるシステムではなく、
これから始まる宴への期待を高めてくれる、
とても風情のあるものだと言える。

美味い酒と料理は人生を豊かにする。

そう信じて、これからも自分の舌と
直感を頼りに、多くのお店を巡り、
数々の味を食していきたい。

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