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清濁あわせのむ

「清濁あわせのむという、美しき矛盾」

私は若いころから、「清濁あわせのむ」という言葉を意識して生きてきました。
とはいえ、たまには忘れてしまいますし、正直、今でも完璧にできているわけではありません(笑)
でも、それでもいいと思っています。むしろ、その「揺らぎ」こそが人間らしさだからです。

かつての私は、人や出来事の“悪い面”が見えると、ついシャットアウトしてしまうタイプでした。
それは自分を守るためでもあり、「正しさ」へのこだわりでもありました。
けれど、それでは誰とも深く関われず、
いつまでも「理想」のなかに閉じこもってしまうことに、ある日ふと気がついたのです。

そこで私は、「濁」をあえて見つめることを選びました。
それは、他人の欠点だけでなく、自分の未熟さや感情の波も含みます。

この「あわせのむ」には、実はとても深い意味があります。
それは、すべてを許すことでも、見なかったことにすることでもない。
矛盾や違和感に蓋をせず、心の中に共存させながらも、
なお美しく、なお誠実に、なお希望を捨てずに生きようとすること。

ある種、それは“人間の器”を試されるような生き方です。
だから私は今もなお、挑戦の途中。
ときには心がぐらつき、ときには過去の癖に戻ってしまうこともある。
でも、だからこそ

私は、濁を知ってなお清らかであろうとする人に、心を打たれます。
曇り空の中で、それでも太陽の方を向く向日葵のように、あたたかく照らせる人になりたい。

濁りは、私たちの中にいつもあります。
それは誰かの心ない言葉だったり、自分の中に芽生えた小さな嫉妬だったり。
でも、その濁りをも見つめて、呑み込んで、抱えて、
そのうえでなお、誰かに優しくできたとき

きっとそれが、本当の「清」なのだと思います。(o^-^o)

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