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② 子育てに負けたくなくて、ネイル用品の発明を始めた。

続編


22歳、自由人が妊娠。

これまで後先考えず、やりたいことは全部やってきた人生だった。好きな事だけをやって自由に生きてきた。

だからこそ、これからは”母親”を務められるか不安でいっぱいでした。

成人式以降つけてない日はなかった、大好きなネイルアートもやめたし、他の趣味も全て捨て、夜遊びばかりしていた友達とは数人を除いて連絡先を消し、母になる覚悟を決めた。

仕事は大好き。
でも今日は休もうかな。。と毎朝一度は頭によぎるほど悪阻はつらかったが、仕事をやめれば、あの時の覚悟、自分との約束を破るような気がしてやめなかった。

6時間というかなり安産で産まれて来てくれて、あまりにもちいさくてちいさくて、初めの頃は抱きしめるのも壊れてしまいそうで怖かったのを覚えています。

″ほんまにずっと泣いてる″
″泣き声もかわいい″
″いっぱい泣いていいんやで″
幸せと新しい感情で胸がいっぱいでした。

でも、幸せの裏には、睡眠・食事・生活のすべてが制限付きで、自分のすべてをコントロールされる日々。

当時は市販の離乳食は与えたことはなかったし、おもちゃまで手作りしていた。

3歳頃までは実家に預けることもできなかったし、″これはみんなが経験する事″と勝手に理想の″母親とは″みたいなものを想像して、クリアしてきた。

今思えば産後うつだったのかもしれません。

そんな生活の中、どうにか自分を取り戻さないとおかしくなりそうで、大好きだったネイルアートを復活させることにしたんです。

とはいえ、サロンに行くと往復の時間を合わせると、要3時間。

そんな時間はどこにもなく、用品を買い集めて自宅で自分で施す、いわゆるセルフネイリストとなりました。

自分を爆誕させれるのは1日の全てのことが終わる23時頃。

ネイルアートを楽しみたいが、それに付随して待っているのは長いオフの時間。

もちろん自分でやるとプロより時間がかかる。
深夜は、かわいいモンスターの夜泣き。
今日は右手。明日は左手。明日の朝は仕事もある。

睡眠時間が減るからもうやめようかな。。

でも、やめれば子育てに負けたような気がする。。

4時間睡眠になろうが、やめることはしませんでした。

横着な私は、小さい頃からやりたくない事をいかにして楽に済ませるかに命をかけてきた。

小学生時代の漢字の宿題は、鉛筆二本持ちの技を身につけて、みんなより1/2のムーブで宿題をこなしていた。

試行錯誤した先には″不可能を可能にできる″

笑い抜きで、これまでに何度も町工場で、その光景を見てきたからこその思考だったと思う。

塗る時間は変えられないけど、オフの時間なら短縮できるはず。

絶対にできる。
とりあえずやってみよう。

続く

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