映画「サンキュー、チャック」善良な方のキングがくれた、ありがとう!の物語
まさに、ありがとう!の物語
今作は、ネタバレ厳禁映画。
何も知らずに観られて本当によかった。(´▽`)
最初「一体どういうことだろう……(;'∀')」
と、手探りで進んでいくが、ストーリーが進むにつれて、
「え?そういうことォ!?」
と、どんどん面白くなっていく。
見えていた景色の意味が、少しずつ変わっていくタイプの映画だった。
観終わったあとに、「結局どういうこと?」と思う人もいるかもしれない。
なので、ネタバレありの部分では、あーだこーだ書こうと思う。
とはいえ、まずは難しく考えすぎず、しみじみと感じてみるのが一番おすすめな作品だと思う。
観た人の数だけ、色々と想像できそうで面白い。
スティーヴン・キング原作ではあるけれど、ホラー映画ではなく、善良な方の(笑)キングであった。
とはいえ、不穏な空気や、キングらしい少し怖い手触り、「よくよく考えると怖くない?」という感覚まで残してくるのはお見事でした。
原作は短編
ページ数にしても100ページくらいの作品。
そんな物語を、ここまで美しい映像表現に起こしたことが素晴らしかった。
サンキュー、マイク・フラナガン監督( ≧з≦)♡
チャックを演じるのは、『アベンジャーズ』シリーズのロキ役でおなじみ、トム・ヒドルストン。
その美しいステップには、すっかり魅了されてしまいました。
原作はどう表現しているのか気になって買っちゃいました。
GWのお楽しみ♡
以下ネタバレあーだこーだ
フラナガン監督とスティーブン・キングのセットだとホラー映画だと思ったのに、、、(笑)
ここから先は、ネタバレの世界よ~。
サンキュー!チャック✨
全3章構成。
3→2→1というように、人生を逆向きにたどっていく。
3章で描かれるのは、世界の終わり。
2章で描かれるのは、チャックという男の人生の中で、最もまばゆく輝いた一日。
1章で描かれるのは、彼の幼少期と、彼が自分の運命を知るまでの物語。
最初に描かれていた“世界の終わり”は、地球規模の終末ではなく、チャックという一人の男の頭の中にあった宇宙の終わりだった。
つまりこの映画は、チャックの人生を逆再生しながら
「一人の人間が死ぬとき、その人の頭の中にあった世界もまた終わる」ということを描いている。
チャックの頭の中には、彼が出会ってきた人、見てきた景色、聞いた言葉、読んだもの、想像したものが詰まっている。
だから、彼が脳腫瘍によって、認識や身体の機能を失っていくにつれ、世界も崩壊していく。
ネットの文字が化けるのも、言語能力が失われたこと。
世界中の災害、インフラが失われたり、食料難になるのも、彼の身体の状態を表わしていたのだろう。
そして、星が消えていく。
あれは、チャックの脳の中で、シナプスの発火がひとつずつ終わっていく姿だったのかもしれない。
彼が世界を認識し、記憶し、誰かの顔を思い出し、言葉を結び、人生を人生として保っていた無数の火花。
その灯りが、夜空の星のようにひとつずつ消えていく。
外側から見れば、脳の機能と命が失われていく時間。
けれど内側から見れば、それは宇宙の星々が消えていく終末なのだ。

そう考えると、ものすごく切ない。
けれど今作は、その悲しさをただの絶望として描かない。
むしろ、一人の人間の内側には、それほど大きな世界があったのだと見せてくれる。
作中で言及されるホイットマンの言葉。
「私は巨大だ。私の中には無数の人々がいる」
(I am large, I contain multitudes)
この映画を観ていて一番しみじみしたのは、人間の頭の中には、本当にたくさんの人が住んでいるのだなということだった。

家族や友人や恋人だけではない。
先生、同級生、葬儀屋、ローラースケートの女の子、職場や病院の人、路上ですれ違っただけの人。
名前も知らない誰かまで、自分の頭の中の世界には入り込んでいる。
3章に出てくる人たちが、別の章でも違う形で現れ、チャックの世界で暮らしていることが、とても良かった。
チャックの人生に深く関わった人だけではなく、ほんの一瞬だけ視界に入ったような人たちまで、彼の内なる宇宙の住人になっている。
私たちは、自分の人生を「自分の物語」だと思っている。
けれど実際には、その中には無数の他人がいる。
自分の中に他人がいて、他人の中にもまた自分がいる。
とても禅っぽい物語だとも思う。
「自分」という輪郭は、思っているよりも曖昧だ。
私が見たもの、聞いたもの、話した人、すれ違った人、想像したもの。
そういうもの全部が、少しずつ自分の中に入り込んで、私という宇宙を作っている。
そして、第2章。
謎の会計士の男が路上のドラムに合わせて突然踊る話である。
初見は、なんでこんなに踊れるの!?と思うし、後から納得させる作りに唸ってしまう。
そして、ここが今作の心臓でもある。
チャックは青年期に、自分が老いる前に早々死ぬことを、あの屋根裏の小部屋の知ってしまった。
手の傷で自分だと想像できるが、何歳なのかはわからない。
ラストまで、部屋の中の確信は持てないが、身近な人の死を見てしまう部屋なことは察することができる。
祖父は自分の死期に対しても「待っている時間が一番つらい」と言う。
終わりが来ると分かっているのに、それでも日々を腐らずに生きることは、とても難しい。
いつか平等に訪れることは理解はしているけれど、死期を知らないからこそ、人間は生きていけるのだろう。
それでもチャックは生きた。
会計士として堅実に働き、家族を持ち、日々を積み重ねた。ダンサーになる人生を選んだわけではない。
世界を救ったわけでもない。
大きな偉業を成し遂げたわけでもない。
祖父から教わった数学。
先生から教わった頭の中の宇宙。
そして身体の奥に残っていたビート。
彼の中にはずっとダンスがあった。

そのすべてが、路上で一気に花開く。
チャックはブリーフケースを置き、勤勉な会計士の鎧を脱ぐように踊り出す。
あの瞬間、彼は自分の人生を祝福していた。

しかも、そのダンスは自分だけのものではなかった。
彼氏に振られたばかりのジャニスにとって、その日は最悪の日だった。
本人にとっては小さな終末である。
そこに、見知らぬ男が現れて、突然踊っている。
そして、うっかり彼女も巻き込まれる。

誰かの一日を少しだけ救ったダンス。
チャックの頭の中にジャニスが残る。
でも同時に、ジャニスの頭の中にもチャックが残る。
あの日、失恋でボロボロだった自分を、見知らぬ会計士の男が踊りに誘ってくれた。
その記憶は、きっと彼女の中に残り続ける。

さらに沢山の観客の頭の中と、スマホで録画されて拡散された動画がバズることで、チャックは彼を直接知らない人たちの頭の中にも住んでいく。
あと9か月後に死ぬチャック。
ダンス中の頭痛で死期が近いことも知る。
身体機能が失われる直前のラストダンスは彼の生きた証だ。
そして誰かの宇宙で彼は生き続けられる。
死後の世界があるかどうかは分からない。
魂がどこへ行くのかも分からない。
けれど、誰かの記憶の中、誰かの頭の世界でチャックは生きていく。
(メタ的に言えば映画をみたのも同意なのね!)
今作の救いの瞬間だった。
カール・セーガンの宇宙カレンダーの話も印象的だった。
宇宙の歴史を一年に圧縮すると、人類の登場は12月31日の本当に最後のわずかな時間でしかない。
そう考えれば、チャックの39年など、宇宙規模では瞬きにもならないのだろう。
でも、その一瞬の中に、彼は生きていた。
祖父母がいて、先生がいて、妻がいて、息子がいて、仕事があって、ダンスがあった。
彼の中には、宇宙ひとつぶんの世界があった。
39年は短い。
でも、決して空っぽではない。
息子はきっと、父のことを忘れないだろう。
ジャニスも、あの不思議なダンスの男を忘れないかもしれない。
動画を見た誰かも、少しだけ笑顔になったかもしれない。
そう思うと、会計士として堅実に働き、家族を愛し、最後にあんなふうに踊ったチャックの人生は、決して無駄ではなかったのだと思える。
それはどの人間でも同じことだろう。
とはいえ、ただの優しい話で終わらないところも面白い
チャックの頭の中の宇宙には、彼自身のエコーチェンバーも反映されている。
自分では客観的な世界を見ているつもりでいる。
けれど実際には、自分が触れてきたニュース、自分が覚えている地名、自分が抱いている偏見、自分の職業や階層から見た世界観によって、かなり歪んだ地図を頭の中に作っている。
終末世界では、ドイツで火山が噴火したり、日本の原発が二度目の水没をしたりする。
ドイツには火山地形はあるものの、少なくとも「噴火する国」というイメージはあまりない。
祖父母の葬式がユダヤ系だったからこそ、ドイツに対する偏見が噴火を起こしたようでもあるのね。
更に、カリフォルニアやフロリダが派手に崩壊していく。
会計士として堅実に生きてきたチャックにとって、シリコンバレーの金持ちやリゾートなどの浮ついた成功への嫌悪感も反映していたと思うと面白い。
完璧な神が作った宇宙ではない。
とても人間らしい。
更に、チャックの頭の中の住人たちは、自分たちが頭の中の住人だと知覚できない。
彼らにとって、あの世界こそが現実である。
ネットが壊れることも、星が消えることも、地面が割れることも、自分たちの世界で本当に起きている異変として受け止めるしかない。
そう考えると、ふとこちら側にも問いが跳ね返ってくる。
では、私たちのいるこの世界はどうなのだろう(゜Д゜)
もしかしたら、この宇宙も誰かの頭の中なのかもしれない。
あるいは、シミュレーション仮説のように、私たちが現実だと思っているものは、どこかで作られた仮想の世界なのかもしれない。
もしくは、水槽の中の脳みそのように、私たちが感じている現実は、外側から与えられた信号にすぎないのかもしれない。
ずっと昔から存在していると思っているこの世界も、実は一秒前に生まれたばかりなのかもしれない。
考え始めると、今作はかなり怖いSFでもある。
人生賛歌の顔をしているのに、足元には「現実とは何か」という穴がぽっかり開いている( ´∀` )
しみじみ温かいのに、考えすぎると急に怖くなる感じ。
やっぱりキングである。
そしてもうひとつ気になるのが、「サンキュー、チャック」の様々な広告は誰が言っていたのだろう。
作中世界の人々は、チャックを知らない。
自分たちがチャックの頭の中にいることも知らない。
それなのに、街のサイネージやテレビや飛行機雲にまで「サンキュー、チャック」と現れる。

なら誰が出していたのだろう?
もしかすると、チャックは自分の終わりを知っていたからこそ、彼の内なる宇宙もまた、その時に向けて準備していたのかもしれない。
普通なら、死は突然やってくる。
父や母、産まれてくるはずだった妹のように。
準備なんてする時間もなく理不尽な死もあるのだ。
けれどチャックは、先に自分の終わりを知っていたせいで苦しかったこともあっただろう。
(首吊り自殺の話を聞いていたから、そういう選択肢も知っていたわけだろうし。)
だからこそ、あの「サンキュー、チャック」は、ただの脳の混乱ではなく、長い時間をかけて準備されていた送辞のようにも見える。
よくここまで来たね。
怖かっただろうに、腐らずに生きたね。
39年間、この宇宙を保ってくれてありがとう!偉いぞ自分!
そんなふうに、彼の身体や脳や細胞たちが、最後の力で拍手を送っている。
ニューロンのスタンディングオベーションである。
パチパチ(。・ω・ノノ゙☆゚・:*。 .
開幕絶望だった世界が、反転して感謝に溢れるのも素敵。
とはいえ、電気が落ちた時の窓ガラスの広告はホラーだよ!と思ったけど、、(;´∀`)

今作は、暗いニュースばかりの世界でも、死後がどうなるのか分からなくても、誰かの頭の中で生き続けることに、ささやかな希望を感じさせてくれる物語だった。
誰かと踊り、笑わせ、記憶に残ったこと。
家族を愛し、仕事をして日々を積み重ねたこと。
終わりを知りながらも、腐らずに生きたこと。
それらは、無意味ではない。
チャックの人生は39年で終わった。
けれど、彼の中には無数の人々がいて、彼自身もまた無数の人々の中に残っていく。
そしてこれは、キングからの『君たちはどう生きるのか?』でもあったのだと思う。
私の宇宙も、パンパンにしていかなければっψ(๑'ڡ'๑)ψ
死を敗北にしない。
ありがとうと思える人生を。
サンキュー、チャック!
その人生は、宇宙ひとつぶんだった。
怖いほうの映画化も楽しみねえ( *´艸`)
先に読むか悩んじゃう。
最近読んで面白かったキング。
善と悪がせめぎ合っている( ´∀` )
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いただいたチップで猫たちのオヤツ代か、新作映画を観て感想を書かせていただきます٩(ˊᗜˋ*)و”
