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AIは猫にとって理想の家族となり得るか?第14話

《二日目、不穏なニュース》


『家事専門AIと言っても、多少出力を変えれば武装した軍人と変わりませんよ! あなた、タンスを持ち上げる力で殴られたら怪我するでしょ!』
『ご覧下さい、極秘に入手したこちらの映像! これだけの身体能力を備えたロボットが、いつ私達に刃向かうか誰にも分からないのです!』
『こんなロボットは廃棄するべきだ!』
『OWBはコレを一般生活に浸透させて、我々を支配するつもりだ!』

 咲希はスクロールする度に目を背けたくなるニュースフィードばかりで、スマホを放り投げた。クッションの上に着地したスマホを、駆け寄ったチナツが怪訝そうな顔付きでフンフン匂いを嗅いでいる。

「あったまきちゃう! ゴローさんのことなーんにも分かってないクセに! 頭おかしいのは自分達の方じゃん!」
「咲希ちゃん、スマホを投げちゃダメよ。ホラ、朝ご飯作ってみたの。食べて食べて」
「お姉ちゃん、料理なんてできたの?」
「た、卵を焼いてパンをトースターで焼いただけ、なんだけど……」

 スープはお湯で溶かす粉末タイプのもの。ゴローが防災用にストックしてくれていたのを拝借したのだ。

「あ~あ、ゴローさんの作っただし巻き卵食べたい」
「ごめんね、掃除は好きなんだけどね……料理は、ちょっと……」
「私なんか掃除もできないもん。もっと練習しとくんだった……」

 生きていく上で不可欠だ、と。ゴローの判断で家事の特訓を試みていたのだ。真希としては天才少女である咲希はこの先、家事をする機会など無いだろうし、家政婦やゴローのようなロボットを雇えば問題無いだろうと思っていたのだが。

 ゴローとしては例えOWBであろうとも家事スキルは多少身に付けて然るべきなのだと言う。ゴローを開発した生みの親である小太郎博士も一般生活能力はゼロに等しく、何とお湯を沸かすのがやっとだと言う。せめてお湯を沸かせればフリーズドライフードを食べることができるから、と一流家政婦の房江さんにしごかれてようやくマスターしたらしい。

 以前、咲希との授業中に雑談として「どちらの方が家事が上手いか」と、どんぐりの背比べをしていたのを、真希は仕事にならないほど背中を向けて聞いていたのだった。

 咲希が努めてニコニコしているのも、強がっているのも、姉である真希を不安にさせないため。

(もっと甘えてくれて良いのにね)

 昨日のように大泣きしていたのが咲希の本心だろう。本当は今も全力で泣き叫びたいのだ。それでも、一生懸命元気に見せて、真希を励まそうとしてくれている。

 これではどちらが姉なのか分からない。

「お姉ちゃん、美味しいよ。卵、半熟にできてる」
「ホント? 良かった、自信が無かったのよね」

 失敗してしまった自分の分はさっさと食べて隠してしまうに限る。卵の焼き加減まで調べないと分からなかったのだから、自分も少し特訓をして貰った方が良いのかも知れない。だが、ゴローは頑なに真希の参加を拒否していた。

『ワタシの仕事デス。マキ様はワタシの主人デス』と。

 咲希は主人の妹だから、そういう線引きは不要になるらしい。ゴローの判断基準は時々、よく分からない。

「嫌なニュースばかりね」
「うん……」
「情報収集は私がやっておくから、咲希ちゃんはご飯の後片付けをお願いできる?」
「う、うん……お皿割っても怒らないでよね」
「怪我しないようにだけ気をつけてね」

 分かった、と緊張の面持ちで慎重に食器を運んでいく。そんな所は年相応の女の子にしか見えなくて微笑ましい。

「さて、と……」

 少し、深呼吸して準備しないとニュースを見るのが辛い。祖父が根回ししたのだろうが、ひたすらロボットに対する風辺りは強い。

「!」

 トップニュースの画像に真希は思わず息を詰めた。ボロボロになって道路の片隅に横たわっているのは、警察の補助ロボットだ。主に交通整備を担当しているのだが、心ない人々に攻撃を受けたらしい。

『今、論じられていることと、この何の罪も無いロボットに何の関係があると言うのか私には分かりません。彼は勤勉で頼れる相棒です』

 俯く警察官の言葉は、膨大な『ロボット廃止論』に埋め尽くされていく。ロボットの味方をする人もいるのに、その意見は力尽くで塗りつぶされていってしまう。

『ロボットって器物なんだろ? いらない物壊して何が悪いのか分からないな』
『リサイクルだろ。使える資源だけ回収すれば良い』

 おそらく交通整備のロボットを攻撃したであろう心ない人々は何と、誇らしげに動画サイトへ一部始終を投稿していた。その動画に対してみるみる賛同者が増え、コメントが賑わっていく、その意味が分からない。

(私は……一日で、違う星にでも移転したのかしら……)

 そこにアップされるコメントが脳内を滑り落ちていく。留まらずに流れ落ちて、ずっしりと重くのしかかってくる。

 みんな、ゴローが捕まるのは当然だと思っているのだ。真希と咲希が騒いだところでどうにもならないかも知れない。早く何とかしないと、ゴローは世論に潰されてしまう……。

『これは犯罪です。通報しました。貴方たちが行ったことは、器物損壊・公務執行妨害です。彼等は誇りを持って働く、警察官の一員ですよ。頭のおかしい投稿は止めてください』
『ロボットさんをいじめるなんてひどい!』

 この僅かなコメントを最後に、投稿は削除された。真希は僅かな味方を得たと思った。強い意見に流されている人ばかりでは無い。みんな、悩み、迷いながら答えを探しているところなのだ。

 そして、次のニュースは小太郎がレンタルロボの返品を受け付けると語る動画だった。もちろん、レンタル料を全額返金すると。

 小太郎とはゴローが警察に捕まった日に連絡を取っただけで、その後は忙しく動き回っているらしく連絡を取ることができなくなっていた。ゴローを守るために小太郎も最善を尽くしてくれているし、当事者が無防備に行動すると余計な火種になりかねないので落ち着いて結果を待てと言われているが……。

(でも、私は、ゴローの主人よ。ううん……)

 ゴローはオカンのように口うるさく、理想の父のように頼れて優しく、時には弟のように純粋な疑問をぶつけてくる。ゴローは、大切な家族なのだ。

「くおーん……るーなん、るあーん……」

 チナツがトイレに行きたいようだ。急いで付いて行くと、いつも通りにトイレを終えたが……。

「お姉ちゃん、ちなちゃん、ごはん食べてないみたい……」

 洗い物を終えた咲希がションボリ眉毛を下げてチナツのごはん皿を持って来た。チナツが起こしにくることは無かったが、いつも朝ごはんを食べる四時四十五分に起きてお皿に入れておいたのだが……。

 昨日の昼頃までは、ゴローが買い物にでも出ているのかと思っていたようでのんきに寛いでいたのだが、徐々にゴローの不在に気づかれてしまったようだ。夜中、何度も起き上がってはゴローを探して鳴いていたようで、真希もその度に起き上がって宥めていたので寝不足だ。

 今朝はもう、朝から全く元気が無い。歩き方もしょんぼりトボトボしていて、いつもの軽快さは感じられなかった。私に付いて来て!とばかりにいつもピンと立っている細長い尻尾も、へにゃりと下がってしまったまま。

「ちなちゃん、朝ごはん食べて無いわよ? お腹空いてないの? おやつなら食べられる?」
「くぅー……」

 チナツはいつもゴローが充電しているスポットに座りこんで、動こうともしなくなってしまった。

「ちょっと時間が早いけど、おやつにしようか、ちなちゃん。美味しいささみがあるわよ」

 真希は咲希と一緒になって小さなお皿にささみをほぐして入れてあげた。いつもならほぐしている時点で足下にまとわりついて大騒ぎするのに、チナツはゴローの匂いが一番強い場所でジッとうずくまったまま。
 お皿を近くに置いてあげても、匂いを嗅ぐことすら無い。

「どうしよう、全然ごはん食べてくれなかったら病気になっちゃうよ……」

 ゴローがチナツのために購入しておいてくれた、猫が大喜びするトロトロの液状おやつは辛うじて舐めてくれたが、いつもの食いつきが無かった。

「一応、先生に相談してみよう」

 咲希が行きつけの動物病院に連絡してくれて、チナツの健康診断をしてくれた先生に相談すると、

『ゴローさんが居なくて寂しいんだと思います。猫は環境の変化に敏感ですから、お二人の気持ちも影響してしまいます。大変かとは思いますが、いつも通りに笑顔で接してあげて下さい。食欲不振が続いたり、吐いてしまったりするようなことがあれば直ぐに病院へ連れてきて下さい』
「分かりました……ありがとうございます」
『私は、ゴローさんを信じています。ゴローさんはチナツちゃんの大切な家族です。周りから色々言われるかも知れませんが、味方はきっといますから。私はもちろん、ウチの病院スタッフは全員、ゴローさんがどんなに素晴らしいロボットか知っています』
『世界初の猫馬鹿認定ロボットですよねー』
『そうそう! サキちゃん、負けないでね!』

 スピーカーで一緒に聞いていた真希は思わずグッと涙をかみ殺した。

『ゴローさんが管理されているSNSは確認していますか? 応援のコメントがたくさん届いていますよ。返事をしてあげて下さい』

 先生に言われるまで、まるで考えが及ばなかったが、ゴローが毎日投稿していたSNSを確認すると、言われた通りゴローとチナツへの応援のメッセージが何百件も届いていた。日本語だけではなく、世界中の言語で。

 今、ゴローのニュースは全世界で注目されているのだ。

「お姉ちゃん、私が返事を担当するね」

 咲希は凄い勢いでコメントを打ち込み始めた。いたずらや公共序列に反するコメントを自動でブロックするようにしてあるが、好意的なコメントは増える一方で咲希も対応に追われている。

(やっぱり、私も何かできることをしよう)

 胸を張ってゴローを迎えに行くために。

「ちなちゃん」

 寂しそうにうずくまったまま、チナツは淡い緑色の瞳で見上げてきた。

「大丈夫よ、ちなちゃん。ゴローは必ず帰って来るから。ちゃんとごはんを食べて待ちましょう。ね? いつまで買い物に行ってるんだって一発殴ってやらないといけないわ。そうでしょ?」

 ゆっくり頭を撫でて、小さな額と鼻の間辺りを人差し指で優しく撫でてやる。こうして貰うのが、チナツは大好きだ。その内、チナツは「ぐるぐるぐるぐる」と大きく喉を鳴らし始めて、大好きな抱っこをねだってきた。スリスリとすり寄って、真希の腕に顔を埋めるチナツ。

 気の済むまで抱っこしてあげると、朝食べられなかった分のカリカリを半分くらい食べることができた。真希の膝の上なら安心して食べることができるようだった。

「良い子ね、ちなちゃん。良い子、良い子。ゆっくり眠って待とうね」

 チナツは真希の膝の上で丸くなって眠り、夢の中でゴローに食らわせるパンチを練習しているらしい。ピクピクと前足を動かしながらトレーニングしているようだ。

 チナツを元気づけたい一心で言い聞かせた言葉は、そのまま真希の心にもストンとはまって落ち着いた。ふわふわの毛並みを撫でている内に、ざらっとしていた心の表面がなだらかに落ち着いてくるのが分かる。

「ちなちゃんは凄いねぇ。ここにいるだけで、人を元気にしちゃうんだもんね」
「ふにゅ……」

 咲希にもふんわり撫でて貰って、ご機嫌のチナツだったがある程度寛いだら飛び降りてしまう。そのまま、チナツはゴローの匂いが一番強く残る充電スペースにじっとうずくまってしまう。真希は、チナツの気が済むまでそうさせてあげようと思った。

 大好きなゴローの匂いが一番安心するのは当たり前。寝心地が悪そうに見えるが、チナツにとって最高に心地良い居場所なのだろう。少しでもカリカリを食べることもできたし、きっと大丈夫だ。

 真希はSNSの対応を咲希に任せて、どうすればもっとゴローの力になれるのか、深く考え込んだ。

《二日目、国家権力》


(震度七……壊滅的崩壊の危機レベル、かな)

 とてつもなく禍々しいオーラを放ちながら、愛しい恋人のために止めたはずの煙草(辛うじて火は点いていない)を前歯で軋ませて椅子を壊す勢いでの貧乏揺すり。武闘派で鳴らす本多の得意技だ。

 たいがいの犯人はこの気配に恐れおののいて「自分がやりました!」と自白する。ここに着任してから相棒として行動を共にする飯塚は、本多の矛先を上手に軌道修正できる数少ない人材であるが故に貧乏くじ。これが周囲からの評価だ。だが飯塚は本多を最高の相棒だと思っている。

 本多の怒りは正当なものだ。真っ当に怒り、真っ直ぐに犯人にぶつけることができる。確かに形相は恐ろしいかも知れない。だが、飯塚は本多の怒り方が好ましいのだ。彼は『誰かのために本気で腹の底から怒ることができる』希有な存在なのだから。周囲からは瞬間湯沸かし器のような扱いだが、彼が自分にされたことで腹を立てるのを一度も見たことが無いし、これからもおそらく無いだろう。そういう人だ。

 だから、本多は腹を立てている。

 上からの命令でどう見ても罪の無いロボットを尋問しなければならなかったことを。それを己の力では解決できなかったことを。尋問していたロボット……ゴローを、機能停止状態に陥らせてしまったことを。

 そして、全く関係の無い交通整備のロボットが破壊されたことを。器物損壊の罪で連行されてきた若者に対し、本多は殴りかかる寸前だった。

「チッ……ぶん殴れば良かったぜ……」
「いきなりレッドカードですよ、本多さん。殴りかけた時点でイエローカード、俺が止めなきゃ謹慎処分だったんですからね? ちょっとだけ反省して下さいよ」

 少し鎮静剤を投入しなければならない。飯塚は本多のスマホを取り上げてロック画面を見せてやった。彼の愛しい愛しい恋人の笑顔写真だ。途端に地震警報が撤回されるほどに静まりかえる。さすがの効き目である。

 もう、丁寧にラミネート加工して常時首からぶら下げていて欲しい。例の交通整備ロボットに対する傷害を行った犯人を捕らえるのは本多と飯塚の領分では無かったが、手助けに駆り出されて危うく犯人を殴り倒すところだったのだ。

 おかげでふてくされた本多を連れて上司連への謝罪行脚を行った結果……謹慎一歩手前の『OWB様のお接待』係に任命されてしまった訳だ。

 今回の騒動により様々な不利益を被ったOWB様の内、物理工学の権威・セシル博士と遺伝子工学の権威・ヨウン博士に一から十まで、警察にとって不利益になることは除いてご説明させて頂く接待をするのだ。

 もちろん、真正直で素直な本多にはむいていないので九割は飯塚が担当する。本多は周辺のボディーガードということで手を打つつもりだ。

 OWB様ご一行は秘密裏にこの小さな所轄所までやって来て、揉み手で出迎える署長を華麗にスルーすると真っ直ぐに待機していた本多と飯塚の元へ優雅に歩み寄るなり、

「邪魔しないなら手伝わせてやっても良いよ?」
「あぁん?」

 ニコニコとトップレベルの芸能人かの如く美しい笑顔を浮かべるセシルに、いきなり仁王になってしまった本多が並ぶと、ミスマッチ過ぎて笑える絵面だ。

「失礼。お前、いつも言葉足らない」

 黙々と、ヨウンは何かの機材を準備し始めた。

「だってこんな面白そうな刑事を用意してくれるなんてさ。さすがオモテナシの国だよね、日本ってこういうところ大好きなんだ」
「無駄。早くしろ、セシル。私、忙しい」
「はいはい。ねえ君達。えっと、本多くんと飯塚くんだよね? 手伝ってくれる?」
「は、はぁ? こちらのええと、捜査状況についての説明を、仰せつかっていたのですが」

 ヒラヒラとセシルが手を振ると、まるで美しい新種の蝶が舞っているようだった。天才的頭脳の持ち主に、こんなに派手な美貌は要らないと思うが、天は二物を与えたということか。

「そんなのもうとっくに知ってるから良いよ。本多くんが犯人を殴ろうとしたこともね。僕達も観光に来た訳じゃ無いんだ~。だから接待の必要も無いよ。分かった?」

 ニコニコふわふわと捉えどころの無い笑顔を浮かべていたかと思うと突然、柔らかなもの全てを削ぎ落としたような無表情になる。

「手伝って失敗すると、君達は人生が終わるけど良いかな?」

 おそらく、冗談などでは無い。半端なことを言えば、自分達は非合法な手段で記憶を奪われて放り出される。そう感じた。本多を見ると。

(ダメだー! この人、ワックワクしちゃってるー!)

 野性的な勘で何か嗅ぎ当てたのだろう。本多はもう身を乗り出して、

「奴らに一泡吹かせられるんだな?」
「成功すればね」
「やるぜ!」

 少しは迷ったり悩んだり、人間らしくフラフラ思考回路になって欲しい。だが、これが本多だ。飯塚の、相棒である。

「君はどうする?」
「やります。やらせて頂きます。どうせ逃げ道も無いんでしょう。逃げる気もありませんが、何をやる気なのか、先にお伺いする程度の権利はありますよね?」
「うん、良いね。君達、警察をクビになったら僕の助手になってくれないかな。むしろ今から警察を辞めてきて……」
「本題。反れている。お前の悪いクセ」

 ヨウン博士は脇目も振らずに何かパソコンにデータを打ち込んでいた。

「もっと会話を楽しもうよ、ヨウン。まあ良いけどさ」

 セシルとヨウンが調査したいと言っているのは、OWBであるマサキ博士の家族が起こした事故について。マサキの息子・アオイが運転する車が入り組んだ山道のカーブを曲がりきれず、ガードレールを突き破って転落。同乗していたマサキの妻・ヒロコと共に車外に放り出され現在も意識不明の重体を負った、という事故。

 OWBの家族ということもあって、その事故は即座に箝口令が敷かれ、途轍もなく精密に調べられた。現場は公安によって仕切られて外部に捜査状況すらも漏れないよう徹底された。

 最終的にブレーキパッドに異常がありブレーキが効かなくなり、あらゆる手段を用いて車を止めようとしたが減速に至らず、何とかガードレールに横向きにぶつかることで軽減させようとしたがガードレールが耐えきれずに破れて落下。ブレーキや車内、ガードレールへの細工などは見られないことから不幸が重なった事故と判断されたという。

「これをね、もう一度調べたいんだ。今度は僕達のやり方で」

 セシルが説明してくれた方法は、正直なところ途方も無くて。彼等がOWBであったとしても正気を疑うレベルの調査方法だった。

 曰く、OWBであるマサキ博士の家族が事故を起こした車、車内に残留していた証拠品、遺体から回収しておいたサンプル、それら全てに接触したものの遺伝子情報を全て追いかけるという。

 事故を起こした車に接触した者全ての情報を割り出し、彼等の現在地を正確に把握することができるのだと言う。僅かな痕跡から遺伝子情報を拾い上げ、その情報を元に保管されている全世界の遺伝子情報へ瞬時にアクセス。解析したデータを元に超小型ステルスモードのドローンが(指先に止まるサイズだ)痕跡を辿って遺伝子の持ち主の元へ辿り着くという。

 もう最初から理解が追いつかない。遺伝子を犯罪捜査に活用することはあるが、そのほとんどは犯人を特定するために行うもの。警察犬が匂いを追うように、残留している遺伝子情報を追いかけるなどということは……。

(できるんだろうな、この人達なら……)

 まともに考えていたら気が狂いそうだ。

「ええと……つまり、その車やガードレールに接触した人間全てを洗い出す、ということですよね?」
「うん」

 サラリとセシルは頷いた。そしておそらく全世界の女性達を年齢問わずとろかすであろう華やかな笑顔を浮かべる。

「おかしいかな?」
「おかしいです。それは車を制作した工場、販売した者、整備に携わったもの、ガードレールに一瞬でも触れたことのある者まで調査枠に入ることになるのでは」
「そう。そこまで遡る必要があるってことだよ」

 疑問を口にしたところで、もうやるしか無いのだ。飯塚は数ヶ月家に帰れない決意をした。

「大丈夫、情報分析ソフトも借りてきたから。欲しい情報が手に入れば明日、解決する」
「はぁ……」

 では、本多と飯塚が手伝うところなど無いのでは。そう思いつつも、二人は手分けをしてセシルとヨウンが欲しがる情報、データ、証拠品をかき集めるために駆けずり回る羽目にあうのだった……。

《二日目、家族のかたち》


 午前中はしょんぼりとゴローの充電スペースから動かなかったチナツだったが、やがてお昼が近づくと甘えた声で鳴きながら真希の膝を前足でちょんちょん叩いて催促してきた。膝の上で食べるごはんが途轍もなく気に入ってしまったらしい。

 真希の方も膝の上で愛らしくちょこんと座ってカリカリを噛みしめて食べるチナツの姿が可愛すぎて、とても断れない。

「はいはい。ちなちゃん、ごはんね?」
「うるなーん。るー、なん!」
「あー! お姉ちゃん、今度は私にもやらせてよー」
「はいはい。ちなちゃん、咲希ちゃんのお膝で食べる?」
「るあーん、るあー、るあー!」

 チナツは咲希の膝の上にちょこんと座って、大人しくカリカリを食べ、顔を上げると小さく「けぷ」とゲップをした。

「ちなちゃん、たくさんごはん食べられて偉いね!」
「くるる!」

 咲希に褒められたのが分かったのか、嬉しそうに鳴いて膝の上をふみふみし始めた。その内、ころんと丸くなって眠ってしまう。チナツが元気いっぱいに遊ぶのは主に明け方と夕暮れから夜にかけて。昼間は大体、お気に入りの場所で眠っている。

「うーん……あんまりお膝でのごはんに慣らしてしまうと、ゴローに怒られるかしら」
「新しい食べ方だって言えば、別に怒らないんじゃない?」
「さすがに甘やかしすぎかなって、ちょっと……」
「良いじゃん、かわいいもん!」
「う、うん……」

 咲希は肯定的だが、やはりゴローには怒られる気がする。あまりにもチナツがしょんぼりしていてごはんを食べなかったものだから、膝の上で食べられた時にかなり大げさに褒めてしまった。そのせいかもしれない……。

(仕方ないわ、緊急事態だもの。私がゴローから説教されればそれで良いのよ)

 むしろ、早くこの困った事態を知らせてあげたい。当たり前に、ゴローといつも通りに暮らしたい。ただ、それだけなのだ。

 咲希の膝でチナツが爆睡してしまったので、真希は何とか一人の力でできるお昼ご飯を出した。初心者でも簡単な定番料理を検索して、甘辛のしょうが焼きに挑戦してみた。野菜が不足してはいけないので一生懸命キャベツを刻んで沿えたが、ゴローのようにふんわり美しい仕上がりとはいかない。太さもバラバラ、千切りとは呼べない代物だったが、ドレッシングをかければ何とかなるはずだ。それに味噌汁をつけて、彩りを考え、ミニトマトもしょうが焼きの皿に沿えてみる。

「はい、咲希ちゃん」
「ありがとう、お姉ちゃん! わあ、美味しそう!」
「そう? ゴローには敵わないけどね」

 おしゃれが大好きでいつも最新情報をキャッチしている子だから、もっとプロが作るような見た目も華やかでおしゃれなご飯を好むと思っていたが、意外と和食派なのだ。母と暮らしていた頃、毎日ケータリングばかりで、こういう手作りの家庭料理には馴染みが無かったらしい。

 ゴローが毎日、栄養バランスを考えて作ってくれるご飯を「美味しい美味しい」と素直に褒めながら食べていたので、毎日の食事が明るく楽しくなったものだ。

「んふふ、お姉ちゃんの手料理なんてレアだもん。うんと味わうね」
「もう。た、たまには作るわよ、私だって……」
「無理無理、ゴローさんって過保護だもんね。『ワタシの仕事デス』なんて言ってたけど、本当は大切なお姉ちゃんが怪我とか火傷とかしたら大変だから止めてるんだよ」
「え?」
「本当にゴローさんってば超紳士かつモンスターペアレントよねー」

 いつも通りの軽口なのに、咲希は心底寂しそうに笑った。

「ゴローさん……。早く帰ってきて欲しい……」
「うん……」

 ゴローがスリープ状態に入って以来、小太郎を含めOWBの全員と連絡が取れなくなっていた。必ず、ゴローを帰すからのんびり待ってろなんて言われたけれど。

「「あのね」」

 姉妹揃って切り出してしまい、お互いに「どうぞどうぞ」と譲り合うがらちがあかない。

「じゃあ、私から。あのね、咲希ちゃん。今ね、OWBの皆が力を合わせて動いてくれているの。任せておけば、きっと安心なんだけど……」
「分かってるよ、お姉ちゃん。私も、一緒! それにさ」

 ゴローのことを何も知らない人達が、勝手に批判する。
 勝手にロボットを危険なもの扱いして、罪も無い働き者のロボットを攻撃する人もいる。

「私、悔しいよ! ゴローさんは、ゴローさんはさ、ゴローさんの良さってさ、そんなの説明しきれないほどあるのに」

 咲希はSNSのコメントの返信をする中で真希にも見て欲しいと抜粋したものを見せてくれた。

『初めてコメント致します。私も小太郎博士の家事専門AI搭載ロボットと暮らしている者です。私は返品しません。これからも一緒に暮らします。ゴローさんが、早く帰ってきますように。周りから何を言われても、どうか負けないで下さい』
『ゴローさんとちなたんの大ファンです! この間教えて貰った大根を速攻味シミシミにする方法が超簡単で、超美味しくて、もっと色々教えて欲しいし、お礼を言いたいから早く帰って来てよ、ゴローさん!』
『ゴローさんの独り言みたいなツッコミが大好きです。ちなつちゃんの可愛さがいっそう引き立ちます。早くゴローさんのつぶやき、また楽しみたいなぁ』
『ちなつちゃん、大丈夫? ごはん食べれるようになって良かったね! 早くゴローさんに会いたいね。私はゴローさんのプラゴミ圧縮強化週間が好き(笑)』

 ゴローとチナツのファンであるフォロワーさん達は、ゴローの帰りを信じて待ち、ゴローと同じような家事ロボットを大切に思ってくれている人も、ゴローみたいなロボットと暮らしたいと思ってくれている人も、たくさんいる。

 皆、ゴローとチナツ、それに一緒に暮らしている真希と咲希の姉妹を心配してくれている。何よりも、真希が咲希と力を合わせて行動することで、ゴローと同じ立場にあるロボット達を助ける力になれるかも知れない。

「咲希ちゃん。やってみたいことがあるの」
「うん!」

 自分達の想いを、動画投稿サイトに投稿する。インターネットに波及したものはどんな権力でも止めるのは難しい。永久に消し去ることのできないもの。運営サイドに祖父が圧力をかけたとしても、動画が拡散されれば、それを止めることはできない。

 もしも、それがパッシングや批判であったとしても、世間の注目をより集めることができる。九割の敵がいても、一割の味方が見つかれば良い。

 そう、味方を作ろう、世界中に。

 ゴローの逮捕はおかしい、ロボットに何の落ち度も無いのに陥れられるのはおかしい、私達の家族を帰して欲しいと。

 信頼を得るために、真希は顔を出して話すつもりだったが、ふと躊躇いが生まれる。真希は以前勤めていた会社に疎まれて解雇された身。未だに精神的なダメージから回復できていない人もいる、事実。そんな真希が喋ったらマイナスに働くのでは無いかと。
 正直に今の気持ちを包み隠さず咲希に話すと、妹は頼もしく頷いた。

「お姉ちゃん、私も一緒に話すよ。お姉ちゃんが不安に思うことも一緒に、全部話そう。前のお姉ちゃんのことは、私知らないけど、今のお姉ちゃんなら誰も怖いなんて思わないし」
「咲希ちゃん……」
「私の、自慢のお姉ちゃんだもん!」

 二人でしっかりと意思を固めた瞬間、一通のメールが届いた。

『親愛なるサキ、僕の力が必要?』

 今や全世界で採用され、軍事機密から家族の隠し事まで何でも保護するインターネット防護システム『KUMO』の制作者にしてOWBの一員。電子の世界に拡がる深海に至るまでつまびらかに把握していると言われている、天才少年からのメールだ。

「アシータ、まさかこっちの動きを監視していたの?」
『まさか。僕はただ、時計を見て待っていただけだよ。セシルが計算した、二人の動き出す時間を信じて待っていただけ。レディーの部屋を監視なんてとんでもない』
「分かった。待ってて、確かに力を貸して欲しい。妨害する暇も無いくらいの速さで拡散して欲しい動画を作るから」
『OK。待っているよ』

 メールのやり取りを冷静にやって、鼻息荒く振り返った咲希は一言。

「コイツ嫌いだけど! 悔しいけど、こういうことは、コイツの方が上手いから! 一週間もすれば超すけどね? 今だけだから!」

 年下のクセに生意気なのよ、年上ぶって腹立つ、などと悪態をついている。今や世界を掌握していると言って過言では無いインターネットシステムの全貌を知り尽くした少年はハイハイするより早くプログラミングに興味を持ったとか何とか……。

 彼は咲希よりも二つ年下の十二才。OWBとしてスカウトされたのは、OWBが当時使っていた通信システムを二秒で突破してハッキングしてしまった時、という驚異の天才少年。

(似たもの同士……)

 おそらく、咲希とアシータは考え方がとても近いのだ。近すぎて、腹立たしく感じてしまうのだろう。競うようにハッキング対決をして、某国の軍事機密を掴んでしまったので二人揃って他のOWB達に怒られたこともある。
その時の説教も、

「もっとバレないように上手くやれ、お前達ならできるだろう、素人臭い動きは禁止!」

 という、煽っているとしか思えないものだったが。とりあえずその非常識な発言をしたセシル博士を遮って、真希が説教を代行せねばならなかった。

 真希は、咲希と二人で自分達の本音を詰め込んだ動画を撮った。撮影中に割り込んできたチナツも一緒に『家族全員の幸せを願いたいだけ』とタイトルを付けた動画が投稿されると、再生回数が突然万単位になり、爆発的な勢いで拡散され、数十分という異例の速さで運営サイトから停止勧告メールが届いた。

 だが、その勧告は即時撤廃され、動画の再生回数は瞬きの間に増えていく……。

 ものの数分で、世界中で最も再生されている動画となり、全世界のトップニュースに。コメントも秒単位で増えていく。世間が最も注目している事件渦中の関係者からの発信だけあって、反応が恐ろしく素早い。

『応援しています! 負けないで!』
『チナツちゃん、かわいい!』
『早く家族みんなで揃っての動画も見たいな』

 真希と咲希が望んだ通り、味方も増えていく。報道を鵜呑みにして誤解していたという人も。真希達の動画を見た人々が、アンチロボットな報道をしていたテレビ局へ抗議の問い合わせを行っているらしく、一時的に回線がパンクしてしまう騒動も起こり、そこには正義面を貼り付けたアシータが、颯爽とテレビ画面をジャックして、

『ニホンの皆さん、大丈夫です。僕が一時的に回線を管理します。数秒で解決しますよ』

 などと問題解決する傍らでテレビ局や過激なコメントを繰り返していた評論家への文句はスムーズに最速に届くよう計らう。それは、彼等が必死で謝罪コメントを何らかの形で示すまで続いた。

「……サイバーテロじゃん」
「そうね……。ちょっと、博士に説教した方が良いのかしら……」

 しかし、助けられたことも事実だし、と真希がためらっていると。ようやく小太郎から連絡が入った。画像付きの連絡でパソコン画面に小太郎の顔が映し出された。

「博士……? あの、大丈夫ですか? ちゃんと寝てます?」
『おう、全然寝てないぜ。調査のために超小型ドローンをしこたま作ったからな……』
「調査?」

 小太郎は一つ、深呼吸をした。

『二人に、黙っていたことがある』
「何ですか?」
『二人の、父親のことだ』

 真希は少しだけ息を飲み、隣に座る咲希を見るが、妹は落ち着いて答えた。

「……マサキ・A・シュナイダー博士。そうでしょ?」
『そうだ』

 自分一人なら、そんな壮大な結論には至らなかったかも知れない。でも、妹と出会ったことで。天性の才能を間近に見ることで、僅かな可能性は感じていた。母が執着しているのは、マサキ博士。おそらく祖父からマサキの子を産むことを望まれていたのだろう。だが、ことごとく失敗した。

 マサキの心は、ヒロコという女性に奪われ、自然に子供を得ることは難しくなった。だから、何らかの手段を用いて子供だけを求めたのだろう。唯の子供では証明にならない。生まれた子供は、マサキのように天才でなければならなかった。最初の子供である真希に、その天性の才能は引き継がれず、次に生まれた咲希に才能が芽生えた。母は有利な方へ有利な方へと流れていったのだ。

『これから、見せたいものがある。それを見るためには父親のことを知っている必要があった。同時に……』

 ごめんな、と。小太郎は初めて見る、泣きそうな顔で謝ってきた。

「小太郎、どうして謝るの?」
『……全てを知った後、許せないと思うなら、恨むのは俺だけにしてくれ』
「え?」
『不愉快になったら、途中で切ってくれていい。これから、ゴローを追いつめた張本人を捕まえる』

 早口に告げた後、カメラが切り替わった。どこかの……高級な料理店。美しいシャンデリアに輝くワイングラス、たった一つのテーブルには向かい合う男女。

 マサキ博士と……母だ。

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