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前を見ていた。相手も見えていた。それでも事故は起きた。


事故原因は「漫然運転」の4文字だった。


     境界線ノート|ランポのさんぽ


昔、子どもの頃。

交通事故のニュースを見るたびに思っていた。

なぜぶつかったのだろう。

なぜ気づかなかったのだろう。

前を見ていなかったのだろうか。

居眠りでもしていたのだろうか。

そう考えることで、自分とは違う人の話だと思いたかった。

だが。

大人になると分かる。

世の中にはもっと怖い事故がある。

前を見ていた。

相手も認識していた。

それでも事故は起きる。

先日。

営業所のホワイトボードの前に立った。

そこには一年前の事故速報が貼られていた。

他の営業所の大型トラック。

接触した相手はバイク。

転倒。

そして後続車。

帰らぬ人となった。

原因。

たった四文字。

「漫然運転」。

その文字を見た瞬間。

私は少し立ち止まった。

漫然運転。

便利な言葉だ。

だが同時に。

何も説明していない言葉でもある。

人間の脳は不思議だ。

目は見ている。

だが脳は別のことを考えている。

耳は聞いている。

だが内容は入っていない。

本を読んでいたのに。

数ページ何も覚えていない。

そんな経験は誰にでもある。

問題は。

トラックにはリセットボタンがないことだ。

時速90km。

総重量20トン。

その状態で走りながら。

人間という不完全な生き物が判断を続けている。

ホワイトボードの前で思った。

事故を起こした人と。

今ここに立つ私の違いは何だろう。

運転技術だろうか。

経験だろうか。

性格だろうか。

もしかすると。

紙一枚ほどの境界線かもしれない。


もちろん。

亡くなった方の命は重い。

取り返しがつかない。

だが。

事故を起こした側の人生もまた。

あの一瞬で止まってしまう。

プロとは何だろう。

上手に運転する人だろうか。

違う気がする。

プロとは。

自分も事故を起こし得る存在だと知っている人ではないだろうか。

「俺は大丈夫」

その瞬間こそ危ない。

ベテランドライバーほど。

事故速報を見る目が真剣になる。

怖さを知っているからだ。

経験があるからではない。

経験していないからこそ怖いのだ。

本当に怖いのは何か

事故ではない。

ミスではない。

油断だ。

人は慣れる。

毎日走れば走るほど。

同じ道を走れば走るほど。

無事故の日が続けば続くほど。

脳は省エネを始める。

そしてある日。

境界線を越える。

本人すら気づかないまま。

だから事故速報は必要なのだと思う。

会社のためではない。

管理のためでもない。

誰かを責めるためでもない。

「人間は忘れる」

その事実を思い出すために。

一年前の事故速報。

古びた紙。

色あせた文字。

だが。

あの紙は過去を語っているのではない。

明日の私を語っている。

そう思った。

ここにいる全員が。

今日も無事に帰るために。

境界線は道路の白線の上ではなく。

自分の心の中にあるのかもしれない。


「事故を起こす人」と「起こさない人」

不思議なことに、運転技術が高い人ほど安全とは限らない。

逆に、運転が特別うまいわけではなくても、何十年も無事故で走り続ける人がいる。

その差はハンドル操作ではなく、もっと別の場所にあるように思う。

私はそれを「心の余白」だと考えている。

事故原因は「漫然運転」。

たった四文字。

だがその向こうには。

人間という生き物の弱さがある。

そして。

誰の中にもある弱さだ。

だから今日も確認する。

ミラーを見る。

車間を取る。

深呼吸する。

休憩する。

安全運転とは。

技術ではなく。

自分が不完全であることを忘れない作業なのかもしれない。


境界線ノートMAP

国家の境界

テクノロジーの境界

生命の境界

自然の境界

文化の境界

個人の境界

世界にはまだ多くの境界がある。

今日もまたひとつの境界を歩きました。


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