娘は、外国語を話せなかった。
フィリピン人の若い女性3人と、小学生の娘が20分間笑い続けた日。
言葉の境界線は、どこにあったのだろう。
境界線ノート|ランポのさんぽ

日曜日だった。娘っ子をピアノ教室へ送り届けた。
レッスンが終わるまで少し時間がある。
近くのコンビニでコーヒーでも飲みながらのんびりしよう。
そんな午後だった。
駐車場へ入ろうとした時だった。
一人の若い女性がスマホを見ながらウロウロしていた。
危ないな。
そう思った。
しばらくして声を掛けられた。
スマホの翻訳画面を見せながら、
「〇〇バス停に行きたいです。このバス停で合ってますか?」
片言の日本語だった。
話してみると、思ったよりずっと日本語が上手だった。
近くには同じくらいの年齢の女性が二人。
そして足元には、
段ボール箱。
レジ袋。
大量の買い物。
私はふと思った。
〇〇バス停の近くには大きな工場がある。
当時、多くのフィリピン人が働いていた。
「そこから自転車で帰るの?」
彼女は笑いながらうなずいた。
当たりだった。

そこで私は言った。
「娘のピアノが終わったら送ってあげるよ」
私の車は7人乗りだった。
荷物も余裕で積める。
彼女たちは少し驚いた顔をした。
そして嬉しそうに笑った。
気が付けば、
助手席に日本語が話せる女の子。
後部座席に友達二人。
トランクには段ボール箱三つ。
レジ袋六つ。
なんとも不思議なミニバンが完成していた。

後ろの二人はとにかくよく喋った。よく笑った。
声も大きかった。
助手席の女の子が、
「あなたたち声が大きいわよ」
と日本語で注意した。
私は聞いた。
「でも、その二人、日本語わかるの?」
彼女は少し考えて、
「あっ……そうね」
と言った。
車内が爆笑になった。
そしてそこへ。
ピアノ教室帰りの娘っ子が搭乗した。
三列目シートへ座る。
私は少しだけ心配だった。
大丈夫かな。
緊張しないかな。
だが。
バックミラーを見るたびに、
みんな笑っていた。
娘っ子。
フィリピン人女性二人。
言葉は通じているのか。
何を話しているのか。
さっぱりわからない。
でも。
ずっと笑っている。
私は前で、
助手席の彼女からマニラの話を聞いていた。
後ろでは女子会が開催されていた。
国際会議ではない。
ただの女子会である。
20分後。
目的地へ到着。
段ボール箱。
レジ袋。
自転車。
ネギ。
米。
生活そのものみたいな荷物を積み終え、
彼女たちは笑顔で手を振った。
帰り道。
私は娘っ子に聞いた。
「楽しそうだったね。何話してたの?」
娘っ子は笑った。
「わかんないぃ」
私も笑った。
「そーだよねー」
帰宅後。
妻が言った。
「遅かったね。どこか寄ってきたの?」
すると娘っ子が答えた。
「おとーさんの車に外国人のおねーさんがいっぱい乗ってた」
妻。
「えっ、なによそれ」
私は慌てた。
「いや、その……通りすがりの……」
説明しようとするほど怪しくなる。
何も悪いことはしていない。
だが説明が難しい。
すると娘っ子が言った。
「私、外国の人といっぱいしゃべったよ」
そして満面の笑みで続けた。
「たのしかった」
本当に越えたのは、言葉の壁だったのか
あの日。
車の中にはいくつもの境界線があった。
国の境界線。
言葉の境界線。
世代の境界線。
暮らしの境界線。
工場で働く若い女性たち。
ピアノ教室へ通う小学生。
本来なら交わらないはずだった。
でも。
後部座席では、
その境界線は最初から存在しなかった。
何を話したのかはわからない。
言葉もほとんど通じなかった。
それでも。
ずっと笑っていた。
もしかすると。
本当に高かった壁は、
外国語ではなかったのかもしれない。
「わからない相手とは通じ合えない」
そう思い込む大人の側にあったのかもしれない。
娘っ子は、
その壁を越えたことにすら気付いていなかった。
ただ。
楽しかっただけだった。
日曜日の午後。
コンビニ。
バス停。
ミニバン。
ネギと米。
そして笑い声。
今でも思う。
あの日、車に乗っていたのは外国人労働者ではなかった。
娘っ子にとっては、
ただの「よく笑うおねーさんたち」だった。
そして私は今でも少し羨ましい。
国境を越える方法を、
あの子は大人より先に知っていたのだから。

何年も経った今でも忘れない理由
私は彼女たちのことを覚えている。
娘っ子も覚えている。
けれど記憶に残ったのは、
国籍でも職業でもなかった。
あの日、後部座席で起きていた小さな出来事だった。
そこには、
大人が思うよりずっと低い場所にある「境界線」が見えていた。
境界線ノートMAP
国家の境界
言語の境界
世代の境界
暮らしの境界
労働の境界
文化の境界
個人の境界
