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「犯人はヤス」から100kmへ

ドラクエが密かに育てた“現実を攻略する人類”


    境界線ノート|ランポのさんぽ

ネットスラングの「犯人はヤス」。

この一文だけで、世代によっては空気が変わる。

ネタバレ。

都市伝説。

インターネット以前の“拡散”。

でも。

今回、本当に面白かったのは、 その「ヤス」が、 なぜ40年以上経った今も生き残っているのか、 ということだった。

しかも。

その線を辿っていくと、 ドラクエと、 神戸の人工島と、 100kmウォーキングが、 全部繋がってしまう。

普通なら、 意味不明である。

でも、 歴史って時々こういう、 “後から見ると一本線だった” みたいな瞬間がある。

「犯人はヤス」は、なぜ炎上しなかったのか

1983年。

ポートピア連続殺人事件が発売される。

プレイヤーは刑事。

相棒の「ヤス」と共に、 殺人事件を追う。

そして最後。

ずっと隣にいたヤスこそが、 真犯人だった。

今なら、 SNS大炎上案件である。

でも1986年。

ビートたけしがラジオで、 その結末を盛大にネタバレしてしまう。

なのに。

逆にブームが加速した。

ここが、 現代感覚だとかなり不思議だ。

でも当時は違った。

そもそも、 「ゲームにどんでん返しがある」 という概念自体が新しかった。

つまり人々は、 “結末”よりも、 そこへ至る“体験”に驚いていた。

どうやって辿り着くのか。

どうやって調べるのか。

どうやって移動するのか。

そこに夢中になっていた。

そして。

さらに面白いのは、 この作品が、 実は後の ドラゴンクエストへ繋がる、 巨大な“練習台”だったという話だ。

作者の 堀井雄二は、 当時まだ一般的ではなかったRPG的操作を、 プレイヤーへ自然に覚えさせようとしていた。

「はなす」

「しらべる」

「いどうする」

今では当たり前のコマンド。

でも当時、 それは未知だった。

だから、 いきなり剣と魔法の世界ではなく、 現代日本の港町を使った。

刑事ドラマという、 誰でも理解できる形で。

つまり。

プレイヤーたちは、 知らないうちに “RPG脳” を育てられていたのである。

ポートアイランドという「未来」

そして、 その舞台になったのが、 神戸の人工島、 ポートアイランドだった。

1981年。

ここでは ポートピア'81が開催される。

未来都市。

最新技術。

海の上に浮かぶ新世界。

80年代の人々にとって、 ここは完全に 「未来」 だった。

つまり、 当時のプレイヤーは、 ブラウン管の中で、 未来都市を探索していたのである。

ここからが、 今回一番ゾクッとした部分だった。

現代。

神戸には、 神戸明石ウルトラウォーキングという、 100km級の過酷なイベントが存在する。

夜通し歩く。

筋肉が壊れる。

眠気で意識が揺れる。

それでも、 進む。

しかも。

そのスタート地点周辺は、 かつて 「ポートピア」の世界だった場所と、 重なっている。

これが、 奇妙だった。

80年代。

人々は、 ゲームの中で、 未来都市を探索していた。

2020年代。

人々は、 その未来都市を、 自分の脚で攻略している。

しかも手には、 Qシート。

分岐。

距離。

ルート。

チェックポイント。

まるで現実世界の攻略本である。

「攻略」が、画面から身体へ降りてきた

ゲームの歴史って、 実はずっと、 “未知の地を攻略する快感” の歴史だったのかもしれない。

マップを埋める。

行ったことのない場所へ行く。

隠されたルートを探す。

80年代。

それは、 ドット絵の中だった。

でも今。

その欲求は、 現実へ降りてきている。

GPS。

Googleマップ。

Qシート。

ログ管理。

人間は、 リアル空間そのものを、 ゲーム化し始めている。

40年後、オープンワールドは「競技」になるのか

そして、 ここから先は、 少し未来の話になる。

もし。

80年代のゲーム世界が、 現代では 100kmウォーキングの舞台へ変わったのなら。

今、 あなたが夢中になっている巨大オープンワールドゲームも。

40年後には、 リアル競技化している可能性がある。

VRマラソン。

AR巡礼。

現実都市と同期した探索競技。

ゲームで覚えた地形を、 本当に走る時代。

そんな未来は、 案外もう始まっているのかもしれない。

ゲームは、 現実逃避だったのだろうか。

それとも。

現実を攻略するための、 長い予行演習だったのだろうか。


「なぜ人類は“歩くゲーム”へ回帰し始めているのか」

そして、

「ドラクエ以降のRPG文化が、現代の位置情報社会をどう予言していたのか」

考えてみれば。

ドラクエも、 ウルトラウォーキングも、 本質は同じなのかもしれない。

地図を持つ。

補給を考える。

限界を管理する。

そして、 少しずつ前へ進む。

違うのは、 HPバーが見えるかどうかだけだ。

昔。

人類は、 画面の中に未来を作った。

今。

人類は、 その未来を身体で追いかけ始めている。

ドット絵だった港。

仮想だった冒険。

攻略本の地図。

それらが全部、 現実のアスファルトへ染み出してきている。

境界線は、 また静かに動いている。

「犯人はヤス」

たったそれだけのネットスラングから。

ドラクエ。

未来都市。

100kmウォーク。

ここまで線が伸びるとは、 たぶん当時の誰も想像していなかった。

でも。

人間は昔からずっと、 未知の地図を埋め続けている。

ただ。

その舞台が、 ブラウン管から、 現実へ変わっただけなのかもしれない。



境界線ノートMAP

国家の境界

テクノロジーの境界

仮想と現実の境界

ゲームと身体の境界

都市と記憶の境界

個人と冒険の境界

世界にはまだ多くの境界がある。

今日もまたひとつの境界を歩きました。


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