75歳、まだ夢の途中。‥‥タムラさんが握り続ける人生のハンドル
60歳でバス運転手の夢を叶え、75歳の今も姫路の街を走る。「遅すぎる」は、まだ走っていない人の言葉だった。
境界線ノート|ランポのさんぽ

「夢を叶えるのに、遅すぎることはない」
そう言うのは簡単です。
けれど、本当にそう生きている人に出会うと、言葉は急に重みを持ちます。
私の14歳年上。 現在75歳のタムラさん。
その人生は、まるで一本の長い道路のようです。
曲がり角はあっても、止まることはない。
夢には、遠回りという道がある
タムラさんには、若い頃から一つの夢がありました。
「バスの運転手になりたい」
大きな車体を操り、多くの人を運ぶ。
そのハンドルに、ずっと憧れていたそうです。
けれど人生は、ときに最短距離を選ばせてくれません。
経験を積むために入った運送会社。
そこで働くうちに、その仕事の奥深さに魅了されました。
気づけば17年。
そして60歳の定年まで、しっかりと勤め上げました。
多くの人なら、ここで「現役」の文字を下ろすでしょう。
でも、タムラさんは違いました。
むしろ、ここからが本番だったのです。

「いつか」は、ある日「今」になる
定年後‥
アルバイトをしていたタムラさんのもとに、一つの話が舞い込みます。
バス運転手の募集。
まるで、長い間待っていた夢が、向こうから迎えに来たようでした。
還暦にして、ついに大型バスのハンドルを握る。
60歳から始まった、第二の青春。
遅かったのではありません。 ちょうど、その時だったのです。
プロは、見えない場所で磨かれる
観光バスの世界は、華やかに見えて、実は厳しい職人の世界です。
タムラさんは、猛烈に道を勉強したと言います。
なぜなら、バスガイドさんは見ています。
運転技術も。
知識も。
そして、安心感も。
一つの評価が、次の仕事を左右する。
だからこそ、地図を読み込み、道を覚え、技術を磨く。
その積み重ねが、信頼になる。
派手さではなく、積み重ね。 それが、本物のプロの姿でした。
運ぶのは、人だけではない
通学バスでは、子どもたちの日常を。
コミュニティバスでは、山間部のお年寄りの暮らしを。
5人、6人のおばあちゃんを乗せて、スーパーへ向かう道。
それは単なる移動ではありません。
地域の血流でした。
人が暮らすために必要な、小さくて大切な循環。
ハンドルを握るということは、生活を支えることでもあるのです。
75歳、まだ現役
そして今。
タムラさんは、姫路駅前でタクシー運転手として働いています。
75歳。 それでも、1日13時間のフルタイム勤務。
この数字だけでも驚かされます。
けれど、もっとすごいのは、その姿勢です。
客待ち2時間。 乗車時間は、わずか数分。 行き先は姫路城。
そんな日も珍しくありません。
それでも、一人ひとりに丁寧に向き合う。
プロとは、短い時間にも手を抜かない人のことです。
安全という、目に見えない価値
ある日。 日本語が堪能な外国人のお客様を乗せた時のこと。
「お城まで近いので、歩くのも気持ちいいですよ」
そう伝えると、その方はこう答えたそうです。
「自分の国では、こんな場所を歩けません」
その一言に、タムラさんは日本の安全の価値を改めて感じたと言います。
私たちが当たり前と思っているもの。
それは、世界では決して当たり前ではない。
タクシーという小さな空間は、移動手段であると同時に、安全を届ける場所でもあるのです。
年齢に、制限速度はない
60歳で夢を叶えた人。
そして75歳の今も、街の最前線に立ち続ける人。
「もう歳だから」
その言葉は、タムラさんの辞書にはありません。
むしろ、年齢を重ねたからこそ、できることがある。
経験。 知識。 人との距離感。
それらすべてが、今のタムラさんを支えています。
夢には、年齢制限があるのでしょうか。
それとも私たちが、自分で速度制限をかけているだけなのでしょうか。
タムラさんの生き方が教えてくれるのは、単なる「挑戦」ではありません。
それは、夢を守り続けるということ。
そして、夢は一度叶えたら終わりではなく、形を変えながら走り続けるものだということです。
夢は、叶えるものではなく、育てるもの
若い頃の夢は、バスの運転手になることでした。
でも、その夢はそこで終わりませんでした。
観光バスへ。 路線バスへ。 コミュニティバスへ。 そしてタクシーへ。
同じ「運ぶ」という仕事でも、その意味は少しずつ変わっていきます。
夢とは、一度咲いて終わる花ではありません。
季節ごとに、違う表情を見せる木のようなものです。
ハンドルの先にあるもの
タムラさんが握っているのは、ただのハンドルではありません。
それは、人の暮らし。 人の時間。 人の安心。
そして、自分自身の誇りです。
毎日同じ道を走っていても、同じ日は一日としてない。
だからこそ、走り続けられる。
姫路駅前で、タクシーの列を見るたびに思います。
その中には、人生を止めなかった人がいる。
夢を「いつか」のまま終わらせなかった人がいる。
年齢という数字は、ただの通過点なのかもしれません。
本当に大切なのは、今もなお、自分の手で人生のハンドルを握っているかどうか。
タムラさんの背中は、今日も静かに教えてくれます。
次の一歩に、遅すぎることはない、と。

ハンドルの先に、まだ道は続いている
タムラさんの背中を見ていると、年齢とは、立ち止まる理由ではなく、積み重ねた時間の厚みなのだと感じます。
60歳で夢を掴み、75歳の今もなお、新しい一日へと走り続ける。
その姿は、言葉よりも雄弁です。
人生には、早いも遅いもない。
あるのは、進むか、止まるか。
ただ、それだけなのかもしれません。
タムラさんが握るハンドルの先には、きっとこれからも、新しい景色が待っているのでしょう。
どうか安全に。
どうか健やかに。
そして、どうかこれからも、たくさんの人を運びながら、ご自身の夢も乗せて走り続けてください。
その背中は、きっとこれからも、多くの人に『まだ遅くない』という勇気を届けてくれるはずです。
境界線ノートMAP
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