『星を買う』【最終章:届くということ】
溜め息が、ひとつ。
静かな部屋に落ちた音が、思っていたよりも深く響いた。
ユウタは机に座り、モニターの前で背筋を伸ばした。
何度も書き直した下書きが、画面に表示されている。
言葉を綴るたびに胸の奥がざわついた。でも今は、少しだけ静かだった。
「これでいいかな」
メールの宛先は、佐原綾音『風のつま先』の奥付に記されたものだった。
件名:『風のつま先』の感想をお伝えしたくて
本文:
佐原綾音様
はじめまして。小社で文芸誌の編集を担当しております、山口悠汰と申します。
昨日、偶然書店で貴著『風のつま先』に出会い、夜に一気に読了いたしました。
読んでいるあいだ、言葉がまるで「木魚」のように、静かに響きつづけているような感覚がありました。
心に余白を残しながら、それでも深く、確かに届いてくる文章でした。
もしご迷惑でなければ、いち読者としてこの感想をお伝えしたく、ご連絡させていただきました。
重ねて、素敵な作品をありがとうございました。
読み返しては削り、また書き加え、何度も躊躇しながらようやく文章を書き上げることができた。
返事は来ないかもしれない。でも、今度こそ伝えたいと思っていたからそれでもいいかな。とユウタにはどこか割り切れた気持ちだった。
そして、少し迷って結びの言葉を書き足した。
追伸
感想を届けるというのは、こんなにも難しくて、でも、こんなにも必要なことなのだと、今になって思いました。
ユウタは深く息を吸い、右手をマウスに添えた。
そして「送信」を押した。
クリックの音がした瞬間、体の奥からふたたび小さな溜め息が漏れた。
しかし、それは迷いを吐き出す音ではなかった。
言葉がようやく息をした、その証のような音だった。
(完)
